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三章

百五十六話 決勝戦Ⅰ

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「兄ちゃん、なんか試合前からもう疲れてないか?」

 ステージに上るなり、対戦相手のキルシュに心配された。それだけ疲労が表に出ていたということか。
 たった今、小さな、それでいて過酷な戦いを終えてきたばかりだからな……

「気にすんな、つい今しがた、ちょいとばかし俺の集中力を試されたんだ」
「前の試合の疲れを引きずってるって様子でもないけど、大丈夫かい?」
「あぁ、もう大丈夫だ。俺は煩悩に打ち勝った」
「そ、そうか。よく分からないけどおめでとう?」

 相変わらず外野では俺達のことを好き放題に脚色して派手に紹介してるみたいだが……大丈夫だ切り替えはできている。
 集中するべきはキルシュとの試合だ。
 見た目は俺達よりも歳下だが、地力ではチェリーさんすらも上回るのは間違いない。しかもかなり戦い慣れていて、勘働きもいい。そしてとっさの判断力も高いときている。
 今まで戦った中で一番印象が近いのは、おそらくガーヴさんだ。
 歳や体格から得物に至るまで、何もかもが違う。なら何処が似てるんだと言われると、チェリーさんをあしらっている時の雰囲気が妙に似ている気がしたんだよなぁ。
 しかもそれを見て解ったが、多分ガーヴさんよりも強い。
 これまで手合わせしてきた中ではあの『鬼』は例外として間違いなく最強だろう。
 これまでは足らない戦闘力を小手先の技で誤魔化してきたが、おそらく生半可な真似では通用しないと見ていい。

「それではこれより決勝戦、キルシュ・ロータイン対キョウ・ハイナの試合を開始します!」

 さて、とうとう決勝戦、待ったなしの大勝負だ。

「さぁ、いよいよだね。チェリーの姉ちゃんから聞いてるぜ? 兄ちゃんは姉ちゃんよりも弱いけど一度も勝ててないって」
「試合前に対戦相手の情報を漏らすとか、チェリーさんは後で説教だな」
「強い相手に勝たせないっていうのがどういう戦いか、見せてくれよ兄ちゃん!」

 まぁ、やれるだけはやってみるさ。何事もチャレンジ精神だ。
 よくよく考えると力量差だけで見れば、あのエドワルトと戦ったときも大概だったしな。
 それってつまり、絶望的な力量差ってことだけど、気にしたら負けだよな!

「はじめぇっ!」

 開始と同時に一気に前に出る。
 既にチェリーさんとの試合はきっちり確認している。様子見はなしだ。
 やるなら短期決戦。一息の間に全部を詰め込んだ全力での『初見殺し』にすべてを賭けるしか無い。

「シッ……!」

 顔面狙いは首を逸して避けられちまうのをチェリーさんの試合で確認済みだ。
 なら一番的のデカイ胸のど真ん中をぶち抜く勢いで突き出す。
 当然ながら、真正面からの突きだ。すぐに反応して、身体ごと横刃のない外側へ躱している。
 めちゃくちゃ反応が早い。だが、そっちへ飛ぶ事であろう事はある程度予想はしていた。そのためにわざわざ刃を水平にして突きこんだんだからな。
 全力で突きこんだと見せかけた渾身のフェイントだ。
 踏み込みの脚を半歩で即座で地に落とし、再度の踏み込みに置き換える。
 最初の踏み込みを見て大げさに飛んで避けたキルシュの足はまだ地面についていない。方向転換の出来ない無防備な状態だ。
 そこを胴ごと薙ぎ払うようにミアリギスを横振りで叩き込む。
 これなら防御はされるかもしれんが回避はできないだろう。あわよくば場外までの距離を稼いでリング際まで追い込めればベストだ。
 ……なんて、皮算用をしたのがまずかったのか。

