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三章

百五十九話 勉強の成果

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「そういえば、パーティは夜からって言ったっけ?」
「だね。ドレスコードがないってのは正直助かるわ。フォーマルな服なんて持ってないもの」

 決勝大会参加の8人は全員この後に行われる都市長主催のパーティに参加する事になっていた。
 表彰式の時に壇上で招待されたらしいが、俺はぶっちゃけ覚えていない。
 実のところあまり興味はないんだが、これだけ高額の賞金を受け取ってしまった以上、むげに断るのもなんか悪いし、呼ばれてしまった以上は参加するつもりだ。
 あとでチェリーさんに壇上での事を詳しく聞いておかないとな。パーティで表彰式の時の事を何か聞かれた時、恥をかかない為に情報は揃えておきたい。

「同伴はキョウくんはエリスちゃん、私はハティちゃんで問題ないかな?」
「まぁ、そうだね。というかそれしかない」

 一人だけ同伴者も認められているのでとチェリーさんにそれぞれエリスとハティを付ければ問題ないだろう。
 流石に夜まで二人を放置するのは可哀想だし、本人たちが嫌がらなければ一緒に連れて行ってやりたい。

「二人は今?」
「今日も図書館みたいなところに二人で通ってるみたいだな」

 年齢制限でちびっこ二人が大会に参加できないと判って以降、ふたりとも足繁く本を読みに通っている。
 エリスは参加できないまでも、決勝大会の試合を見ればなにかの勉強にもなるかと思ったが、ハティを一人にするわけにもいかんし、結局エリスの希望で二人で本を読みに行った。なんでも、ハティに言葉を教えてるらしい。
 どういう訳かエリスは今のままでも意思疎通ができてるんだが、それはそれとして一緒にお喋りしたいんだそうだ。
 人の姿に化けれるとはいえ、つい最近までずっと狼として生きてきたハティが、そう簡単に人間の発声ができるのかはかなり怪しい所だが、中の良いハティと会話したいというエリスの考えはすごく理解できるので、やりたいようににさせている。
 子供のうちから可能性の大小で、何も試す前に諦めさせるような教育はしたくねぇしな。

「パーティまではまだ時間があるし、街をぶらついて時間を潰しながら二人を迎えに行くか」
「そだね。 買い食いは……パーティまでにお腹好かせておきたいし我慢かぁ」
「あぁ、身も心も酷使したせいで妙に腹が減ってるけど、良いもん食うためにここは我慢だな」

 お偉いさん主催のパーティだし、きっと良いもん食えるはず。満腹にしてしまうのは勿体ないというものだ。

「何だかんだで貧乏性よね、キョウくんって」

 間違ってないけど、ほっとけ。


 ◇◇◇


「ここか」

 場所自体は以前聞いていたので、大して迷うことはなかった。
 思っていたより大きな建物で、遠くからでも目印になったからな。
 イメージも立派な市立の図書館といった風情でわかりやすかった。
 全体的にお城や貴族の館のような権力者の邸宅以外のスケールの小さいこの世界の中ではかなりの巨大建築物と言っていいだろう。
 だが、現場について驚かされたのは……

「「うわ高っ!?」」

 入場料だ。
 一度の入場に金貨一枚。約10万円である。
 エリスは毎日ハティと二人で20万も支払って勉強してたってことか?
 ……と思ったら、子供料金は5分の1のようだ。いや、それでも入場料4万ってすげぇ金額だけど。
 何処にそんな金が……とおもったが、よくよく考えると王都ではチェリーさんと一緒にバイトしてたみたいだし、エリスが欲しくて買ったダガーは、チェリーさんの槍に比べればかなりお安い品だった筈。
 その差額分を、普段滅多に無駄遣いしないエリスがここぞとばかりに放出したって事か。
 それだけハティとおしゃべりしたかったって事か。

 ……それにしても、王都の図書館の入場料が馬鹿みたいに高かったのは知ってたが、それは王都ならではの貴重な書物とかが収められているからだと思ってた。
 だが、どうやらそういう訳ではないらしい。
 実際には羊皮紙と違いスペースを取らない紙の本が非常に貴重で、省スペースに多くの知識を詰め込んだこの図書館という施設は超高級な学問施設。紙の本の蔵書庫はどこも高額なのだ……と受付の人が教えてくれた
 これはあれだろうか? パソコンのHDDよりも小型で高速なSSDの方が高いのと同じ理由?
 もしかしたら、もっと格安の羊皮紙本の図書館とかあったりするんだろうか……?

 大会の準優勝賞金は現金即払いで受け取っているから入れないことはないが、この金額を合流のためだけに金貨を使うには俺の金銭感覚は小市民過ぎたので、大人しく図書館の前で待つことにした。
 そして待つこと1時間ほど……

「あ、キョウだ。どうしたの?」
「大会が終わったから、宿へ帰る途中に立ち寄ったんだよ」
「そうなんだー」

 ニコニコしながら手をつないでエリスとハティが出てきた。
 空は軽くオレンジ色に変わり始めていて、時間ギリギリまでお勉強に精を出していたようだ。
 ……丸一日自習勉強とか、俺の子供時代なら間違いなく投げ出して遊びに行ってたな。
 おっと、まずはチェリーさんを呼んでおかないと……
 離席して抜け殻になっているチェリーさんの頭に『ダメージが通るくらい』強めにチョップを落とす。

