ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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二章

八十二話 闇夜の襲撃Ⅰ

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 草木も眠る丑三つ時。
 祭りの熱に浮かされて、昼夜人の絶えない街の中とは違い、宿舎は明かりが消え寝静まっている。
 そんな夜の静寂を、破るように響き渡る足音。
 明らかにこの宿泊施設の利用者ではない、どこぞの部外者だろう。
 その部外者達は、迷わず俺達の泊まる部屋の前で止まると バァン! と、豪快な音と共に引き戸になっている扉を鍵ごと強引に開いて、武器を手に部屋に飛び込んできた。

「動くな! 動けばい……」
「ハイ、お疲れ様」

 襲撃を予測して入り口の左右で待ち構えていた俺達に気づかず、ろくに足音も気配も消さずに部屋に押し入ってきた馬鹿が二人。
 その内の一人、ナイフを持った逆毛頭の延髄にミアリギスの柄を叩き落とせば、いとも容易く昏倒させることが出来た。
 主人公属性を持った凄腕なら手刀で謎の効果によって意識を刈り取る所なんだろうが、俺はモブでしか無いので鈍器で殴打である。
 ぶっちゃけ脳震盪狙いのぶん殴りなのでもしかしたら障害とか残るかもしれんが、刃物持ってこんな日の昇る前の暗い時間に部屋に押し入ってくるような奴がどうなろうが、俺は知らん。
 ちなみに、もう一人は入り口の反対側で待ち伏せていたチェリーさんのフルスイングによって廊下側にホームランされていた。

「またのお越しをお待ちしております」

 努めて爽やかな営業スマイルと挨拶で煽りを入れつつ、開かれた襖状の入り口を閉めなおしておいた。
 最初に強引に扉を破られたせいで鍵はぶっ壊れてるので、引けば簡単に開くんだが、後に続いてくる様子はない。
 装花にふっとばしたやつの他にあと2人か3人分くらい足音が聞こえるが、ビビって二の足を踏んでいるのか……?

 あの密談から一日挟み、今日で祭りも4日目。
 昨日はロイヤル小遣いも手に入れ、正しく祭りを楽しむ事ができた。
 如何にロイヤルとはいえ目を付けた武器を買うほどの金額はなかったが、そこは自分の命を預ける相棒なんだし、自力で稼いで買うべきだろう。
 そんなこんなで、3日目にしてようやく健全に祭りを楽しむことが出来たわけだが、祭りを楽しみ帰宅しようとした俺達の前に現れたのは、錬鉄との密談の時間を知らせに来た遣いの人だった。
 それが、部屋の前ではなく雑踏に紛れるように声をかけられた時点で、まぁ何となく内容は察せられた。

「早朝、動きがあるそうです。くれぐれもご用心を」

 既に建物周辺は監視されている、という有り難い報告付きで。
 また早朝かよ! と突っ込みたくもなったが、前回早朝に呼び出したのは王様だから奴らにそれを言うのも酷な話か。
 
 まぁそんな訳で、索敵能力が妙に高いエリスに見てもらった所、見える範囲だけで5人がこの建物を見張っているらしいという事がわかった。
 で、遣いの人の情報の裏が取れたら後は行動に移すだけというわけだ。
 ぶっちゃけ退避準備とかに関しては、遣いの人が来る前にある程度準備はしてあったので、する事といえばお手製結界を警戒用から誘い込み用の静音型に切り替えて待ち構えるくらいだった訳だが、正直それも必要なかった。

