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蒼空の日々

179.子は鎹(櫂視点)

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<櫂視点>

 それからの4年間。俺たちは家族三人で平和に暮らした。
 
 俺たちは自由に外に出かけられる様になった。監視はついているのかもしれないが。別に後ろめたい事は何も無いから、特に気にならない。
 今は、普通の家族と同じ様な感じで過ごせている。

 前も別に出ようと思えば出られたんだ。俺はただ哲也に個人的に飼われていただけで、別に地下アルファだったわけじゃないから、オークション規約には縛られていなかった。借金も全部返し終わって、もう借金取りも居ない。凛空だって警察に保護されて戸籍が回復している。
 ただ、いつ記憶が戻るか解らない凛空と、その時に頼りにして良いのか解らなかったベータ男の二人を、家に残して出かけるのが心配だっただけで。


 凛空りくは外に出ると注目を浴びてしまうから、買い物は極力俺と蒼空そらの二人で出かけている。
 奴の息子が付けてくれたお世話係が居るから必要な物は相変わらず何でも手配してくれる。別に外に出る必要は無いんだが。ずっと家に籠っていたから、今は愛息子と二人で近所のスーパーに買い物に行けるだけでも幸せを感じる。

 時々凛空が外に出たいという日は、サングラスにマスクというもの凄い変装で外に出たりもしている。
 また凛空と、凛空が好きだった蒼空あおぞらの下を歩けて嬉しい。



 この穏やかな日々は、哲也が俺に残してくれた最後の家族団らんの時だった。

 あの時は、なぜ接近禁止命令なんてものを俺の名前を勝手に使ってまで申立てたのか、俺は全く分かっていなかった。でも、今なら解る。
 嫁入り前の息子と家族三人で過ごせる時間は、もう今しかないんだという事を。


 この貴重な時間をくれたからと言って、アイツへの憎悪が消える訳じゃない。
 蒼空そらから聞いたら、他にも色々と蒼空を助けていたらしいが、だからと言って凛空りくへした仕打ちを許せるわけでもない。

 でも、水に流した方が早く忘れられると思って、出来る限り憎悪を押し込めて、俺は今の幸せを享受しようとしている。


 この4年間で、凛空は無事に運命のツガイとの番契約を解除出来た。
 凛空はもう発情期も無いから他のアルファに襲われる可能性も低い。実質今俺たちがまたツガイになっても余り意味は無い。

 それでも俺のツガイは生涯凛空だけで、凛空は運命のツガイを拒否してまで俺の所に戻ってきてくれた。この奇跡に感謝する為に、やっぱり俺たちはツガイになる事にした。凛空との確固たる繋がりが欲しかったし、ツガイになった方が俺のフェロモンで凛空に安らぎを与えられる。


 また痛くしてごめんと謝る俺に、これ位で痛いとは言わないよと優しく微笑む凛空を見て、俺は複雑な気持ちになる。

 ツガイ契約の噛み痕の周りは、変色していて血も滲んでいる。
 それなのに、俺の強制発情フェロモンの影響が無くなった後でも、凛空はこの噛み痕の痛みが何でもないうちに入るなんて…。
 この三年間で凛空がいかに痛みに慣れさせられたのか。考えるとまた腸が煮えくり返ってくる。
 ダメだ。押さえろ。忘れろ。それが一番の復讐なのだから。

 俺は、俺の家族とこれから幸せに生きるんだ。アイツの事はさっぱりと忘れて。


 そうは言っても、哲也が残した爪痕は、俺たち夫婦の心の底に、深く残ってしまっている。でも、少なくとも蒼空の前では普通の夫婦に戻っていた。

 時々俺の後孔が疼くのだけが問題だが、そこはこっそりバイブで解消している。心が満たされれば、後孔が疼く頻度も減っていた。
 そう。だから何も問題ない。もし蒼空がお嫁に行っても、俺と凛空はこのまま二人だけで、仲良く生きていける。この穏やかな4年間で、俺は未来への確かな手応えを得る事が出来た。


 でも、蒼空が居てくれたのは本当に良かった。子は鎹というのは本当だった。
 凛空の記憶が戻っただけでない。日々明るい話題も提供してくれる。
 蒼空が正吾との思い出話を面白おかしく言って、それに対して凛空がぷんすかと反論するのが形式美だ。

 凛空の記憶が戻った後にギクシャクとした雰囲気にならなかったのは、蒼空がそこに居てくれていたからなのではないかと感謝している。

 だから、蒼空には申し訳ないと思いつつも、接近禁止命令が実はいつでも解除できるんだという事を、俺の口からは蒼空には伝えられなかった。


 理由は、愛息子が嫁に行ってしまうのが寂しいというのが一つ。
 そしてもう一つは、もう少し凛空の傍に居て貰って、凛空を癒して欲しいなと思ってしまったからだった。
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