上 下
91 / 330
二章

八十五話 逆撃Ⅱ

しおりを挟む
  ◆◆◆

「どうだ、見つかったか?」
「いえ、まだ捉えられてはいません」

 その報告を受け取った時点で感じたのは、目的を達成できない部下への苛立ちよりもまず違和感だ。
 事前情報と、つい先ほど仕入れた新鮮な情報から推察しても、このエリアに潜んでいるのは間違いない筈で、それは自分だけの判断ではなく、本隊側の指示からみても確かな情報だろう。
 だが、一隊10人の3部隊、合計30人近くも投入しながら、今だ足取りを掴めない。
 そこらの野良でも、冒険者でもない、れっきとした一傭兵団が、だ。

「この辺りにいるのは確かだとは俺も思うが、今だ発見報告はないんだな?」
「はい。我々だけでなく他の隊からも発見したという報告は上がってきてはおりません」
「どういう事だ……?」

 今回の探索は無軌道に探している訳ではない。
 街からの侵入経路や、現在城側を封鎖していることから、大まかな位置の割り出しがほぼ済んでいる。
 にもかかわらず、あれだけ目立つ相手を補足すらできないというのはどういう事なのか。

「相手は畜生と飼い主のガキ3人という話だぞ。これだけの包囲網で何故見つけることが出来んのだ?」

 無論、畜生などと言いはしたが、月狼がどれだけ強力な獣であるかは、十分に理解できている。
 昔、群れから逸れた手負いの老狼を相手にしたことがあるからだ。
 当時の自分はランク5の仕事を引き受けられる程の確かな実力もったをやり手の冒険者パーティだった。
 しかし、そんな実力者パーティが死にかけの老狼一匹に壊滅させられた。
 あの時は、相手がくたばりかけだったからこそ、何とか自分を含めた何人かは生き残れた。
 死にかけの老狼であれだけの強さだ。
 それが今回のは万全の、しかも王種とかいう話だというのだから笑えない。
 そして、だからこそ、そんな強者が隠れ潜む理由が思いつかない。
 同族でなければ群れて竜すらも襲うというあの月狼が人間のガキの為に潜むとは流石に思えん。
 考えれば考えるほど、違和感が拭えない。
 いったいこの状況は何なのだ?
 正直、嫌な予感がしてたまらない。
 そもそもが王種の月狼の捕縛なんていう無茶な作戦なのだ。
 自分はその前段階の探索を命じられているが、もし発見したとしても探索以外の事をするつもりは初めから全くない。
 せっかくここまで育てた部下をみすみす失う訳にはいかないからだ。
 そう割り切って行動しているのだが、そもそも問題の相手をまるで補足できない。
 月狼は兎も角、一緒にいるのは田舎の村のガキ共という話だ。
 しかも二人は女で、そのうち一人はまだ10歳にも満たないような幼女と聞く。
 如何に月狼が早く動けたとしても、ガキの足で逃げ切るには限度があるし、追手である俺たちの人数は過剰ともいえるだろう。
 なのに、誰一人として補足できない。
 固まって移動しているから?
 追手としてはそっちのほうが楽なくらいだ。
 集団移動は全員が隠形のプロでもない限り、痕跡が残りやすいのだから。
 相手はそれほどの実力者なのか?
 手練れの裏仕事専門の連中が仕留めきれなかったと言う以上、男のほうは一切油断するつもりはない。
 仮に女の年上のほうも、それなりに戦えるという場合の事態もある程度想定もしてある。
 女だから弱いなどというつもりは毛頭ない。
 男女の違いなど、体の構造くらいのものだ。
 なぜなら、今自分に報告している副官も女で、しかもかなりの使い手だからだ。
 身近な部下がこうなのだ。
 相手が何も出来ないと考えるほど、相手を見下してはいないつもりだった。
 だが、年端もいかぬ少女はそうもいくまい。
 子供のころから技術を仕込む親は居るが、そうはいっても限度がある。
 そんな風に明確な根拠もなく楽観視して、間違いなく足手まといとなると思い込んでいた。
 馬鹿か俺は……!
 もう少し増員を要請するか? いや、しかし……
 既に40人も創作チームに使っているのだ。
 これ以上数を要求すれば、本隊の包囲に穴が開きかねない。
 そんな要望は流石に通してもらえないだろう。

「次の合流で一度探索方法を変えてみるか。このままでは埒が明かん」
「そうですね、まさかここまでしぶといとは……たかが素人三人始末するだけと思ってましたけど、楽はさせて貰えないようで」
「全くだ、いい歳の大人共がここまで引っ掻き回されるとは。近頃のガキも馬鹿にできんな」

 とはいえ、素人に手玉に取られて手に負えませんだなどと報告するわけにもいかん。
 本隊への要請はその後で良い。何も手を打たずに人手を割くような具申をしては俺の評価が下がるだけだ。
 さて、他の隊の連中にどう切り出すべきか……
 傭兵団で隊長やってるような連中は大抵自分の力に絶対の自信を持っている。
 相手が名うての猛者であるなら兎も角、素人のガキ相手に力を合わせたいなんて言ってもまともに取り合ってもらえるとは思えん。
 となると……

「隊長、知らせたいことが」

 と、面倒くさい連中への面倒くさい対応を考えていたところで声がかかった。
 隊の指揮を任せていた副隊長がいつの間にか戻ってきていたらしい

「なんだ? その様子じゃ良い知らせではなさそうだな?」
「無いです。うちの隊員が2人消えた」
「……何だと?」

 消えた? 2人もか?

