ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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一章

六話 ハイナ村Ⅱ

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「オイあんた達、何処へ行くんだ?」
「待ち人が戻ってくるまで時間がありそうだし、外で少し戦いの練習を」
「そんな小さい子を連れてか?」

 気に入った土地の場所を村長に伝え、日が傾く頃には戻ってくるという人をただ待つのも時間が惜しいと余った時間を使って町の外で経験値稼ぎならぬ、文字通りの剣の訓練をしようとした所で門番のおっちゃんに止められた。
 まぁ、エリスを連れて町の外で戦いの訓練なんて言えば聞かれても仕方ないか。
 見た目はまだ十歳にも届かない子供だしな。

「ずっとこの村に居つけるかどうかもわからないからな。いつ旅に出るかも解らないし、平和なうちにせめて自分の身は自分で守れるくらいの知識は教えてやらないと」
「なるほどなぁ。しっかり考えてるわけだ。ただしあんまり危険なことはするなよ?」
「わかってる。死なないための訓練で死んじまったら笑い話にもならない」
「そりゃそうだ。嬢ちゃんも兄ちゃんの話をしっかり聞いて、ちゃんと気をつけるんだぞ?」
「うん」

 こっちとしてもそれほど危険なことは教えるつもりはない。
 今日は剣も一本しか無いし、戦い方を見せるところからだ。

 村長が言うにはこの辺りは夜になると山の方からは野犬、森の方からはオオトカゲがそれぞれ出てくる事があるが、日中はあまり肉食獣と出くわすことはないらしい。
 なので、訓練するとしたら日が昇ってるうちにするといいと教えられた。
 日中はネズミとヤギが狙い所なんだそうだ。

 それと、この辺りには魔物は居ないらしい。
 そもそも魔物というのは発生すれば討伐隊が編成されて何十人もの兵士や傭兵たちが駆り出される災厄のようなものらしく、滅多なことで遭遇することはないんだそうだ。
 てっきりファンタジーな世界観だから、モンスターとかとエンカウントするのかと思ったら意外とそんなことはないらしい。
 ただし、RPGで一般にモンスターと呼ばれる物の中にも幾つか、普通に獣として数えられているものはいた。
 特に有名なのはドレイクだとかワイバーンなんていうのは魔物ではなく普通に害獣として存在しているらしい。

 ワイバーンとか魔獣なんじゃないのかと聞いたら、卵から孵化して肉を食い、つがいを作って卵を生むという生物としてのサイクルを真っ当に行うものは、どんなに強力な生物であっても魔獣とは数えないんだそうだ。

 逆に言えばどんなに貧弱であってもその生命のサイクルを逸脱した生き物は魔獣と呼ばれるらしい。
 おそらくキマイラとかの人工的に作られたようなやつがこの世界における魔獣なんだろう。
 割とこの世界においては一般常識らしく「そんな事も知らないのかい」と馬鹿笑いされた。

 おっと、考えがそれてきた。
 今は獲物探しだ。
 戦闘のコツを手に入れるためと、もう一つ。
 今夜の食事のネタ集めだ。

「キョウ、どうしてこっちにいくの?」
「ん?」
「あっちのほうが広いよ」

 なるほど、たしかにあっちのほうが平原になってて狩場は広い。
 今進んでる方はちょうど山の谷間になっていて山に入らないとなると狩場が少々手狭かもしれない。
 ただし

「エリス、その匂い袋の匂いはどう思う?」
「え? 臭いから嫌い……」

 まぁそうだな。俺も臭いと思う。
 なんでもこの辺りに生えている毒草で、この匂いを獣は嫌がるらしい。
 なのでエリスに持たせているわけだが……

「じゃあ、エリス。こっち側に立ってみて?」
「うん」

 エリスの立ち位置を山間側にしてみる。

「エリスはこの匂い分かるか?」
「あ、臭くない。風が匂いを運んでこない!」
「まぁ、そういう訳。こっち側が風上だから、そっちに向かうようにすれば匂いで感づかれないんだ」

 動物ってのは匂いに敏感だからな。

「もちろん匂いを封じても目だって獣のほうが人間よりずっと良い。でも両方で察知されるよりは気付かれにくくなるだろう?」
「うん」

 しかし最初に匂い袋のこと教えてもらったときはさすがにもう驚かなくなっていたが、コレはつまりこの世界のNPCは少なくとも視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感をすべて備えているということだ。
一般プレイヤーが体感できるのはせいぜいは視覚と聴覚、触覚くらいだろうから下手するとプレイヤーよりも人間的な反応を起こせるということになる。
 俺の痛覚や嗅覚、味覚なんかも視覚からの情報による思い込み錯覚らしいから5感とはいえなだろうしな。
 それにしても人間みたいな、ではなく人間よりも人間らしい反応をするAIとか一体どこを目指してるんだ……

 そういえばいつの間にかエリスの返事が「ハイ」から「うん」に変わってるなら。
 まぁなにか言うたびに「はい」って答えられるとなんか命令押し付けてるみたいな心苦しさがあったからむしろ今のほうが子供っぽくて嬉しいから全然良いんだが、どんな心変わりだろうか?

