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二章

百十七話 狙い撃ちⅢ

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 要するに、コイツはお上に狂信ぶりを見込まれて、体のいい始末屋として使いっ走りにされたというわけだ。
 信仰の対象として神を崇めることを悪いとは言わないが、少なくとも俺は神様が自分から人間に向かって何かを伝えるなんてところを見たことがない。
 そもそも他者を殺せだなんてそそのかすような奴は、神は神でも邪神の類だろ。
 ネットワークゲームの中に神様なんてものが存在するのかとかはこの際置いておくとして、コイツは単に信仰心を利用されて教会……があるのかどうかは知らないが、そこのお偉いさんにとって都合の悪い相手に対するヒットマンとして使われていると、そんなところだろう。
 何で俺が狙われてるのかは結局分からんままだが。
 そして、俺の挑発に激高した透明人間は、エリスとチェリーさんを突き飛ばし、俺にその剣を振り下ろそうとしたのだろう。
 だが――

「させると思う!?」
「何!?」

 突き飛ばしたと思っていたのだろう。
 無防備に背を向けたチェリーさんからの一撃に咄嗟に回避してみせたその反応速度は流石だが、それでも余裕はなかったんだろう。
 つんのめるようにしてバランスを崩したその隙に、再び俺との間に滑り込むようにして武器を構えるチェリーさん。
 控えめに言って超かっこいい。

「女ぁ……我が聖務を邪魔立てするのか!?」
「当たり前でしょ、馬鹿じゃないの?」

 まぁ、チェリーさんって、レベルは俺より遥かに高いんだよな。
 力任せに突き飛ばすようなフィジカル任せの行動に対しては、俺なんかよりはるかに対応力が高いのだ。
 人読みや対応手がおざなりなせいで、毎回稽古で俺に一本取られているが、基礎スペックは俺の数倍の数値の筈。
 俺を吹き飛ばしたことで強さを測ったんだろうが、まさか女のチェリーさんが俺よりも強いとは思い至らなかったんだろうかね。
 俺相手ならまだしも、そう簡単にチェリーさんを突破できるものではない。
 そして、立ち往生する相手に、チェリーさんの裏から更に煽ってみせる。

「対話相手をついカッとなって殺したけど、この国の法律なんて知ったことか、神様に認められた俺は殺しても罪になりませんってか? 都合の良いことだな。まるで気に食わない相手を殺すための免罪符だな? んん?」
「殺す!」

 我ながら女を盾にしてかなり嫌味な言い方をしている自覚はある。
 はっきり言ってクズの所業だ。
 まぁ、わざとだけどな。
 こういう輩は、信仰を貶めてやると面白いくらいに過剰反応するのだ。
 ……まぁノベルとかゲームでのこういう悪役の中では、だけどな。
 なんというか、予想通りの反応で助かるわ。
 少しでも頭の回るやつなら、俺の言葉に対して揚げ足を取ったり色々な屁理屈を並べるんだろうが、こいつにはそういった知恵はないようだ。
 そんなだから、こんなあからさまな挑発に乗って、警戒もせずにバカ正直に正面から斬りかかるような真似をするんだ。
 マトモに受ければ、防御ごと持ってかれるかもしれん。
 冷静な頭があれば、防御の上から体力をじわじわと削っていくだけで奴の勝ちだ。
 だが、現実はまるでガキの癇癪のようにバカ正直な最短距離での突進だ。
 これなら素人だってどう攻撃されるか予想がつく。
 攻撃を受ける必要なんてない。
 ミアリギスのリーチは相手の二刀の倍はあるのだ。
 振り上げたり振り下ろす必要もない。
 身構える素振りを見せつつ、実際はただ、ヤツの進行路の途中にそっと刃先を置いておくだけでいい。
 それだけで――

「ぐっ……おのれ……オノレェ!!」

 相手の方から勝手に刺さりに来てくれる。
 これもガーヴさんに仕込まれた手の一つだ。
 ゲームに慣れていても格闘技や武道を習っていた訳ではない俺やチェリーさんは、構えというものに深い意味があるとは考えてなかった。
 上段に構えておけば、バレバレだけど最速で振り下ろせるな……程度の認識だ。
 そして、その事をガーヴさんに聞いてみたら『なら少し相手をしてやる』と言われて、ボコられた。
 木剣を正面で構える、剣道の青眼の構えっぽい、スタンダードな構えだったのだが、いざ切り込んでみると攻め込めなかったのだ。
 ただ、正面に構えているだけだが、こちらが間合いに踏み込んでもガーヴさんは微動だにせず、こちらに向かって構えるだけなのに、飛び込もうとすれば構えた剣先が喉に迫り、ならば横から攻めようとしても半歩で正面で構えられてしまう。
 ならばと身を捩りながら打ち込もうとすれば、無理な体制への軽い打ち込みであっさりバランスを崩された。
 要するにちゃんと理解して構えていれば、ただソレだけで攻防一体となるのだ。
 コイツだってかなり戦い慣れているみたいだし、ソレくらいの事は冷静な時であれば正しく理解していただろう。
 だが頭に血が上ったコイツは、俺が武器を引いて身構えるようなフェイントにあっさり引っかかって、自分から刃先に飛び込んでしまった訳だ。

