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15.霊力
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翌日、忌引きは明けたものの、灼は学校を休んだ。いきなり憑依しながら、学校に丸一日通うのは無理だと判断したからだ。
母には「体調が優れないから」といった。
心配させてしまったようだが、どこかほっとした顔もされた。妹のことがあり、屋敷から外に出すのが不安だったようだ。
ここまで憔悴した母は、初めて見た。いつも気丈な印象だったが、そのように振るまっていただけだったのかもしれない。
何か言葉をかけるべきなのだろうが、何も思いつかなかった。妹ならば気の利いたことをいえたかもしれないが、あいにく自分に対人スキルはない。結局、何もいえなかった。
しかし、体調が優れないのは本当だ。昨日の憑依の影響か、朝から妙にだるく、身体中が筋肉痛のように痛い。
それでも、何ごともない顔を繕った。
灼が自由でいられる期間は短い。それを考えると、修行にあまり時間をかけてはいられない。
多少身体に鞭を打ったとしても、学校を休む日数はできるだけ少なくしたい。
そのためには、燈に体調不良を知られるわけにはいかなかった。
そのように考えて、灼は痩せ我慢をしていた。どうせ体調が悪くても、顔にそこまで出ないことも知っていた。
朝食を終えて部屋に戻ると、燈がひとりで退屈そうにしていた。
朝食を食べる間、部屋にいるというからおいて出たが、今度から燈をひとりで部屋に残していくときには、テレビでもつけておいたほうがよいのかもしれない。
「そういえば、燈様は食事をしないんですか?」
今さらながら、気になったことを訊いてみた。
「社にお菓子とかお供えがたくさん贈られてきていたけど、わたしは人間と同じものを食べる必要はないわ。嗜好品としてつまむことはあるけどね」
「じゃあ、燈様はエネルギー補給は必要ないんですね。羨ましいです」
灼の言葉に、燈が首を振る。
「いいえ、エネルギーは必要よ。困るのは、わたしが止めようとしても、身体が少しずつ勝手に補給していること」
「困る? どういうことですか?」
灼の言葉に、燈が深いため息をついた。
「やっぱり気づいていなかったのね。わたしは依代から霊力をもらって生きているの。これが、依代を必要とする一番の理由よ。依代に憑依が可能なのも、孤塚家の人間なうえに普段吸収している霊力で馴染みやすいからよ」
燈が複雑そうな表情を見せた。
灼はというと、実感が湧かないせいか呑気なものだ。
「そうだったんですか。全然知りませんでした」
その様子を見て、燈がもうひとつ盛大にため息をついた。頭に手を当てながら、灼にいった。
「霊力とは何か? あなたの知っていることを述べなさい」
教師のような口調で、いきなり問題を出された。予想外すぎたため、灼は心もち慌てた。
「ええと、霊力とは、人間などの動植物がもっている魂の力です。霊力が強いほど、霊やお化け、またはこの世の理に干渉できるといわれています。……あ、あと霊やお化け自体も霊力を持っています」
灼の回答を、燈は腕を組み、目をつぶったまま黙って聞いていた。
何か間違っていただろうかと、ドギマギして返事を待つ。
しばしの沈黙のあと、燈が口を開いた。
「よろしい。霊力は、魔力とか妖力とか、いろいろな言葉でも表されます」
何かのクイズ番組のような溜めかただ。ただ楽しんでやっているだけのような気がしてきた。
灼がホッと胸を撫でおろしたのもつかの間、次の問題が飛んできた。
「それでは、霊力の強弱とは何か? 答えなさい」
これには灼も完全に慌てた。今まで、漠然としか考えていなかったことだ。
「え、えっと、霊力が少し強い人は、霊感があるといわれます。僕なんかは霊感がある部類には入りますが、孤塚家の中ではとても弱いです。霊力の強さはもともとの素養だといいますが、修行次第では強くなります」
答えてから、燈の顔をチラッと見た。答えとしては不十分なことはわかっていた。
燈はというと、溜める努力をしているようだが、その顔は明らかに引くついていた。
「違う!! いや、いっていることは間違っていないけれど!」
しばらくの沈黙のあと、燈がいい放った。
「いい? 霊力の強弱とはすなわち、容量のことよ。霊力が強い人ほど、許容量が大きくて霊力を溜めておける。しかも、回復も早い。霊力と生命力は直結しているから、枯渇すると身体に不調を来たすわ」
「へえ、そうだったんですね」
そのあたりのことは、今まで最低限しか教えられてこなかったので、あまり知らなかった。
もともと、家督を継ぐスペアとして経営学などは学ばさせられていたが、依代関連のことはその範疇ではない。
もしかしたら、正式に家督を継ぐときに、家長へ伝えられるのかもしれない。
灼の反応に、燈が呆れている。
「依代は常にわたしに霊力を供給しているのに加えて、占いや憑依でも使うから、霊力がある程度強くないといけないの。霊力は減れば回復するけど、消費量より回復量が多くないといけないわけ。でも!」