「いくらなんでも襲撃が雑すぎでしょ」

 と、チェリーさんがぼやくのも仕方がない。
 早朝と言っていたから彼は誰時を狙って来るかと思っていたから、想定していたよりも動くのが早かったのは驚いたが……それ以外がお粗末過ぎる。
 実のところ、これでも結構緊張していたと言うか、かなり警戒していたのだ。
 名うての大規模傭兵団を雇ったって話だし、規模は錬鉄よりも上だって話だったから、隊長格のあの二人程ではないにしろ、野獣遣いクラスの使い手が来てもおかしくないと考えていたんだが……
 だが、蓋を開けてみればこの有様だ。
 この建物は木造でありながら廊下だけは石畳になっている。
 これは鎧のような硬いグリーブを履いて歩くと、廊下に音が響くようになっている。
 日本のお城なんかに有る鶯張りのようなもので、侵入接近を知らせる作りだという話なのだが、連中はそれは完全に無視してドカドカと廊下を突っ切ってきたのだ。
 おそらくコチラの仕掛けた結界には気づいてすら居なかっただろう。
 大手の傭兵団と言っても末端はそこらのごろつきと変わらないのかと、軽く落胆を覚えたものだがよく見てみるとそういう訳でもないらしい。

「こいつら……貴族か?」
 
 見た感じ、面識のある奴は居ないようだが、身なりを見るにあの門兵の同類だろう。
 有能な貴族を放逐した結果、ろくでもない者しか残らなかったという話だが、限度があるだろう。
 貴族のボンボンって世間知らずであっても教育レベルは高いものなんじゃないのか?
 なんて考えていたら、家族風呂側の扉が破壊される音が。

「馬鹿め! 愚民共が知恵うぎゃあああああ!?」

 飛び込んできた間抜けがハティに張り倒されてこっちに転がってきた。
 両腕が変な方に曲がってるが、まぁ自業自得だし放って置いてもいいか。
 まぁ逃げられても困るし足は縛っておくが……
 両手が潰れて痛いからなのか、変に後ろ手に縛ったわけでもないのに妙にえび反り気味で気持ち悪いな……。
 それにしても、どうやら廊下側は待ち受けされていると踏んで反対側から回り込んできたんだろうけど……

「控えめに言って、こいつら馬鹿なの? 貴族(笑)なんでしょ?」
「間違いなく馬鹿だと思うけど、もうちょっと言い方……」

 いや、他に表現しようがないんだけどさ。
 というか、貴族って単語に思いっきり嘲り入ってるように聞こえるのは煽る為だろうか?

「この人たちは悪人?」
「そうよ? エリスちゃんはこんな貴族(笑)になっちゃダメだかんね?」
「うん。貴族(笑)にはなりたくない」

 ならない、じゃなくてなりたくないか。
 まぁ、誰だってこんな大人にはなりたくないよな。
 見苦しいし。
 というか、チェリーさんはともかくエリスのは天然か?
 チェリーさんがそう言ってるから、その真似しているだけだと思いたい。
 二人から嘲るように言われてエビ反りの貴族(笑)の顔が真っ赤になってるし。

「おのれ、貴様らが邪魔さえしなければ……!」
「いや、そこは関係ないだろ。たとえ俺達が爆睡していたとしてもアンタ等じゃ失敗してたろうに……どうしてこんな人数でハティをどうこう出来るとか思ったのかねぇ? そもそもな話、なんつったっけ、なんかでかい傭兵団雇ったんだろ? どうしてそいつらを寄こさなかったのやら」

 とかなんとか、嫌みを放っておいて何だが、その通りにならなくて助かったというのが本音だ。
 一応、手練れに囲まれた時用の備えはしてはあったが、正直あまり自信は無かったからな。

「あの愚王のトドメを刺す為の切り札たる月狼の捕縛という栄誉ある任務を、傭兵崩れなどに渡すはずがなかろう!」
「いや……あんたらが雇ったのは崩れじゃなくて現役の傭兵だろ……」

 というか、暴君相手ならともかく、祭りの時の街を見るに、あの王様は国民受けは良いようだった。
 民衆に支持されている王様に対して反旗を翻しておいて栄誉もクソもないだろうに……
 まぁそこはいいか、馬鹿共の考えなぞ知らん。
 それで結局、コイツ等的にはハティを捕まえるのは重要な任務で手柄になるから自分達で独り占めしたかったと、そういう事か?
 うん、やっぱり馬鹿(笑)だ。
 違った、貴族(笑)か。
 重要だからこそ、確実性を増すために手練に任せるべきだろうに。
 どうせ傭兵なんて金さえちゃんと支払えば納得するんだから、手柄なんてのはその後で身内同士で奪い合えば良いだけだろうに。