 一見単純でそんなバカなと思うかも知れないが、これが頭に血が上った相手には思いの外有効だったりするのだ。
 格ゲー時代のノウハウだけどな。
 かく言う俺も、目の前で唐突に行われた煽り的な行動につい手を出して、手痛い負けを喫したことがある。
 そして、実際この通り。
 格下の俺相手に致命傷……とまでは行かないがかなりの重症を負わされる羽目になるのだ。
 同じ相手に何度も通じる手ではないが、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘での逸話に残る程度には、初見殺しとしては最もポピュラーかつ有効な手とも言えるだろう。
 うん、やっぱ冷静さは大事だな。
 どんな達人も怒らせれば只の人と言うわけだ。

 腹に刺さったミアリギスの穂先を掴まれる前に、腹をかき回すようにして引き抜く。
 これで、そう簡単に治療できるような傷ではなくなった筈だ。
 だがここで手を緩めるつもりはない。
 これが獣であれば、失血死を狙ってあえて踏み込まずに安全圏でただ待てばいい。
 しかし、ああいった狂信者は死を悟った場合どんな行動に出るのか想定しにくいものがある。
 変なリスクを背負わされる前に、一気にカタをつけるべきだ。

 苦悶に目元をしかめるこの狂信者に向けてミアリギスを刈り取るように叩き込む。

「ぐ……貴様、貴様ぁ!」
「何をキレてるのか知らんが、腹が立ってるのは襲われた俺の方だからな?」

 まだ動けるだけの余力が有るのか。
 俺の一撃は、その馬鹿げた力で受け止められていた。
 痛手を負ったことで、冷静さを取り戻しつつあるのか?
 マトモに戻られたら厄介だ。
 冷静に対峙されれば、地力の部分でコイツのほうが圧倒的に強い。
 たとえチェリーさんでも一対一では荷が重いだろう。
 ハティの方は既にこの短時間で二体の石獣を砕いていたが、まだもう一匹残っている。
 一番頼りになる存在だが、今は頼ることは出来ないというわけだ。
 無茶だろうがなんだろうが、今押し切るしか勝ち目はない。
 一度の接触でチェリーさんもそこは理解していたんだろう。
 俺の攻撃を受け切り、しかしそのせいで体勢を崩した相手へ容赦のない追撃を打ち込んでいた。
 ……というか最初からチェリーさんは容赦なんて欠片もなかったか。
 それでも仕留めきれないコイツの強さも大概だが。

「クソ、ヒデェ絵面だな。殺人鬼を退治しようとしてるってのに、一人を相手に二人でボッコとかまるで俺等が悪人みたいだ」
「戦闘なんてどんだけ見苦しかろうが勝てば良いのよ、勝てば」

 まぁ、確かにその通りなんだけど、そのセリフがもう完全に悪役だよね?
 体勢を整えられる前にゴリ押しで削り切る。
 流石に二人の同時攻撃を捌ききれなくなってきたのか、時折身体に刃先が通るようにはなってきた。
 にしても、ガードが硬ぇ!

「クッソ、押しきれん……!」
「DPSチェックだと思えばいいのよ。ここで倒しきれなきゃ酷いデメリットを貰うイメージ」

 相手が立ち直る前に削りきればフェーズクリアって感じか?
 確かにネトゲ民としては実にわかりやすい例えではあるんだが、その単語一つで途端に戦闘がシステマチックに見えるになってしまったのは勘弁してほしい

「確かに、今の状況はまさにDPSチェック的な感じでは有るんだけど……さ!」

 正直、この状況であまり時間を掛けたくない。
 追い詰めたなら追い詰まってるうちに一気に勝負を決めないと手痛いしっぺ返しが来そうで嫌なのだ。
 ゲームでも現実でも、底力パラメータが実装されてるやつをこの目で何度も見てきている。
 『窮鼠猫を噛む』といった感じで、追い詰められれば追い詰められるほど、反撃の手段が絞られていく代わりに、絞られたソレを通すために相手も反撃の一発を狙ってくる。
 自分がそうだから、油断できないのだ。

