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永遠の誓い

216.全ては空正の為に3

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 泣き腫らした顔が痛々しいが、辛うじて涙が止まった蒼空と共に、リビングに向かう。
 そこには、空正の生後一月から今現在までのアルバムが6冊用意されていた。

 まさか写真まで見せて貰えるとは。全く想定していなかった俺たちは、手を取り合って歓喜し、また泣いてしまった。

「あらあら。これじゃあ可愛い空正の写真が見えないわね。
 良ければこちら、持って帰ってゆっくりご覧になってくださいな。」

 一枚一枚の写真に丁寧にメモが貼ってある。それを、持って帰る…。そんなことを考える事すらおこがましいと、俺たちは顔を見合わせて遠慮したが、愛する愛息子の写真の誘惑には勝てない。

「では、これらをお借りしてまたお返しに上がります。ありがとうございます。」

「ううん。良いのよ。あなたたちが持っているべきよ。差し上げるわ。まだデータは持っているから大丈夫よ。」

「え!それは…。しかし…。」

 俺は蒼空と顔を見合わせた。

 写真一枚一枚の下に手書きのメモが貼ってあるものだ。これを作るのに一体どれだけの時間と手間と愛情が掛けられているのだろうか。
 最期のページに手形が押してあるものもあり、これは決してもう一度作れる様なものではない。

 遠慮してなかなか首を縦に振らない俺達をみて、奥方は天女の微笑みを浮かべながら言う。

「良いのよ。遠慮しないで。私たちは日中いくらでも時間が有るんですもの。
 アルバムを作るのって、楽しいのよ。私も久しぶりにここに載せられなかった写真が見たくなったわ。またもう一度最初からアルバムを作る楽しみを私にくれないかしら。」

「遠慮しないで。本当の両親の所にあった方が、きっとこの写真たちも喜ぶよ。」

 菩薩だ。今度こそ神様だ。福音が聞こえた。

 俺と蒼空の目の前にあるこれは、代えがたい宝だ。自分たちと同じように空正を愛してくれている吉崎ご夫婦にとってもきっと代えがたい宝であるはずだ。その宝物の価値が解るからこそ、受け取るのを躊躇してしまう。

「じゃあ、この手形だけでも…。原本はこちらに残した方が良いかと。
 将来空正が大きくなってから自分で見るかもしれませんし…。」

「そう?う~ん。でもそうね。空正が主役ですものね。じゃあ、手形はコピーを取って交換させて貰おうかしら。

 お願いできる?」

 奥方が後方に向かって声をかけると、女性の使用人が『はい』と進み出てアルバムを恭しく抱えて持って行った。


「この度は色々とご親切にして頂きまして、本当にありがとうございます。
 蒼空と二人で大切に見させて頂きます。」

 俺は座ったままでは失礼だと思いわざわざ立ち上がってからお礼を言い、深々と頭を下げた。


「いいのよ。こちらこそ空正をこの世に産んでくれて、本当にありがとう。」

「あぁ。私たちの自慢の愛息子だよ。空正の成長が老後の唯一の楽しみでね。空正に出会わせてくれて本当にありがとう。
 私たちはもう空正無しでは生きていけないんだ。連れ帰りたいと言われなくて本当に良かった。ありがとう。」

 吉崎氏の心配事は解る。空正は犯罪組織に無理やり連れて行かれて売られてしまった子だ。合意の基で養子に出された子とは違い、実の親が取り戻そうと思えば、法的にも取り戻す事が出来る。
 吉崎氏が俺達のことを知った時に、一番に恐れたことは恐らくそれだろう。

「いえっいえっ!空正の幸せが一番ですから。
 本日お二人にお会いして、ご自宅を拝見させて頂いて…空正を大事に育てて下さっている事がとてもよく解りました。お礼を言うのは本当にこちらの方です。」

 空正が幸せである限りは、俺たちは手を出さない。蒼空と話し合って、そう決めた。

「私達は老い先短いし、年齢的にも私が空正を産んだという事に疑問を持ち始める時もあるかもしれない。そんな時に、あなたの本当の親御さんは別に居るのよと伝えるのかどうか。どうしたら良いのか、まだ迷っているところなのよ。
 本当の両親が傍に居て、私たちの相談に乗ってくれると助かるわ。」

「はい。空正の為にもずっとお元気でいらして欲しいですが、私達でお力になれる事ならぜひお力添えさせて下さい。」

「幸いなことに、私と蒼空くんの父は親友だから、家族ぐるみで交流があっても不思議ではないと思っているんだ。」

 心の中に、パッと光が差した。

「それは…つまり…。」

「うん。空正に君たちを私の親友の子供だと紹介したいと考えている。…が、今のままでは無理だな。見ず知らずの大人が自分を見て涙ぐむのはさすがに変だろう。
 最初は遠くから何回か見て貰って、空正の存在に慣れて欲しい。それで、君たちがこんな風に泣かなくなったら、是非紹介させて貰うよ。」

 最初に感じたのは、そんなことをしても良いのかという戸惑い。だが嬉しさが、じわじわと心を満たしていく。
 空正と話すということ。一度は断腸の想いで諦めたものだ。それが、もしかしたら実現するかもしれないということか。

 隣を見ると、蒼空が満面の笑みで静かに喜んでいた。

 老夫婦がこの世を去る時、空正はいくつだろうか。成人して居るだろうか。解らない。
 だが、親戚ともそこまで仲が良くは無さそうだという事が料亭での会話の中からうかがえた。傍で支えてくれる大人が必要になる事もあるだろう。
 そういう時に、支えてあげられるのは自分たちでありたいと思っている。

 親子という本当の関係を伝えなくても。空正が困った時に頼れる大人でありたい。

「はい…はい…。ありがとうございます。嬉しいです。」

 ずっと泣きっぱなしの俺たちに、吉崎氏は少し呆れた笑みを浮かべた。


「うん。じゃあ、まずはこの写真を見て空正に慣れる事からだな。」

 使用人がアルバムを紙袋に入れて持ってきてくれた。

「じゃあ、そろそろ空正を幼稚園に迎えに行かなくてはいけないから、今日はこの辺にしようか。
 また年明けに連絡するよ。」

「はい。ありがとうございました。この御恩は忘れません。」

「よしてくれよ。御恩だなんて。
 もし私たちが20年若ければまた話は違っていたかもしれない。
 だけど、残念ながら平均寿命を考えると空正が成人になるまで見守れるのか否か解らないから…。

 お互い空正の為に考えているだけだ。私たちは戦友だ。」

「はい。全ては空正の為に。」

 俺達は四人は頷きあって、結束を確かめ合った。
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