燈がズイッと顔を寄せてきた。
その不意打ちに、灼は顔が少し赤くなるのを感じた。
「昨日憑依して確信したけど、灼の霊力は全然足りないわ! 強すぎるのは問題だけど、弱すぎるのも問題。今までの依代は霊力が強かったから、わたしが吸収しても平気だったけれど、あなたの場合は消費量のほうが多いわ。このままだと、霊力が尽きて死ぬことになる」
いきなり、重い話になってきた。
「でも、燈様は寿命がわかるんでしょう? 僕がいつ死ぬか、わかっているんじゃないですか?」
灼は不安をかき消すように、燈に質問した。
「わたしがわかるのは、どう頑張ってもこの歳までしか生きられないというもの。逆にその歳までなら、いつ死んでもおかしくないということよ。実際、寿命の前に不慮の事故で亡くなった人もいたわ」
それを聞くと、少し恐ろしく思えた。
その不安を察してか、燈が優しい声をかけてきた。
「今すぐどうこうなるわけではないし、修行して霊力を強くすれば平気だから。とりあえず、しばらくは失った霊力の回復に専念しましょう。……あなたが痩せ我慢をしていることも、わかっているんだからね」
最後のほうは声がワントーン低くなって、睨みつけてきた。
「れ、霊力の回復って、どうすればいいんですか?」
灼は視線を逸らしながら、誤魔化した。
燈は顎に手を当てて、考えながら答えた。
「よく寝ること、よく食べること、あとは適度な運動かな……。あ、あと、瞑想は霊力を強くするためにも効果的よ」
「何だか、健康的な生活ですね……。部屋からあまり出られないので、運動は厳しいんじゃないですか?」
燈がもったいぶって、チッチッチッといいながら、人差し指をふる。
「軟禁生活でも、運動はできるものよ。部屋で筋トレもいいけど、オススメは夜にこっそり抜けだして、屋根の上とかを走ることよ」
「屋根の上!? それはちょっと……」
あまりのぶっ飛んだ意見に、灼が狼狽する。
「あら、家の人にはまず見つからないわよ? それに、わたしひとりだとこの家の敷地外へ出られないから、あなたにわざわざ憑依しなきゃいけないけど、屋根の上なら憑依しなくても問題ないし!」
何故か、しきりに薦めてくる。その言葉に違和感を覚え、訊いてみた。
「もしかして、よく屋根に登っているんですか?」
燈はドキリとした顔をした。灼から不自然に視線を逸らす。
「べ、別に? そんなことするわけないじゃない! ただ、この屋敷広いから、ちょうどいいと思っただけよ?」
どうやら、図星のようだった。
「危ないので、これからはひとりで登らないでくださいね……」
「はい……」
呆れた灼の声に、燈が恥ずかしそうに小さく返事をした。
母には「体調が優れないから」といった。
心配させてしまったようだが、どこかほっとした顔もされた。妹のことがあり、屋敷から外に出すのが不安だったようだ。
ここまで憔悴した母は、初めて見た。いつも気丈な印象だったが、そのように振るまっていただけだったのかもしれない。
何か言葉をかけるべきなのだろうが、何も思いつかなかった。妹ならば気の利いたことをいえたかもしれないが、あいにく自分に対人スキルはない。結局、何もいえなかった。
しかし、体調が優れないのは本当だ。昨日の憑依の影響か、朝から妙にだるく、身体中が筋肉痛のように痛い。
それでも、何ごともない顔を繕った。
灼が自由でいられる期間は短い。それを考えると、修行にあまり時間をかけてはいられない。
多少身体に鞭を打ったとしても、学校を休む日数はできるだけ少なくしたい。
そのためには、燈に体調不良を知られるわけにはいかなかった。
そのように考えて、灼は痩せ我慢をしていた。どうせ体調が悪くても、顔にそこまで出ないことも知っていた。
朝食を終えて部屋に戻ると、燈がひとりで退屈そうにしていた。
朝食を食べる間、部屋にいるというからおいて出たが、今度から燈をひとりで部屋に残していくときには、テレビでもつけておいたほうがよいのかもしれない。
「そういえば、燈様は食事をしないんですか?」
今さらながら、気になったことを訊いてみた。
「社にお菓子とかお供えがたくさん贈られてきていたけど、わたしは人間と同じものを食べる必要はないわ。嗜好品としてつまむことはあるけどね」
「じゃあ、燈様はエネルギー補給は必要ないんですね。羨ましいです」
灼の言葉に、燈が首を振る。
「いいえ、エネルギーは必要よ。困るのは、わたしが止めようとしても、身体が少しずつ勝手に補給していること」
「困る? どういうことですか?」
灼の言葉に、燈が深いため息をついた。
「やっぱり気づいていなかったのね。わたしは依代から霊力をもらって生きているの。これが、依代を必要とする一番の理由よ。依代に憑依が可能なのも、孤塚家の人間なうえに普段吸収している霊力で馴染みやすいからよ」
燈が複雑そうな表情を見せた。
灼はというと、実感が湧かないせいか呑気なものだ。
「そうだったんですか。全然知りませんでした」
その様子を見て、燈がもうひとつ盛大にため息をついた。頭に手を当てながら、灼にいった。
