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その後の二人
188.自由の味
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向かうは駅の反対側。駅からそう遠くない所に、お目当ての店はあった。繁華街の駅ビルの階段を登っていく。蒼空とこういう妖しい雰囲気の階段を登るのも初めてだな。今日は何をするにも初めてで、楽しい。
店に入ると、美味しい煙が視界を曇らせる。ジュージューと先客が肉を焼く音を聞きながら、俺たちは案内された席についた。蒼空と一緒に買えた衣服の嬉しい重みが、座席に移る。
そう、ここは焼肉屋だ。今日俺たちは地下オメガ生活では味わえなかった、自由の味を堪能しにやってきた。
俺が『蒼空くんとやりたいことリスト』に特に目立つように書いたから、優しい蒼空くんはきっと俺の意図を汲んで、焼き肉を選んでくれた。
もちろんここでの注文は食べ放題コースだ。今日はたらふく自由の味を満喫するつもりで、一番高い食べ放題コースを選んだ。それでも二人なら諭吉さん一枚とちょっとで足りる。とても良心的なお店だ。
俺たちは、普通の人が普通に楽しめる事をできることが、何よりも尊いと知っている。二人で居られれば、それ以上は身に過ぎた贅沢だ。だから、これくらいの贅沢で充分だ。それ以上は要らない。
それに迂闊に高い店に行って、もし元社長令息である蒼空の顔を知っている人物と鉢合わせたら、もっと嫌だしな。
熟成厚切りカルビに、ハラミ。なんとも美味しそうな写真がタッチパネル上に並ぶ。
「今日は食べ放題だから、この画面上のものはなんでも好きに食べていいんだよ。」
蒼空にそう言うと、パッと花を咲かせた様に顔を輝かせた。可愛いな。
恐る恐るタッチパネルを押して、四苦八苦して注文している姿も愛おしい。
蒼空は余りタッチパネルの扱いに慣れていない様だ。それもそうか。こういう庶民的な店に来る様な育ちじゃないもんな。こういう時に、稀に蒼空の過去の片鱗を見る事がある。
あれだけ週刊誌で騒がれてしまったから、蒼空が元社長令息で元地下オメガだった話は蒼空の今の職場でも公然の秘密らしい。
だから職場の飲み会に行っても、お坊ちゃま育ちなのとオメガである事の二重の意味で、お姫様扱いなんだそうだ。上司の隣の上座に座らせて貰えて、周りの人がお世話をしてくれるらしい。
注文をしたりと下っ端がする様な気遣いをした事は無く、同じ総合職なはずなのにと本人はそれが不満なのだそうだ。
最初その話を聞いた時には、正直なんだそりゃと思った。俺の蒼空は確かに綺麗だ。だからと言って、ホステス宜しく上司の隣に侍らされるのは気分が良くない。
蒼空に対してちやほやと世話を焼いて優しく接してくれることは良い事だが、逆に言えば職場の野郎どもは、俺の蒼空を異性として見ているという事だ。そう思うと複雑だった。今度職場の飲み会があったら、絶対に店まで迎えに行こうと心に決めた。
蒼空は「食べ放題初めて!こういうの、ずっとやってみたかったんだ♪」と目を輝かせて一生懸命選んでいるから、俺が手を出すのは無粋だろう。
初デートに初食べ放題、初焼き肉。蒼空の初めてをまた一つ貰えた事にも満足し、俺は蒼空がたどたどしく選ぶのを微笑ましく見守る事にした。
一番最初に頼んだ飲み物が来た。俺は生だが、蒼空はビールが苦手な様で、ジンジャーエールを注文した様だ。カチンと軽い音を立てて、二人で乾杯する。二人の目が合って、微笑み合う。なんとも穏やかな時間だ。
やがて蒼空が注文したお肉がテーブルにやってきた。やってきたお肉はどれも一人前だった。あぁ、そこの注意をしてあげるのを忘れていたな。焼肉初心者がよくする間違いの一つだよな。
来るべきものを待ち望んで熱を持て余していた網の上は、独り者で一杯になった。やがて、美味しい煙が席を満たす。俺はその煙が目に染みたのか、視界がだんだんと霞んでいくのを感じた。
「えっ!正吾さん、どうしたの?」
蒼空が俺の様子に気が付いて、心配して声を掛けてくれる。
「いや…なんでもない。煙が目に染みたみたいだ。」
「そっそう?ならいいんだけど。」