「それにしても、どうするの? コレ」
「どうもしないよ。縛ってここの職員さんに突き出しておしまい。こんなのに時間なんて掛けてられんよ。馬鹿らしい」
「まぁ、馬鹿らしいというのには同感だね」

 正直あの野獣使いの時みたいに命がけになると思ってたのに、俺の緊張を返せってんだ。

「じゃあ、縛っておくね」
「ああ、うん。頼む……って、エリスが?」

 っていや、早っ?
 縛っておくというか、もう縛り上げてんじゃねぇか。
 なんという手際の良さ……というか、エリスの行動に対してチェリーさんの反応が薄い。
 驚くどころか、まるで出来て当たり前みたいな反応……さては、この手際の良さに思い当たる節があるな?

 半目で視線を飛ばすと、最初は視線をそらして知らん顔をしていたが、俺の視線に耐えられないのか背けた頬を脂汗が流れてきた。
 製品版じゃまずありえない感情表現だが、そこまで想定できていなかったとは、チェリーさんは鯖のデタラメさをまだ甘く見ていたようだな。
 ……まぁ、といってもいくら何でも分かり易すぎるしな。
 結局、無視しきれないと無言の圧に屈したのか、こっちに視線を合わせてきた。
 どうせ耐えられなくなってバラす羽目になるんだし、そんなバレバレの逸らしをするくらいなら、最初からぶっちゃけちまえばいいのに。

「その、ガーヴさんがね……」

 その一言で大体の続く言葉が理解できた。
 またやらかしやがったな、あのおっさん……!
 つか、捕縛術なんてあの村の狩りのスタイルで一体何に使うんだよ。
 大抵現場で仕留めて血抜きまできっちりこなしてたたろうに……

「ほ、ほら! 多芸なのに越したことはないでしょ? 若い内から色々な技術を覚えるのは良い事だと思うよ私は」
「人を縛る技術が?」
「いつかお金目当てに山賊退治とかするかもしれないじゃない?」

 金目当てに他者を襲うとか、その発想が既に山賊なんじゃないだろうか?
 まぁ、山賊狩りのクエストへのモチベーションなんて、当事者はともかくプレイヤーにとっては大抵イベントフラグか報酬目当てだろうし、あまり突っ込んだこと言うと反論できなさそうだから敢えて口には出さないけどな

「まぁ、とりあえず予定通りに城に向かうかね」
「了解」
「はーい」

 襲撃を察知した俺達が、安全な城に移らずあえていつも通りここに留まったのは、王城側が反乱に勘付いていると知らせないためだ。
 想定通りにここへ襲撃を仕掛けてきたってことは、連中、王様たちが準備万端、手ぐすね引いて反乱を待っているとは思ってもいないという事だろう。
 なら、俺達の役目も無事終了ということで城のなかに匿ってもらうのが正解だろう。

「よし、荷物はハティに任せてあるから、俺達は……」

 何だ、耳鳴り……?
 ホコリでも入っ……

「キョウ、後ろ!」

 エリスの声が聞こえた瞬間、耳の様子を確認しようと上げた右腕に強い衝撃。
 その瞬間、頭で理解する前に体の方が反射的に左手に持っていたミアリギスを後ろに打ち込んでいた。

「痛っぁ!?」 
「グッ……!?」
「ぐっぁ……!?」

 驚いたらとりあえず固まる前に動く、というガーヴさんに仕込まれた反射行動が俺の命を救ってくれたらしい。
 3つ目の叫びがなにか理解する間もなく、何かを抉る感覚と同時に右腕に強い衝撃を受け俺は薙ぎ倒されていた。


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