「霊力とは何か? あなたの知っていることを述べなさい」
教師のような口調で、いきなり問題を出された。予想外すぎたため、灼は心もち慌てた。
「ええと、霊力とは、人間などの動植物がもっている魂の力です。霊力が強いほど、霊やお化け、またはこの世の理に干渉できるといわれています。……あ、あと霊やお化け自体も霊力を持っています」
灼の回答を、燈は腕を組み、目をつぶったまま黙って聞いていた。
何か間違っていただろうかと、ドギマギして返事を待つ。
しばしの沈黙のあと、燈が口を開いた。
「よろしい。霊力は、魔力とか妖力とか、いろいろな言葉でも表されます」
何かのクイズ番組のような溜めかただ。ただ楽しんでやっているだけのような気がしてきた。
灼がホッと胸を撫でおろしたのもつかの間、次の問題が飛んできた。
「それでは、霊力の強弱とは何か? 答えなさい」
これには灼も完全に慌てた。今まで、漠然としか考えていなかったことだ。
「え、えっと、霊力が少し強い人は、霊感があるといわれます。僕なんかは霊感がある部類には入りますが、孤塚家の中ではとても弱いです。霊力の強さはもともとの素養だといいますが、修行次第では強くなります」
答えてから、燈の顔をチラッと見た。答えとしては不十分なことはわかっていた。
燈はというと、溜める努力をしているようだが、その顔は明らかに引くついていた。
「違う!! いや、いっていることは間違っていないけれど!」
しばらくの沈黙のあと、燈がいい放った。
「いい? 霊力の強弱とはすなわち、容量のことよ。霊力が強い人ほど、許容量が大きくて霊力を溜めておける。しかも、回復も早い。霊力と生命力は直結しているから、枯渇すると身体に不調を来たすわ」
「へえ、そうだったんですね」
そのあたりのことは、今まで最低限しか教えられてこなかったので、あまり知らなかった。
もともと、家督を継ぐスペアとして経営学などは学ばさせられていたが、依代関連のことはその範疇ではない。
もしかしたら、正式に家督を継ぐときに、家長へ伝えられるのかもしれない。
灼の反応に、燈が呆れている。
「依代は常にわたしに霊力を供給しているのに加えて、占いや憑依でも使うから、霊力がある程度強くないといけないの。霊力は減れば回復するけど、消費量より回復量が多くないといけないわけ。でも!」
燈がズイッと顔を寄せてきた。
その不意打ちに、灼は顔が少し赤くなるのを感じた。
「昨日憑依して確信したけど、灼の霊力は全然足りないわ! 強すぎるのは問題だけど、弱すぎるのも問題。今までの依代は霊力が強かったから、わたしが吸収しても平気だったけれど、あなたの場合は消費量のほうが多いわ。このままだと、霊力が尽きて死ぬことになる」
いきなり、重い話になってきた。
「でも、燈様は寿命がわかるんでしょう? 僕がいつ死ぬか、わかっているんじゃないですか?」
灼は不安をかき消すように、燈に質問した。
「わたしがわかるのは、どう頑張ってもこの歳までしか生きられないというもの。逆にその歳までなら、いつ死んでもおかしくないということよ。実際、寿命の前に不慮の事故で亡くなった人もいたわ」
それを聞くと、少し恐ろしく思えた。
その不安を察してか、燈が優しい声をかけてきた。
「今すぐどうこうなるわけではないし、修行して霊力を強くすれば平気だから。とりあえず、しばらくは失った霊力の回復に専念しましょう。……あなたが痩せ我慢をしていることも、わかっているんだからね」
最後のほうは声がワントーン低くなって、睨みつけてきた。
「れ、霊力の回復って、どうすればいいんですか?」
灼は視線を逸らしながら、誤魔化した。
燈は顎に手を当てて、考えながら答えた。
「よく寝ること、よく食べること、あとは適度な運動かな……。あ、あと、瞑想は霊力を強くするためにも効果的よ」
「何だか、健康的な生活ですね……。部屋からあまり出られないので、運動は厳しいんじゃないですか?」
燈がもったいぶって、チッチッチッといいながら、人差し指をふる。
「軟禁生活でも、運動はできるものよ。部屋で筋トレもいいけど、オススメは夜にこっそり抜けだして、屋根の上とかを走ることよ」
「屋根の上!? それはちょっと……」
あまりのぶっ飛んだ意見に、灼が狼狽する。
「あら、家の人にはまず見つからないわよ? それに、わたしひとりだとこの家の敷地外へ出られないから、あなたにわざわざ憑依しなきゃいけないけど、屋根の上なら憑依しなくても問題ないし!」
何故か、しきりに薦めてくる。その言葉に違和感を覚え、訊いてみた。
「もしかして、よく屋根に登っているんですか?」
燈はドキリとした顔をした。灼から不自然に視線を逸らす。
「べ、別に? そんなことするわけないじゃない! ただ、この屋敷広いから、ちょうどいいと思っただけよ?」
どうやら、図星のようだった。
「危ないので、これからはひとりで登らないでくださいね……」
「はい……」
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