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16.屋根の上
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それから数日、灼は好き嫌いしないで何でも食べ、十分な睡眠をとった。
また、合間に瞑想をしたり、燈から霊力の扱いかたを学んだりした。
霊力というものは、たとえ本人が意識していなくても、勝手に身体の中心、正確には魂から体外へ放出されるものだ。
体外へ出たものは霊気や妖気と呼び、人によってはオーラとも形容する。
魂は微弱な霊力を放出しては、回復をくり返す。
したがって、霊力の強い人間は余力がある分、流れでる霊力の量も多くなる。その溢れでた霊気は周りに作用し、さまざまな事象に干渉する。
灼の場合、一般人よりは霊力が強い。
しかし、燈による消費が激しいため、放出する量をできるだけ減らさなければならない。
さらに、霊力を使う場面でも、効率的な運用をしなければならない。
そのため、燈から霊力をコントロールする特訓を受けていた。
「いい? 霊力とは魂という炎から立ちのぼる煙、あるいは魂というお湯から沸きあがる湯気のようたもの。つまり、発生するのは仕方のないことなのよ」
何だかかえって、わかりにくさが倍増するようなたとえだ。
「でも、霊力は修行次第で、出力をある程度コントロールできるようになる。ガスコンロの火のように、使わないときは弱火にしたり、逆に一点集中で強火にしたり、といった具合に!」
燈は自分の説明に酔っており、どうやらわかりやすいと思っているようだった。
「結局、霊力は煙ですか、それとも炎なんですか……?」
「どちらかというと、煙を出さないために、魂の炎を調節するみたいな感じ……? とにかく、そのコツをこれから教えていくわ」
このようにして、霊力の修行が始まった。
そして、霊力に関する特訓と平行して、たまに夜は屋根に登って運動をした。やはり、部屋での筋トレに限界を感じたからだ。
ただ、屋根に登るということも、一筋縄ではいかなかった。
ことの発端は、燈が人間の運動能力を過信していたことだった。
「この部屋はベランダがないですが、どうやって屋根まで行くんですか?」
玄関からとってきた自分のスニーカーを履きながら、灼が訊いた。
「え?」
予想に反して、燈は心底意外そうな顔をした。
「窓から日差しに飛びついて、屋根に向かって、こう……逆上がりの要領で上がればいいんじゃない?」
「え?」
至極当たり前のことをいうかのような口調でいわれ、灼は困惑した。
ふたりは互いに、相手の顔をまじまじと見つめた。
しばしの沈黙のあと、灼がおずおずといった。
「普通、窓から飛びついても、屋根には上がれないと思うんですけど……」
「え? そう? ……そうか、そうだったかも」
燈はぶつぶつとひとりごとを呟いて、納得したようだった。
「じゃあ、屋根に登って運動は無理ね……。灼なら軽いから屋根を踏みぬく心配がなくて、ちょうどいいかと思ったんだけどなあ……」
心なしか残念そうだ。それほど、屋根に登りたかったのだろうか。
「だったら、燈様が僕に憑依したら、登れますか? いや、でも、やっぱりベースが僕の身体だから無理か……」
「いえ、できると思うわ。……でも、灼の身体に負担がかかるから、やめたほうがいいと思う」
燈が首を振って、反対する。
「僕なら大丈夫ですよ。週明けから学校に通いますし、少しでも憑依に慣らしておきたいですから」
「でも……」
「大丈夫です!」
少し語気を強めていった。
最終的に、燈が根負けした。
「仕方ないわね……。つらくなったら、必ずいってよ?」
「はい!」
燈が、灼に近づく。触れあうかと思った瞬間、灼の中に入っていた。
「さーて、登るわよ!」
口が勝手に動いて喋る。灼の声のままで。
身体が自分の意思に関係なく、勝手に動くことにはまだ慣れないものだ。
「燈様、僕の声でその口調はちょっと……」
灼の身体は、主の主張を無視して、窓を開ける。部屋に心地よい夜風が吹きこんできて、頬を撫でる。
(確かに、五感は共有しているみたいだ)
灼がそのようなことを考えていると、身体がおもむろに窓枠へ登り、身構える間もなく、思いきり日差しへ飛んだ。
一瞬、「落ちるのではないか?」という考えがよぎったが、その跳躍力は普段からは考えられないほど、すごいものだった。
軽々と日差しを掴むと、振り子のように弾みをつけて、一気に屋根まで上がった。
「どう?」
自慢げな声とともに、自分の表情筋が動いて、ドヤ顔をしているのがわかる。
「すごかったです!」
灼の素直な言葉に、身体が満足そうに頷く。
屋根の上は暗く、瓦が当然のごとく坂になっていて、初めてだと立っているのもやっとのような場所だった。
忍者ではあるまいし、自分がここを本当に走れるのだろうか。
しかし、灼の身体は慣れた足どりで、そこを歩いていく。
「こうやって歩けば、少しはコツが掴めるでしょ?」
確かに手本を見るより、身体の使いかたはダイレクトに伝わってくる。
