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急変

112.正吾の決意

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 俺はタイミングを見計らっていた。蒼空を自由にしてあげるタイミングを。


 もしかしたらモールスが摘発されたこの機会なら、粛清を恐れず安全に蒼空を自由にしてあげることが出来るかもしれない。
 一先ずは、飼い主が逮捕されて解放された地下オメガが、安全に暮らしていけているかどうかの調査を探偵事務所に依頼した。


 蒼空を買った翌日、蒼空の服を買う為に外に出た時からずっと心の底に溜まっていた澱を、やっと吐き出せる日が来る。もう一度蒼空に蒼い空の下を歩かせてあげられるかもしれない。


 でもそれは今ではない。蒼空はまだ、愛する我が子を失った悲しみから立ち直っていない。
 もう少し、もう少し蒼空が元気になったら決断しよう。



 俺は既に覚悟を決めていた。



 テレビで地下オメガの飼い主逮捕のニュースを見るたびに蒼空は、俺が考えそうなことを薄々悟っているのか、

「お願いです。正吾さん。ずっと僕の傍に居てくださいね。
 僕はこのままでも充分幸せですから、お願いだから僕から離れないで下さいね。
 約束してくれますか?」

 と釘を刺してくれていた。


 俺も嘘は言えないので、いつも

「寿命もあるし、事故に遭ったり色々可能性はあるから約束は出来ないけど、出来る限り蒼空の傍には居させて貰いたいと思ってるよ。」

と返す事しかできなかった。


 また、俺が居なくなってしまうかもしれない不安からなのか、最近はいつにも増して、蒼空の身体に沢山痕をつけてとお願いされることが多くなっている。


 蒼空が不安なのはわかる。でも、いつまでもぬるま湯でまどろんでいたら、いつか二人とも溺れ死んでしまう。
 そうなる前に、最初は寒いかもしれないが勇気を出してぬるま湯から上がる事が大事なんだ。
 そして、ちゃんと服を着こんで準備して、堂々と外に出られる正常な状態になる事が必要なんだ。


 俺は蒼空を開放してあげたかった。蒼空には自分の人生を歩んで欲しいから。

 出来ればその時隣に居るのは俺でありたいが、そうでなくても構わない。まだ蒼空くんは若い。

 例えひな鳥が親鳥だけを覚えて今は一生懸命後をついてきてくれているとしても、一度大空に飛び立ったひな鳥が、また親鳥の元へ戻ってくる保障が無い事はちゃんと解っている。でもそれでいい。蒼空が幸せならそれでいい。



 蒼空の産後の体調もほぼほぼ元に戻り、夜も空正を想って泣きながら寝なくなった頃。
 五月のある五月晴れの空が綺麗な日の事。

 俺はこのタイミングで動くことを決めた。



 闇ローンの方は既に完済しており残債務は残ってはいないものの、一応自分も分割購入していた顧客に該当する。

 ただのサラリーマンである自分は、モールスや警察内の協力者に記録を抹消して貰えるほどの人間ではない。きっと自分の記録はまだモールスに残っていて、警察にも渡っているだろうと俺は踏んでいた。


 時期を逃していずれ逮捕されてしまうよりは自首したほうが罪が軽い。その方が早く刑期が明けて、より早く蒼空の元に戻れる。

 例え蒼空がその時自分の元に戻るという選択をしなかったとしても、自分の意思で蒼空を開放出来た事は、今後の自分の人生の充足感に繋がるだろう。

 これは独りよがりな正義感かもしれない。蒼空にしてみれば大きなお世話で、本当に蒼空が望んでいるのは俺が傍で蒼空を支えることかもしれない。

 でも、一度俺たちの間にある飼い主と地下奴隷という関係性をリセットしたかった。
 この関係性が無かったとしても、俺たちのツガイとしての愛が成立すると証明したかった。



 俺は蒼空にそうとバレない様に、いつも通りに会社に出勤するふりをして会社に向かった。
 いってきますのチュウは、いつもより少しだけ濃厚なものにした。でも、理性を総動員して、これで最後だと気が付かれない程度になんとか抑えた。
 昨夜蒼空に乞われていつもより沢山つけてしまった歯形が、襟元から見えている。俺はそれが愛おしくなって、するりと撫でてから家を出た。

 久しぶりに見上げた空が蒼い。


 会社に着いたらすぐに、今から自首するので即刻受理してくださいと上司と人事に頭を下げ、辞表を提出した。
 会社に迷惑が掛からない様に、前日付で退職扱いとしてもらった。

 会社に家宅捜査の手が及んで迷惑がかからない様にと、荷物も全て自宅に郵送した。周りにかける迷惑はこれで最小限だろう。
 もし週刊誌などに会社の名前が出てしまったら申し訳ないが、自首する時には俺はもうここの社員ではない。
 現役の社員が逮捕されるよりはダメージが少ないはずだ。


 俺は上司や部署の人間全員に誠心誠意頭を下げ、そのままその足で家の最寄りの警察署に行った。


 もちろん警察に着いたら、自宅に居る蒼空の保護を真っ先に依頼して。
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