でもその言葉が引き金になってしまったのか、俺はもはや泣いているのを隠せなくなり、目を片手で覆って動けなくなった。
「もう~正吾さん。正吾さんが泣くと、僕まで泣けてきちゃうじゃん。
美味しいお肉の前で…。ほら、僕あまりよく解らないからさ、焼き加減見てよ。」
蒼空のツンデレ仕様も可愛い。
蒼空はわざとおちゃらけて、明るく場を盛り上げようとしてくれた様だった。
「ごめんな。だって…。とうとう…とうとう蒼空と外でデートが出来たんだぞ?こんな風に、他の人も居る席で、地下生活では絶対に食べられなかった焼肉も一緒に食べられるなんて。
もうあの生活が全部過去になって…。嬉しいと思ったら、つい…こんなことに…。
年甲斐もなく、恥ずかしいな。」
俺はおしぼりで涙を拭い、苦笑した。
「僕も、今日は一日中正吾さんと一緒にお外を歩けて嬉しかったよ。ずっと夢だったんだ。僕達本当にもう誰に憚る事も無く、堂々とお外でデートできる様になったんだね。」
そういう蒼空の声も若干鼻声だった。その言葉を聞いて、俺はもっと泣きそうになってしまった。
俺を慰めようとしているのか、おしぼりを掴んだままの俺の手に、蒼空の手が重なる。
他に他人が居る空間で、カップルである事を隠さずに食事をする。蒼空の存在の全てを秘匿しなければならなかったあの頃とは、大違いだ。
目で人前に居る蒼空を見て、鼻で自由の香りに混じった蒼空のフェロモンの香りを嗅いで、口で味わって、耳で喧騒を聞いて、手で触れて。五点責めだ。感情が出やすい夜に、五感で感じる事で、蒼空が傍に居てくれているという事がより一層実感が湧く。
「もう、正吾さんったら…。泣いてないで、お肉焼けたから食べなよ。もう。」
蒼空が俺の皿に若干焦げた肉を乗せてくれる。
蒼空は確かに肉の焼き加減が解らない様だ。焼き肉は戦場だ。確かに泣いている場合じゃないな。
全てが炭になる前に、俺も涙を拭ってトングを手にした。
一口お肉を口に入れて、「美味し~い♡」とじたばたする蒼空の笑顔が眩しかった。
今日の焼肉の味は永遠に忘れられないだろう。俺たちの初デートは大成功だった。
でも、これからが大人のデートの本番だよな?俺は会計をしつつ、少し悪い顔でほくそ笑む。
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X企画での #RTの早い5人に落書き投げつける見た人も強制でやる タグでリクエスト頂きました焼き肉です♪
リクエスト頂きありがとうございました☆
店に入ると、美味しい煙が視界を曇らせる。ジュージューと先客が肉を焼く音を聞きながら、俺たちは案内された席についた。蒼空と一緒に買えた衣服の嬉しい重みが、座席に移る。
そう、ここは焼肉屋だ。今日俺たちは地下オメガ生活では味わえなかった、自由の味を堪能しにやってきた。
俺が『蒼空くんとやりたいことリスト』に特に目立つように書いたから、優しい蒼空くんはきっと俺の意図を汲んで、焼き肉を選んでくれた。
もちろんここでの注文は食べ放題コースだ。今日はたらふく自由の味を満喫するつもりで、一番高い食べ放題コースを選んだ。それでも二人なら諭吉さん一枚とちょっとで足りる。とても良心的なお店だ。
俺たちは、普通の人が普通に楽しめる事をできることが、何よりも尊いと知っている。二人で居られれば、それ以上は身に過ぎた贅沢だ。だから、これくらいの贅沢で充分だ。それ以上は要らない。
それに迂闊に高い店に行って、もし元社長令息である蒼空の顔を知っている人物と鉢合わせたら、もっと嫌だしな。
熟成厚切りカルビに、ハラミ。なんとも美味しそうな写真がタッチパネル上に並ぶ。
「今日は食べ放題だから、この画面上のものはなんでも好きに食べていいんだよ。」
蒼空にそう言うと、パッと花を咲かせた様に顔を輝かせた。可愛いな。
恐る恐るタッチパネルを押して、四苦八苦して注文している姿も愛おしい。
蒼空は余りタッチパネルの扱いに慣れていない様だ。それもそうか。こういう庶民的な店に来る様な育ちじゃないもんな。こういう時に、稀に蒼空の過去の片鱗を見る事がある。
あれだけ週刊誌で騒がれてしまったから、蒼空が元社長令息で元地下オメガだった話は蒼空の今の職場でも公然の秘密らしい。