「やけに歩きなれていませんか? いつもは、社からなかなか抜けだせなかったはずですよね……。ずっと社の屋根を歩きまわっていたんですか?」
「そ、そんなに頻繁に登ってないわよ! 本当にたまに、たまーに遊んでいただけよ!?」
その口調からは、言葉とは反対に、頻繁に屋根へ上がっていたことが読みとれた。
もし今、別々の身体だったなら、燈のことをさぞかし呆れた目で見ていたことだろう。
灼のその心情を知ってか知らずか、燈が強制的に話題を変えた。
「あ、見て!」
身体が夜空を見上げ、指をさす。
そこには、どこまでも続きそうな真っ暗な闇に、たくさんのキレイな星が瞬いていた。ときたま、その中の星がスッと流れていく。
「今日は流星群が見られるんだって」
空を見上げながら、身体がストンと屋根に腰かける。
「それは、予言でわかったんですか?」
「ううん、朝のニュースでやっていた」
灼は少しガックリした。
ここ最近、朝食を食べにいく間はテレビをつけっぱなしにしていたため、そのときにでも見たのだろう。
この間、ワイドショーの占いコーナーを夢中で見ていたときには、お狐様としてのの自覚があるのかと問いたくなった。
少し、テレビは控えさせたほうよいのだろうか。
そのようなことを考えていると、フッと燈が身体から抜けでた。
灼の横に腰かけるような体勢をとる。その身体は、実際には屋根からほんの少しだけ浮いていたが。
「灼と一緒に見られたらいいなと、思っていたの」
月明かりに照らされた燈の顔が、ニコッと笑いかける。
反則的なかわいさだ、と灼は思ってしまった。
テレビの件は、もう少し様子を見ることにしよう。そのように考えてしまった灼は、燈に甘すぎるのかもしれない。
しかし、平静を装って返事をする。
「確かに、この光景はキレイです。連れてきてくれて、ありがとうございました」
燈のようにうまくは笑えないけれど、精一杯の感謝を込めた。
「ねえ、星に何かお願いした?」
「内緒です。燈様は?」
「じゃあ、わたしも内緒」
そのまましばらく、ふたりで黙って星を眺めた。
それからは学校に通うようになってからも、たびたび屋根に登った。登るときだけは、燈に憑依してもらう必要があったが。
上がったら、音を立てないように慎重に走りこみなどの運動をするようになった。
たまにバランスを崩したときなどは、燈がとっさに憑依して助けてくれた。
そして、休憩の間はふたりで星を眺めた。
誰にも邪魔をされずに、いつまでもずっと、ふたりでいたい。
灼はいつしか、そのように思っていた。
しかし、またしても灼の望む生活は、長くは続かなかった。
また、合間に瞑想をしたり、燈から霊力の扱いかたを学んだりした。
霊力というものは、たとえ本人が意識していなくても、勝手に身体の中心、正確には魂から体外へ放出されるものだ。
体外へ出たものは霊気や妖気と呼び、人によってはオーラとも形容する。
魂は微弱な霊力を放出しては、回復をくり返す。
したがって、霊力の強い人間は余力がある分、流れでる霊力の量も多くなる。その溢れでた霊気は周りに作用し、さまざまな事象に干渉する。
灼の場合、一般人よりは霊力が強い。
しかし、燈による消費が激しいため、放出する量をできるだけ減らさなければならない。
さらに、霊力を使う場面でも、効率的な運用をしなければならない。
そのため、燈から霊力をコントロールする特訓を受けていた。
「いい? 霊力とは魂という炎から立ちのぼる煙、あるいは魂というお湯から沸きあがる湯気のようたもの。つまり、発生するのは仕方のないことなのよ」
何だかかえって、わかりにくさが倍増するようなたとえだ。
「でも、霊力は修行次第で、出力をある程度コントロールできるようになる。ガスコンロの火のように、使わないときは弱火にしたり、逆に一点集中で強火にしたり、といった具合に!」
燈は自分の説明に酔っており、どうやらわかりやすいと思っているようだった。
「結局、霊力は煙ですか、それとも炎なんですか……?」
「どちらかというと、煙を出さないために、魂の炎を調節するみたいな感じ……? とにかく、そのコツをこれから教えていくわ」
このようにして、霊力の修行が始まった。
そして、霊力に関する特訓と平行して、たまに夜は屋根に登って運動をした。やはり、部屋での筋トレに限界を感じたからだ。
ただ、屋根に登るということも、一筋縄ではいかなかった。
ことの発端は、燈が人間の運動能力を過信していたことだった。
「この部屋はベランダがないですが、どうやって屋根まで行くんですか?」
玄関からとってきた自分のスニーカーを履きながら、灼が訊いた。
「え?」
予想に反して、燈は心底意外そうな顔をした。
「窓から日差しに飛びついて、屋根に向かって、こう……逆上がりの要領で上がればいいんじゃない?」
「え?」
至極当たり前のことをいうかのような口調でいわれ、灼は困惑した。
ふたりは互いに、相手の顔をまじまじと見つめた。
しばしの沈黙のあと、灼がおずおずといった。