「キョウ、いた……」
「むっ」

 余計なことを考えすぎてたか。
 エリスのほうが先に見つけてしまった。
 ……って、どこだ?
 何処を見てる?

「んん……?」
「あそこ、あの岩の向こう側」

 岩って、あの小さな?
 かなり距離があるぞ。

「すまん、俺の目じゃまだ見えないっぽい。近づいても平気そうか?」
「うん」

 一面茂みだから見られることはないと思うが、風下だが音は平気か?
 まぁ、とりあえず近づいてみよう。

「あ、岩陰から出てきた」

 ……んんんん?
 全然見えんぞ。
 エリスって実はかなり目がいい?
 コレでも視力は最後にやった健康診断の時でも両目1.5キープしてたはずだが……
 いや、居る。
 たしかに何か居るな。
 何かが動いているってのは辛うじて分かる。
 まぁ、それしか判らんわけだが。

 出来るだけ岩を挟むようにして近付いてみるか。

「すごいな、よく見つけたなエリス」
「すごい?」
「ああ、少なくともエリスは俺よりも凄く目がいいぞ」
「役に立つ?」
「当然」
「えへへ、そっかぁ」

 少なくとも、エリスには俺が全く見えない距離からしっかり見えていた事になる。
 弓とか覚えさせたら優秀な狙撃手になるんじゃなかろうか?
 何にせよ索敵能力として俺なんかより遥かに優秀なのは間違いない。

「よし、ここからばれないように静かに行こう」
「ん」

 距離は二百m前後。
 この距離ならさすがの俺でもはっきり見える。
 やや角がごつい気がするが見た感じはヤギだ。
 昨日のネズミと比べて遥かに強敵……のはず。
 あのネズミはこっちに向かってきたが、アレと同じとは限らない。
 ガタイは結構デカイ。
 馬ほどでかくはないが、むかし動物園で見たヤギより二回りはデカイ。

 全力で逃げられたら追いつくことはまず無理だ。
 森に逃げ込まれたら追跡は諦めろと忠告を受けている。
 だから気付かれた瞬間に一気に距離を詰められる所まで近づく必要がある。
 
 残り百mほど。
 思いの外風が強い。茂みが風に煽られて音を出してるから、視界に入らなければまだ行けるはず。
 向こうはまだ気がついてない。
 剣とナイフは抜いておくか。
 全力で走りながら抜けるかどうかわからないからな。

「エリスはここで周りを見張っててくれ」
「ん」
「なにか別の獣が近づいてくるようなら、逃げられてもいいから大声で教えてくれ」
「逃げられていいの?」
「安全第一だからな」
「わかった」

 この辺り、エリスは聞き分けが良くて凄く助かる。
 小さな子供って大抵、待てとかいうとグズるもんだからな……
 こっちのやりたいことがしっかり判ってるみたいだし、理解力もかなり高いんだよな。
 さて……じゃあもう少し詰めてみようかね。

 五十m
 
 無理だ。まだ届かない。
 届くか届かないかで言えば届きはするが、有効打どころかそもそも当たるかも怪しい距離だな。
 銃ならともかく、ナイフじゃなぁ……

 三十五m

 以外に気づかれないな。
 しかし流石にこれ以上は無理がある。

 三十m

 !
 首を上げた!?
 警戒してるのか?
 クソ、逃げられる前に行くしか無いか!

 こうなってしまった以上、ここから投擲用のナイフはを打ち込むか。
 コレで倒すつもりはない。
 混乱させることができればそれで良い。

「ふんっ」

 全量投擲。
 刃が通るとかどうでもいい、最悪近くに落ちてくれればいいと、そう思って投げたナイフは……

 山なりの起動など取らず、一直線に三十mを駆け抜けヤギの後ろ足に食い込んだ。

「メエ゙エ゙ェェ!?」

 えええエェェ!?
 何だ今の!?
 何であんな必殺技みたいにカッ飛んでいくんだ!?
 ネズミのときはあんなふうには……

 って今はそんな事どうでもいい。
 逃げられる前に一気に仕留めなければ。

「全力で突っ込め……って、うおおおおお!?」

 逃げ出そうとしたヤギを追いかけようと掛けだした瞬間、想定外の速度に転びかけた。
 ちょっ、早っ!? つか怖えぇぇぇ!?