「ハハッ……!」

 破顔一笑、ステップ中に即座に足元に槍の石突を叩き込んで、アッサリと攻撃をかわされた。
 そのまま空振りの背中を狙ってくるかと思いきや、間合いの外でじっくりと待ち構えていた。

「今の隙は、仕留めるチャンスだったんじゃねぇか?」
「あんなに背面警戒しているのに、隙だとか冗談じゃないって。むしろおっかなくてつい追い足が止まっちまったよ」
「何だよ、バレバレか」

 ……やっぱ、そう簡単には引っかかってくれねぇか。
 一応三段構えのカウンターだったんだけどな。アッサリ見抜かれてやんの。
 割と本命だったんだがなぁ。さて困ったぞ、初撃をアッサリと対応されて、どう攻めたものか……

「兄ちゃんのことだから、まだ色々と仕込んできたんだろ? 全部受けて立つからかかってきなよ!」

 うーわ、めっちゃ期待されてるし。つか全部受けきるとかプロレスラーかよ。
 ……意外と性格的には合ってるかも知れないな。バトルジャンキーだし、相手の手の内全部打ち砕いて見せたい系の思考回路とか特に。

「じゃあ、お言葉に甘えて、色々仕掛けさせてもらおうか……ねっ!」

 今度はストレートに、当てるつもりでミアリギスを振り抜く。
 ただし、踏み込みのタイミングはフェイントにかぶせるように、そして当てるつもりで、しかし『間違いなく当たらない』と言う前提でだ。
 キルシュは一瞬迷うようにして、素直に下がった。迷ったということはフェイントと明確に区別できてないってことだろう。
 今度は最初から全力で空振り前提での薙ぎ払い。これは迷わずに最小限の動きで躱してみせた。
 そして続いてだ。空振りの勢いのまま後ろ回し蹴りを浴びせるように蹴り落とす。絶対に当たらない距離から当てるつもりで全力で、だ。

「……!」

 やっぱり、躱したな?
 当たるか当たらないかの際どい一撃を余裕で捌いてみせたキルシュが、絶対当たらない筈の攻撃にたいして反応してみせた。
 この一連の攻防で、少なくともキルシュが見た目の間合いではなく、こっちの行動を何らかの方法で先読みして対処していると推測できた。

「へへ……なかなか厄介な動きをするね」
「なに、ちょいとしたお試し牽制さ」
「お試しという割には随分と気合の入った攻撃が続いてるけど?」
「でなきゃ、お前に通じないだろ?」
「さぁ、どうだろう?」

 視線か、あるいは力の入れ具合か……方法は分からないがこちらの攻撃の意思をかなりの角度で読み切っていると考えていいな。
 なるほど、チェリーさんの攻撃が当たらないわけだ。形だけのフェイントなんかは一切通じないと見ていい。
 一応、それを見越した上でさっきみたいに本気の空振りを混ぜることで幻惑させることが出来るかも知れないが、フェイントに使うには少々使い勝手が悪すぎる。
 フェイントに引っ掛けるために全力で空振りのスキを見せるというのは流石にリスクが高すぎるからな。
 とはいえ、たった一つとは言え情報がつかめたのは大きい。
 いくらアバターの性能が俺の生身よりも遥かに強化されてるとは言え、全力で動けるのはほんの数分が限度だ。
 次の攻防で勝負をかけなきゃガス欠で動けなくなる。
 こういうところで地力が響いてくるなぁ。これはもっと真面目にレベル上げしないとだな。
 こっちが覚悟完了した途端、キルシュの構えも変わった。……やっぱり、読まれてるな。

「何か狙ってるね? 兄ちゃん」
「おいおい、攻める前からネタばらしすんなよ」

 やることは決まっている。奥の手……というか、今思いつく一番キルシュに効果的だと思われるコンビネーションだ。
 とはいえ、こんな先読みじみた反応されては流石に当てる自信はあまりない。
 どのみち博打じみた攻撃になるが、それがキルシュの感覚を狂わせてもくれる……かも知れないとなれば、多少は踏ん切りがつくというものだ。

「よっしゃ、行くぜ!」

 どうせバレてるなら、小細工に回す体力を攻撃に回して正面からぶつかってやる!