だから職場の飲み会に行っても、お坊ちゃま育ちなのとオメガである事の二重の意味で、お姫様扱いなんだそうだ。上司の隣の上座に座らせて貰えて、周りの人がお世話をしてくれるらしい。
注文をしたりと下っ端がする様な気遣いをした事は無く、同じ総合職なはずなのにと本人はそれが不満なのだそうだ。
最初その話を聞いた時には、正直なんだそりゃと思った。俺の蒼空は確かに綺麗だ。だからと言って、ホステス宜しく上司の隣に侍らされるのは気分が良くない。
蒼空に対してちやほやと世話を焼いて優しく接してくれることは良い事だが、逆に言えば職場の野郎どもは、俺の蒼空を異性として見ているという事だ。そう思うと複雑だった。今度職場の飲み会があったら、絶対に店まで迎えに行こうと心に決めた。
蒼空は「食べ放題初めて!こういうの、ずっとやってみたかったんだ♪」と目を輝かせて一生懸命選んでいるから、俺が手を出すのは無粋だろう。
初デートに初食べ放題、初焼き肉。蒼空の初めてをまた一つ貰えた事にも満足し、俺は蒼空がたどたどしく選ぶのを微笑ましく見守る事にした。
一番最初に頼んだ飲み物が来た。俺は生だが、蒼空はビールが苦手な様で、ジンジャーエールを注文した様だ。カチンと軽い音を立てて、二人で乾杯する。二人の目が合って、微笑み合う。なんとも穏やかな時間だ。
やがて蒼空が注文したお肉がテーブルにやってきた。やってきたお肉はどれも一人前だった。あぁ、そこの注意をしてあげるのを忘れていたな。焼肉初心者がよくする間違いの一つだよな。
来るべきものを待ち望んで熱を持て余していた網の上は、独り者で一杯になった。やがて、美味しい煙が席を満たす。俺はその煙が目に染みたのか、視界がだんだんと霞んでいくのを感じた。
「えっ!正吾さん、どうしたの?」
蒼空が俺の様子に気が付いて、心配して声を掛けてくれる。
「いや…なんでもない。煙が目に染みたみたいだ。」
「そっそう?ならいいんだけど。」
でもその言葉が引き金になってしまったのか、俺はもはや泣いているのを隠せなくなり、目を片手で覆って動けなくなった。
「もう~正吾さん。正吾さんが泣くと、僕まで泣けてきちゃうじゃん。
美味しいお肉の前で…。ほら、僕あまりよく解らないからさ、焼き加減見てよ。」
蒼空のツンデレ仕様も可愛い。
蒼空はわざとおちゃらけて、明るく場を盛り上げようとしてくれた様だった。
「ごめんな。だって…。とうとう…とうとう蒼空と外でデートが出来たんだぞ?こんな風に、他の人も居る席で、地下生活では絶対に食べられなかった焼肉も一緒に食べられるなんて。
もうあの生活が全部過去になって…。嬉しいと思ったら、つい…こんなことに…。
年甲斐もなく、恥ずかしいな。」
俺はおしぼりで涙を拭い、苦笑した。
「僕も、今日は一日中正吾さんと一緒にお外を歩けて嬉しかったよ。ずっと夢だったんだ。僕達本当にもう誰に憚る事も無く、堂々とお外でデートできる様になったんだね。」
そういう蒼空の声も若干鼻声だった。その言葉を聞いて、俺はもっと泣きそうになってしまった。
俺を慰めようとしているのか、おしぼりを掴んだままの俺の手に、蒼空の手が重なる。
他に他人が居る空間で、カップルである事を隠さずに食事をする。蒼空の存在の全てを秘匿しなければならなかったあの頃とは、大違いだ。
目で人前に居る蒼空を見て、鼻で自由の香りに混じった蒼空のフェロモンの香りを嗅いで、口で味わって、耳で喧騒を聞いて、手で触れて。五点責めだ。感情が出やすい夜に、五感で感じる事で、蒼空が傍に居てくれているという事がより一層実感が湧く。
「もう、正吾さんったら…。泣いてないで、お肉焼けたから食べなよ。もう。」
蒼空が俺の皿に若干焦げた肉を乗せてくれる。
蒼空は確かに肉の焼き加減が解らない様だ。焼き肉は戦場だ。確かに泣いている場合じゃないな。
全てが炭になる前に、俺も涙を拭ってトングを手にした。
一口お肉を口に入れて、「美味し~い♡」とじたばたする蒼空の笑顔が眩しかった。
今日の焼肉の味は永遠に忘れられないだろう。俺たちの初デートは大成功だった。
でも、これからが大人のデートの本番だよな?俺は会計をしつつ、少し悪い顔でほくそ笑む。
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