 三十mの距離が一瞬でゼロになる。
 さっきからなんだよ!?、どういう事だよクソっ!?
 訳がわからないことだらけだが、一つだけ判ってるのは獲物が手に届く位置にいるということだ。

 ヤギの方も逃げ切れないと踏んだのか、角をこちらに突き立てようと首を振ってくる。

 あの角で突かれるのは流石に不味い。
 しかし、長々と睨み合ってる暇はない。
 手負いとは言えまともにやったらこっちが先にバテる危険がある。 

 更に出血を強いれば持久戦に持ち込めるかもしれんが……
 仕方ない、一撃離脱でなんとかして削るしか無いか。
 左の後ろ足はナイフが深々と刺さっているから、せめて右の後ろ足にもなんとかしてダメージを与えたい。

 後ろから一気に距離を詰める……!
 ぐ、やっぱり一歩が自分の想定より鋭い。
 想定とズレてうまく間合いが取りにくい……って、おわぁぁ!?

「エ゙エ゙エ゙エエ!」

 首を傾けたすぐ横をヤギの後ろ足が凄まじい勢いで跳ね上がっていった。
 あっぶねぇ、頭だけかと思ったら蹴りかよ!?
 こんなのまともに貰ったら首から上が吹っ飛びかねんぞ。

 頭の方から近づけば角が、後ろから近付けばバックキックが待ち構えてるってか。
 だったら横から、とも思うが、あの角の形状だとむしろ横から行ったほうが突き刺される危険がある。
 なんて厄介な……

 クッソ、ただのヤギなのにまるで大ボスと戦ってる気分になるぞ。
 流石にダサすぎるだろうが……!

 俺の知ってるVRMMOモノのアニメだと、デカイモンスターを剣一本でバッサバッサ切り倒すカッコイイ系だった筈なんだが!?
 魔法とかを華麗にかわしつつ、一撃でモンスターを仕留めるあのスタイリッシュさは何処へ行った!
 現実は実に非常であるりますよクソッタレ!
 
 更に一歩、後ろから踏み込んだところを狙い澄ましたように蹴りのカウンターが飛んでくる。

 が、今度は誘いだ。

「オラァ!」
「ギエェェ!?」

 蹴り上げられた足に向かって剣を叩き落とし膝下を切り飛ばすことに成功する。
 たまらず倒れ込んだヤギに一気に詰めより首を狙う。

「メエエエエエエ!!」
「ぐっ……首に一撃叩き込んでるのにまだ暴れるのかよ!?」

 ゲームなんかのように剣で一撃、とは行ってくれない。
 剣が首の骨に弾かれた手応えがある。
 クソ、こんなぶり殺しのような真似はしたくないんだがな……

 結局

 剣を何度も首に叩き込み続け、ようやくヤギは動きを止めた。

「はぁ、はぁ……はぁっ……」
「キョウ、やっつけたの?」

 いつのまにかエリスが隣に立っている。
 返り血で真っ赤になった俺を不安そうに見上げていた。

「ああ、やっつけたよ。でも、コレは悪い見本だな」
「悪いの?」
「もっとうまくやっつけれるようになれば、ヤギもこんなに苦しまなくて済んだかもしれない」

 イメージでは後ろ足を飛ばした後、一気に首を叩き落とすつもりだった。
 だが、結果は首の骨を断ち切れず、数分に渡って首を剣で叩き斬り続けるという不格好な形で苦しみを長引かせる格好になってしまった。
 ヘッドショット的なクリティカル判定はないらしい。
 いや、あるけど俺の攻撃力が低すぎて即死判定にならないのか?

「そうなの……?」
「わからないけど、多分そうだと思うよ。こんな無駄に苦しめる事にはならなかった筈」
「そうなんだ……」

 正直な所、こんな残酷なやり方をせずに肉を取る方法はある。
 自分達の分の肉を得たいだけなら罠を仕掛けるとか色々やり方はあるのだ。
 だが、俺たちに関しては、同時に戦闘の訓練もする必要がある。
 このゲームの世界で獣を武器で攻撃できるシステムが有り、ワイバーンだのなんだのという強力な生き物も居る事がわかったからには、いつか必ず必要になるという確信がある。
 なら、RPGのようにレベルアップのためだけに獣を狩るよりは、生きるための糧を得るための狩りと両立したほうが良い。
 俺はそう思う。

「もっとうまく闘えるようにならないとな……」
「うん……わたしももっと覚える」
「そうだな。一緒に覚えよう」
「ん……」

 手早く狩れるようになるってことはそれだけの戦闘技術が身についている証だ。
 そして、結果的に無駄に獲物を苦しめることもなくなる。
 なら、その二つのために闘うのは今の俺にとっては最良の修行方法の筈……だよな?
 うん、分からないけどきっとそう。

「よし、反省は終わり! この獲物を村まで運ばないとな」
「ん! 手伝う」

 ここまでの大物になると、俺じゃ捌くのは無理だ。
 村に持ち帰って、解体の仕方を教えてもらうしか無いな。

 幸い、村からもそう離れてないし肉がダメになる前にさっさと持ち帰ろう。
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