 一撃目から全力の刺突。実戦ではまず使えない。キルシュが攻撃をすべて受け切るつもりだと確信できるからこその初手だ。
 それを器用に槍の柄を使って受けられる。受け流しもせずに受け止められた。まるで盾に叩きつけたかのような手応えだ。
 だが、流さずに受けてくれると言うなら都合がいい。
 そこからの五連撃は威力よりも速さと鋭さを重視した突きだ。ただし突き抜きはしない。この五発全てがキルシュの反応を見るための攻撃だ。
 体の末端でもいいから、槍から最も離れた位置を、全く同じタイミングで狙い続ける。
 あわよくば、ここで癖の一つでも見せてくれれば続く攻撃が楽になるんだが、残念ながらそう簡単に隙を見せてくれはしないようだ。
 あの先読みじみた反応の為せる技なのか、最小限の動きで槍を旋回させ、すべての攻撃を受け切られてしまった。
 っていうかマジかよ。見た目は腕白坊主キャラなのに、どう考えても物語後半で主人公に奥義伝授してくれる師匠的な超絶技巧なんですけど!?
 同じ傭兵のハズの準決勝のオッサンとは比較するのが申し訳ないくらいに実力が隔絶してんぞ。
 五発目が終わると同時にキルシュの槍がブレた。

「ぐぬっ……!?」

 そこからはもう頭ではなく感覚的なもので身を反らす。
 つい今しがたまで俺の胸があった所をとんでもない勢いでキルシュのやりの石突が突き抜けていた。
 どうやら攻撃を受けてはくれるが、きっちり反撃も絡めてくるらしい。流石にそこまで甘くはなかったか。
 にしてもなんちゅうタイミングで反撃してきやがる。反撃織り込み済みで行動してなかったら今ので終わってたぞ……と、ビビってる場合じゃねぇ。
 突き出された槍の下を潜るようにして踏み込み、ミアリギスの刃を最下段から切り上げる。
 槍から片手を離して下がったキルシュへ、振り上げたそれを突き落とすようにして石突きを見舞う。
 その突きに対して、なんとキルシュは槍の石突をぶつけて受け止めるという離れ業をやってみせた。
 そのパフォーマンスに会場のボルテージも爆上がりのようで、集中しすぎて殆ど外野の音が耳に入ってこなかった俺にも歓声が聞こえてくる程だ。
 だが、その歓声に乗せられるわけにはいかない。俺のペースを崩さずに攻め続けなければ……
 弾かれた石突をしかしそのまま滑らせるように槍に絡ませ、巻き上げようとしてみるも流石に読まれたか、振り払われた。
 しかしこれには流石に驚いたようで、距離を取ろうとバックステップを踏んでいた。
 だが、距離を離されるわけにはいかない。
 距離を詰める俺に対して放たれた突き放しの一撃を柄で滑らせ、そのまま肩に担ぐようにして懐へ滑り込む。
 そこからほぼゼロ距離でのボディブロー、膝蹴り、おまけのボディブローの三連撃で流石に嫌がったのか、槍を支点にしてのポールダンスのような回し蹴りで強引かつ一気に距離を離された。

 今ので十二連撃か。仕込みはまずまず……といったところか?
 普通の相手やモンスター相手には何の意味もないだろう仕込みだが、キルシュくらいに反応が良ければ尚の事引っかかってくれる……はずだ。

「へへっ……! いいね、やっぱり兄ちゃんは俺の思ったとおりだ!」

 恐ろしいほどに鼻の利くキルシュも、まだ気づいていない……いや、そうじゃないな。
 きっとキルシュであれば、気づいていてくれている筈だ。
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