「はいはいはいっと、……おっエリスちゃん戻ってきたんだね」
「うん」

 基本的にゲーム以外にも色々やることのあるチェリーさんをボーッと待たせておくわけにもいかないので、待ってる間離席して色々してもらっていたのだ。
 頭にチョップをくれてやったのは、このゲームの機能としてプレイヤー離席中にアバターがダメージを受けるとアラートが鳴る仕組みになっていて、そのアラートを呼び鈴代わりに使ったというわけだ。
 一応ボイスチャットをハンズフリー的なスピーカー設定にはできるが、見え方の問題で、目の前にいる相手に向かって大声で叫んで呼びつけるよりは、チョップでのアラートのほうが目立たないという事で、俺達の間ではこの方法を使うことにした。

「試合はどうだったの?」
「準優勝だぜ」
「おおー」

 優勝だぜと言えないこの悲しみ。
 でも初出場で、しかも初中級くらいのレベルしかないのに、上級者向け大会で準優勝ならかなりの大健闘だと思うんだ。

「チェリーお姉ちゃんは?」
「うっ……私は準決勝でキルシュくんに当たって負けちゃったのよー」
「そっかぁ」

 どうやらあそこの大会、優勝と準優勝以下は順位付けしないらしい。
 賞金も優勝と準優勝以下は、同率3位とかではなく、第二回戦と第一回戦みたいな感じで進出回戦ごとに賞金が分かれていた。
 チェリーさんの場合、二回戦進出と同率3位は全く同じ意味なんで実質3位と言っても問題は無いと思うけどな。

「じゃあ優勝はキルシュ?」
「そういう事。強い強いとは思ってたけど、想定のはるか上の強さだったよ」
「うん。なら仕方ないと思う。森の中でもすごい動きだったから」

 そういえば、エリスはその異様に良い目で森の中でのキルシュの戦いが見えてたんだっけか。
 なら、俺達よりもエリスのほうがよっぽどキルシュの実力を正しく見抜いていたのか。あの時は色々あってその可能性には全然気が付いてなかったわ。
 というか、キルシュと言いエリスと言い、年少組の才能がやばい。ハティは……人間じゃないしノーカンだな。

「それで、決勝大会参加者は同伴一人ありでパーティ呼ばれてるから、この後は二人ともパーティ行くけど大丈夫か? 嫌なら宿屋で待ってても良いけど」
「行くー!」
「だいじょうぶ」
「そうか、それなら一度宿に戻って着替えたら向かうとするか」

 いくらドレスコードが無いと言っても、流石に大会で汗まみれになった服でパーティ向かうほど常識知らずじゃない。
 上等な服は無いが、せめて一番汚れて……
 …………?

「うん?」

 返答が一個多くなかったか?

「にひひー」
「エリス?」

 その笑い方は、原因はエリスってことか? どういう事だ?

「キョウくん、こっちこっち」
「え?」

 チェリーさんに指さされた先は……

「……ハティ?」
「はい」

 はい?

「はいぃ!?」

 喋った!? ハティが!? 何で!?
 いや、何でとなればエリスが教えてたからだろうが、それにしたって……

「言葉覚えるの早すぎね!?」

 人形になってからまだ数日。勉強始めてからでいえばまだ3日しか経ってねぇぞ?
 エリスも大概物覚えが異様に良いと思えるが、ハティのコレは常軌を逸しているとしか思えんぞ……
 生まれも育ちも純粋な人間が喋れるようになるまでどんだけ掛かると思ってるんだ。

「文字、言葉、理解、していた。喋る、出来ない、かった」
「うん? ……あ、そうか。俺達の言葉や文字自体は狼の頃から既に理解はしてたから、発音方法さえ分かれば普通に話せる……って事で合ってるのか?」
「そう」

 いや、その理屈は分からんでもないが、それにしても学習能力高すぎだろう。
 AIだから普通の人間よりもルーチン的な思考は得意だとかそういう話なのか……?

「あれ? でも、それなら狼の時点でも発声方法をエリスから教えてもらえばよかったんじゃないのか?」

 人の体に化けてからも、エリスが教えなきゃ喋れなかったことには変わりがないはず。であれば、狼の姿でもやることは変わらないと思うんだが……

「身体、大きい、声、ならない、喉、硬い。身体、小さい、喉、しゃべる、かんたん、なった」
「あぁ、狼のゴツい喉だと人の言葉は発声難しいのか……」

 そりゃそうだよな。声帯のサイズも分厚さも人間のものとは違うんだから、人と同じように喋ることは出来ないか。
 ファンタジーRPGとかでも喋るドラゴンは出てくるけど、『コイツ、頭の中に直接!?』みたいな展開多いしな。
 きっとあれも人間の言葉を直接しゃべれないからとかそういう設定なんだろう。多分。

「それにしても、ハティちゃんの地頭が良かったってのも有るんだろうけど、ここまで短期間で喋れるようになるっていうのは、やっぱりエリスちゃんの教え方が相当良かったんでしょうね」
「だろうなぁ。喋れない子供に喋り方を教えてやれと突然言われても、教えられる自身無いしな、俺」
「私も無理だわ絶対」

 というか、ほとんどの人はそんな真似できないだろう。
 それこそ子育て経験有る母親とか、低学年を受け持った先生とかじゃないと出来ないんじゃないか?

「エリス、喋る、上手い、先生」
「えへへー」

 教える方も、教えられる方もモチベーション高いってのも大きいんだろうけどな。
 好きこそものの上手なれ……って言うしな。

「それじゃ、今夜のパーティはこっそりと俺達だけ『ハティが喋れるようになった記念』も兼ねちまおうか」
「あら、それは良いわね」
「わぁ~」
「……?」

 他所様のパーティの趣旨を勝手に変えちまうのはどうかって話もあるが、俺達の頭の中でこっそりとそう思うくらい、別に構わんだろう。

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