 特に今の状況はよろしくない。
 チェリーさんと軽口を叩いて誤魔化しているが、この状況は攻めているというより攻めさせられている状況だ。
 相手がなにかしらの手を打つ暇を与えないように、攻め続けてガードで固めているというだけだ。
 傍から見れば攻めを継続しているように見えるかも知れないが、相手が冷静さを取り戻した瞬間、攻めてるこっちが択を掛けられているような状況になる。
 後退、反撃、どちらを取られても俺達の与えられるダメージと相手から貰う反撃の危険性ではリスク・リターンが釣り合わないからだ。

 というか、同時攻撃の中何発かは確実に届いている筈なのに、これで倒れないのは理不尽すぎるだろう!?
 確かに本製品版では、ステータス差がありすぎてSADのむき出しの首への一撃すら弾かれるような有様だったけど、こっち側のサーバではどれだけステータス差があっても手傷を追わせることが出来ることは既に確認済みだ。
 組手稽古中に俺の攻撃を受け損なったチェリーさんの身体に普通にダメージが通っていたからだ。
 本人は当然ながらそれほど痛みを感じていないようだったが、普通に血が出ていた事からもそれは間違いない。
 おそらくはロール制RPGでもある製品版ではSTRやVITと言ったパラメータに関して、タンクやアタッカーのようなロール個性を出すためにかなり露骨に強調しているんだろう。
 このサーバではライノスのように物理的に硬い皮に覆われている相手ならともかく、実際にバジリコックへの一撃はあっさり通った事からも、VIT等のパラメータよりも純粋に装備やモンスターの肉質なんかに強く影響されるのだと考えている。
 とはいえ、俺のアバターは現実の自分と比べて見栄えを良くするために多少贅肉とかを落としたとはいえ、そこまで体格は変わらないのに、実際の自分とは比べ物にならないほど腕力やジャンプ力などの身体能力が強化されているので、全てが全てそういう訳でもないのだとも思う。
 今のところは、このサーバにおいてはVITは文字通り体力の数値であり直接的な身体の頑丈さとは関係なく、防御力は技術で何とかするものだとそれだけ理解していれば問題ない……はずだったんだが。 

「畜生、どうなってんだこれ。軽装の硬さじゃねぇだろ!?」

 マントが翻った時に、チラホラと装備も見え隠れしているが、金属鎧のような頑丈な装備は見受けられない。
 服の下に鎖帷子か何かを仕込んでる可能性もあるが、マントの下のむき出しの腕等には傷が幾つも刻まれているし、幾つかの攻撃が間違いなく当たっているはずなのに、頭や胴や腰と言った重要な部分への攻撃が布のマントと服等で防がれているのは、正直言って異常としか言いようがない。

「ダメ、私の攻撃も通らない! 剥き出しの部分以外殆どの攻撃が無効化されてる。何なのこの装備!?」

 見た目は布なのに、槍の穂先すら通さない異常な強度を持つ防具か。
 日本産のRPGでは割と珍しくもないといえばその通りなんだが、このサーバに限定した場合は話が違ってくる。
 これだけ徹底してリアリティを追求しているのに、この防具だけまるで他所から要素だけ引っ張ってきたようなチグハグ感が酷いのだ。

「何か魔法でも掛かってるか、レア物の装備かも。マントは突き抜けてる手応えがあるから服がない場所を狙ったほうが良い」

 これだけ頑丈なのに、相手は防御して被弾を減らしていることから、この高防御の裏に何らかの……例えばバリア耐久値等の条件があるのかも知れない。
 ただ、今ソレを調べている余裕はないし、全力で攻め立てているにもかかわらずコイツの防御を突破できない時点で、複雑な条件だった場合突破条件を満たせない可能性のほうが高い。

 ……などと考えていたのが悪かったのか、顔を狙った一撃を防がれたと思った瞬間、不自然に体勢を崩された。
 受け流されても対応できると高をくくっていた所に、力で強引に流された。
 テクニカルな技に見せかけた完全なゴリ押し。
 恐らくだが、俺とのパワー差を悟って、突き出した一撃をショーテルの腹に引っ掛けてねじ伏せるようにして崩されたのだろう。
 少し身体が流されただけだったが、問題はその少しでチェリーさんとの連携が崩れた事だ。

「やべっ!?」

 咄嗟に合わせようとミアリギスを強引に振り抜くが、身を伏せ躱される。
 片膝立ちで攻撃を受けていた相手が、既に腰立ちになっている。
 これは不味い。
 何がまずいって、無理な姿勢から強引に振り抜いたせいで、こっちの体勢がまだ整っていない。
 完全に狙い撃ちにされたんだろう。
 嫌な予感はあったんだよなぁ。
 だから、追い詰められた相手に考える暇を与えたくなかったんだが……
 まぁ時既に遅しなんだが。
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