「普通、窓から飛びついても、屋根には上がれないと思うんですけど……」
「え? そう? ……そうか、そうだったかも」
燈はぶつぶつとひとりごとを呟いて、納得したようだった。
「じゃあ、屋根に登って運動は無理ね……。灼なら軽いから屋根を踏みぬく心配がなくて、ちょうどいいかと思ったんだけどなあ……」
心なしか残念そうだ。それほど、屋根に登りたかったのだろうか。
「だったら、燈様が僕に憑依したら、登れますか? いや、でも、やっぱりベースが僕の身体だから無理か……」
「いえ、できると思うわ。……でも、灼の身体に負担がかかるから、やめたほうがいいと思う」
燈が首を振って、反対する。
「僕なら大丈夫ですよ。週明けから学校に通いますし、少しでも憑依に慣らしておきたいですから」
「でも……」
「大丈夫です!」
少し語気を強めていった。
最終的に、燈が根負けした。
「仕方ないわね……。つらくなったら、必ずいってよ?」
「はい!」
燈が、灼に近づく。触れあうかと思った瞬間、灼の中に入っていた。
「さーて、登るわよ!」
口が勝手に動いて喋る。灼の声のままで。
身体が自分の意思に関係なく、勝手に動くことにはまだ慣れないものだ。
「燈様、僕の声でその口調はちょっと……」
灼の身体は、主の主張を無視して、窓を開ける。部屋に心地よい夜風が吹きこんできて、頬を撫でる。
(確かに、五感は共有しているみたいだ)
灼がそのようなことを考えていると、身体がおもむろに窓枠へ登り、身構える間もなく、思いきり日差しへ飛んだ。
一瞬、「落ちるのではないか?」という考えがよぎったが、その跳躍力は普段からは考えられないほど、すごいものだった。
軽々と日差しを掴むと、振り子のように弾みをつけて、一気に屋根まで上がった。
「どう?」
自慢げな声とともに、自分の表情筋が動いて、ドヤ顔をしているのがわかる。
「すごかったです!」
灼の素直な言葉に、身体が満足そうに頷く。
屋根の上は暗く、瓦が当然のごとく坂になっていて、初めてだと立っているのもやっとのような場所だった。
忍者ではあるまいし、自分がここを本当に走れるのだろうか。
しかし、灼の身体は慣れた足どりで、そこを歩いていく。
「こうやって歩けば、少しはコツが掴めるでしょ?」
確かに手本を見るより、身体の使いかたはダイレクトに伝わってくる。
「やけに歩きなれていませんか? いつもは、社からなかなか抜けだせなかったはずですよね……。ずっと社の屋根を歩きまわっていたんですか?」
「そ、そんなに頻繁に登ってないわよ! 本当にたまに、たまーに遊んでいただけよ!?」
その口調からは、言葉とは反対に、頻繁に屋根へ上がっていたことが読みとれた。
もし今、別々の身体だったなら、燈のことをさぞかし呆れた目で見ていたことだろう。
灼のその心情を知ってか知らずか、燈が強制的に話題を変えた。
「あ、見て!」
身体が夜空を見上げ、指をさす。
そこには、どこまでも続きそうな真っ暗な闇に、たくさんのキレイな星が瞬いていた。ときたま、その中の星がスッと流れていく。
「今日は流星群が見られるんだって」
空を見上げながら、身体がストンと屋根に腰かける。
「それは、予言でわかったんですか?」
「ううん、朝のニュースでやっていた」
灼は少しガックリした。
ここ最近、朝食を食べにいく間はテレビをつけっぱなしにしていたため、そのときにでも見たのだろう。
この間、ワイドショーの占いコーナーを夢中で見ていたときには、お狐様としてのの自覚があるのかと問いたくなった。
少し、テレビは控えさせたほうよいのだろうか。
そのようなことを考えていると、フッと燈が身体から抜けでた。
灼の横に腰かけるような体勢をとる。その身体は、実際には屋根からほんの少しだけ浮いていたが。
「灼と一緒に見られたらいいなと、思っていたの」
月明かりに照らされた燈の顔が、ニコッと笑いかける。
反則的なかわいさだ、と灼は思ってしまった。
テレビの件は、もう少し様子を見ることにしよう。そのように考えてしまった灼は、燈に甘すぎるのかもしれない。
しかし、平静を装って返事をする。
「確かに、この光景はキレイです。連れてきてくれて、ありがとうございました」
燈のようにうまくは笑えないけれど、精一杯の感謝を込めた。
「ねえ、星に何かお願いした?」
「内緒です。燈様は?」
「じゃあ、わたしも内緒」
そのまましばらく、ふたりで黙って星を眺めた。
それからは学校に通うようになってからも、たびたび屋根に登った。登るときだけは、燈に憑依してもらう必要があったが。
上がったら、音を立てないように慎重に走りこみなどの運動をするようになった。
たまにバランスを崩したときなどは、燈がとっさに憑依して助けてくれた。
そして、休憩の間はふたりで星を眺めた。
誰にも邪魔をされずに、いつまでもずっと、ふたりでいたい。
灼はいつしか、そのように思っていた。
しかし、またしても灼の望む生活は、長くは続かなかった。
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