「なぜ一人居なくなった時点で報告しなかった!? それとも2人同時に消えたのか?」
「はい、足の早い2人が先行して周囲を探って居て、指定の時間になっても現れなくて……今はクルス達が二人を探しに飛び出して行きましたが」

 何か問題が起きて指定時間に合流できなかった?
 それならどちらか一人がこちらに援護を求めに来ればよかったはず。
 となると、二人共が助けを呼べない程の何か……?
 いや、考えるまでもないじゃないか。
 この状況で考えられる答えなんて……!

「隊長……?」
「クソ、マジか……これは、そういう事なのか?」

 そうだ、相手がやばいのは解り切ってたはずだ。
 誰よりも月狼という化け物の危険性を知っていたはずの俺が!
 ガキを頭にのせていると聞いて、飼いならされたと侮ったか?
 それとも役人の案内に従って町中を大人しく歩いていた事で牙を抜かれているとでも錯覚したか?
 どちらにしろ、ひどい思い込みだ。
 たったそれだけで、俺は狩る側だと錯覚していた。
 危険だから見つけても手は出さないと言いつつ、創作だけなら安全だと高をくくっていた……?
 馬鹿な。
 どうして、あの化け物が最初から俺達を狙っていると考えなかったのか。

「残り全員をすぐに呼び戻せ! 一度戻って他の隊と対策をとるぞ」
「まってください、せめて探索予定時間までは仲間を……」
「駄目だ!  俺の許可も取らず飛び出していったアホ共は置いていく! これ以上狩りを楽しんでる余裕はねぇぞ。被害を出す前に手を打たねぇとさらに被害が増える!」

 少数行動は駄目だ。
 二人で行動していた連中が既にやられている。
 人数としてはたった2人と言えるかもしれんが、元々だが10人しか居ないこの隊では損耗率2割、無視していい数字じゃあない。
 その上、別の2人が捜索に向かっていると言うが、恐らくは……
 この状況で全員が集まっていなければ孤立している奴から消されることになる。

「は……ぁ!? 隊長、一体何が起きてるというんですか!?」
「本当にわからないのか? 別に特別なことが起きてる訳じゃない。狼狩りに来たつもりが、俺たちはその狼の餌場に迷い込んじまったって事だ」

 体勢を立て直して月狼を探す? とんでもない。
 まずは月狼に狩られないように生き延びるのが最優先だ。

「野郎共は逃げるために姿を隠したんじゃねぇ! 狩りの為に身を潜めてやがるんだよ!」

 まずはこの殺界からなんとか撤退して、他の部隊と対策を取るところからだ。
 クソッ、これはとんだハズレ仕事を掴まされたな。
 クソ、クソクソがっ!!

「一応、捜索に出た連中が戻ってきた時の為に合流を伝えられるサインを残しておけ! お前は他の隊へ伝言を頼む。他、残った奴は合流点へ移動するぞ。急げ!」

 ◆◆◆


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-

すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン] 何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?… たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。 ※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける 縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は…… ゆっくりしていってね!!! ※ 現在書き直し慣行中!!!

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

最強スキルで無双したからって、美女達によってこられても迷惑なだけなのだが……。冥府王は普通目指して今日も無双する

覧都
ファンタジー
男は四人の魔王を倒し力の回復と傷ついた体を治す為に魔法で眠りについた。 三十四年の後、完全回復をした男は、配下の大魔女マリーに眠りの世界から魔法により連れ戻される。 三十四年間ずっと見ていたの夢の中では、ノコと言う名前で貧相で虚弱体質のさえない日本人として生活していた。 目覚めた男はマリーに、このさえない男ノコに姿を変えてもらう。 それはノコに自分の世界で、人生を満喫してもらおうと思ったからだ。 この世界でノコは世界最強のスキルを持っていた。 同時に四人の魔王を倒せるほどのスキル<冥府の王> このスキルはゾンビやゴーストを自由に使役するスキルであり、世界中をゾンビだらけに出来るスキルだ。 だがノコの目標はゾンビだらけにすることでは無い。 彼女いない歴イコール年齢のノコに普通の彼女を作ることであった。 だがノコに近づいて来るのは、大賢者やお姫様、ドラゴンなどの普通じゃない美女ばかりでした。 果たして普通の彼女など出来るのでしょうか。 普通で平凡な幸せな生活をしたいと思うノコに、そんな平凡な日々がやって来ないという物語です。

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

処理中です...