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貧乏暇なし
57.鎖と信頼
しおりを挟む「これは蒼空くんだけじゃなくて私の命も懸かっている重大な事だから私も慎重にならざるを得ないんだ。
例えばだが、蒼空くんが具体的に何か行動したとかではなく、もしかしたら君が逃げ出そうという考えがあるんじゃないかと私が少しでも判断した時点で、強制的に君を地下室に連れ戻すし、今度は地下でも君を厳重に鎖で繋がせて貰うよ。
二十四時間三百六十五日ね。着替えもお風呂も私が監視する。
場合によっては、折檻やお仕置きも必要かもしれない。
二度とそういう気を起こさない様にね。
それでもいいのかい?」
普段は蒼空くんに見せないようなダークな顔で、敢えて折檻だなんて怖い単語を使った。
勿論俺は蒼空くんに暴力を振るうつもりはない。これは脅しだ。
同期の中でも出世頭の海千山千の商社マンは伊達じゃない。
課長という役職に就いたからには、時には悪役になって凄んでみる事も必要だ。怖い顔には定評がある。
「はい。絶対に正吾さんからの信頼を裏切ったりしません。
お約束します。
絶対に逃げようとしたり、わざと他の人に僕の存在を知られるような事はしません。」
蒼空くんは、それでも俺から目をそらすことはなく、真っすぐと見つめてきた。
綺麗だなと思う。こんな風にアルファの威圧フェロモンを当てられて、震えていても尚自分の意見を曲げないのは、美しいなと思う。
俺はそういう凛とした蒼空くんに惚れている。そして、蒼空くんともっと沢山の時間を共に過ごしたいと思っているのは俺も同じだったから、ついその誘惑に負けてしまった。
「解った。じゃあ、鎖で繋ぐのを条件に、私が在宅している時には上に来てくれていいよ。
さっきアルファのテリトリー云々言ったけど、別に交換条件で蒼空くんをどうこうしようとは思っていないから、安心して欲しい。」
俺は瞬時に威圧を解いて、蒼空くんに笑いかけた。
「はい。解っています。
正吾さんは、ただ僕の決意を試しただけですよね?
正吾さんがそういう人じゃないって、僕はちゃんと知っていますよ。」
その信頼が眩しい。
蒼空くんからお願いされた事を理由にして、自分の欲望を優先してしまったのが若干恥ずかしい。
でも、これでもう少し蒼空くんと一緒に居る時間が取れる。
俺が風呂に入っている時間と蒼空くんの隣でぐーすか寝ている時間を除くと、2日でたった3時間弱だけという短い対面時間は俺もさすがに寂しいと思っていた。
もっと蒼空くんを見ていたい。もっと蒼空くんと同じ空気を吸いたい。
普段俺が一人で過ごしている空間に、俺のテリトリーに鎖に繋がれた蒼空くんが…あぁ。なんて背徳的なんだろう。
鎖に繋ぐのは可哀そうだと思って、怖がらせてしまうと思って、蒼空くんを買った時は、俺の意思で敢えてそうしなかったのに。
仲良くなったら逆にその姿が見たいと思うなんて。悲しい男の性だな。
でも、蒼空くんから言い出した事だ。欲望に忠実になってしまったのは許してくれよ。今夜は妄想が捗りそうだ。
「アルファのテリトリーに入ってきたという事は、覚悟が出来ているんだろうな?」と蒼空くんを乱暴に夫婦のベッドに押し倒して、首輪に繋いだ鎖を引いたまま組み敷いて…いかんいかん。妄想は夜までとっておかなければ。
幸い、時差勤務の関係で朝寝坊したい日もあるかもと、家中のカーテンを遮光一級の分厚いカーテンにしていたから、外から人影が見える事も無いはずだ。
「商社勤務だから時差対応で睡眠時間もまちまちなので、夜に働いて昼間寝ている事もあるのですが、もし深夜にうるさかったらすみませんね」と今度会った時に近所の人に言っておけば、いつもカーテンを閉め切っていても不審には思われないだろう。
蒼空くん自身が逃げ出したいと思っていない限りは、蒼空くんを地上に上げる事にそんなにリスクはないはずだ。
そうと決まれば、さっそく今日から蒼空くんを地上に上げることにした。
お昼休みはあと残り五分だが、午後一からの会議は無いので、若干遅れても問題は無い。
そもそも最近は管理職になったせいか業務もそんなに多くないし、うちの会社はもともとフレックス制だから、部下に「悪い、ちょっと待ってくれ。」「打ち合わせの時間をずらしてくれ。」と言うだけで自分の都合で業務時間も調整できる。
こういう時、在宅勤務は便利だ。
「じゃあ、今鎖を持ってくるよ。
在宅勤務日は夜勤と会議の都合でその都度日にちを決めているから、次はいつになるか解らないし、早速今日から上に行こうか。
ちょっと準備をしてくるから、先に食器の片づけをお願いしてもいいかい?」
確か替えの鎖が段ボールの中に入っていたはずだと考えて立ち上がった時、蒼空くんの視線が部屋の奥の拘束台にかぶせてある布の方に向かったのを正吾は見逃さなかった。
なるほど。そこに鎖がある事は知っていたのか。
でもそこの鎖はダイナマイトでも使わない限り、その台座から取れる事はないから地上では使えない。
まぁ、使う予定が無いんだから、わざわざそんな事を蒼空くんに伝える必要もないか。
「はい。お任せください。」
鎖を取りに戻る主人を見送る蒼空くんの顔は、それは見事な笑顔だった。
とてもこれから首輪に鎖を付けられると解っている人の顔には見えない。
そこに、蒼空くんからの信頼が有る様な気がして、正吾は若干こそばゆくなった。
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