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相互理解

48.フェロモンムンムンアルファ(オメガ視点)

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 さっき使った食器や炊飯窯を僕が洗っていると、正吾さんが着替えを持って下りてきた。


「じゃあ、お風呂借りるね。」

 正吾さんはそう言って、印刷用紙で目張りしただけのガラス張りの脱衣所に入っていく。
 借りるも何も、もともとこの部屋のお風呂も正吾さんのものなんだけどな。


 さっき正吾さんがここでお風呂に入ると言っていたけど、あの話の流れでは断れなくて、ついOKしてしまった。

 いや別に、一緒に入るわけじゃないんだし、何もしないと言ってくれたし、断る必要はないはずなんだけど。だってガラス扉一枚隔てた所でアルファが裸でいるんだ。
 僕は無常に正吾さんを意識してしまっていて、正吾さんがここでお風呂に入ると考えただけでそわそわしてしまう。


 僕が先ほど一回お風呂に入っただけで、今朝正吾さんが張ってくれたコピー用紙は案の定少ししわくちゃになっていて、決定的に何かが見えるわけでは無いが、隙間から肌色が少し見えてしまっている。


 いけない。僕はなんて破廉恥な事を考えているんだろう。
 なんで本を選ぶふりをして、横目で脱衣所の方を見てしまっているんだろう。


 手持無沙汰で落ち着かない気分の僕は、とりあえず目についた本を広げて食卓に座ることにした。

 もし一人なら、何も気兼ねせずにベッドに寝っ転がって読んだだろうが、正吾さんがまだ地下に居るのにベッドに上がっているのは、なんとなく気恥ずかしい気がしたからだ。



 お風呂、やけに長くないか?
 それとも、僕が気にし過ぎか?

 さっきから目がページの上を空滑りするだけで、実際には一頁も読んでいない。

 とりあえず手はなぜかページを捲っている。
 別に読んでいないのに、手を動かしていないとそわそわと落ち着かない気がした。

 正確には、どこか体の一部を動かしていないと、わーっと叫んで転がり回りだしそうで、とてもじゃないけれど止まっていられないと言うべきか。


 やがて、ガチャっと脱衣所のドアを開けて、正吾さんが出てきた瞬間、ウッディムスクの香りのフェロモンが辺り一面に広がって、僕はつい反射で正吾さんの方を見てしまった。

 藍色のバスローブを腰下で緩く結んでいるだけで、惜しげなく見えてしまっている厚い胸板。腕捲りしている袖口から見える太い腕としっかりと筋肉がついているふくらはぎ。
 僕の様な猫っ毛ではない、毛質がしっかりとした濡れ髪。その前髪を、正吾さんは掻き上げていた。昼間とは異なるこの髪型も凄く似合っている。

 


 細身の僕とは全然違う、そのどしっとした貫禄と大人の色気に、僕は無意識に視線を奪われていた。

 いけない。つい本の隙間からガン見してしまった。


 だって、凄く素敵だ。
 大人の色気がむんむんだ。

 男ならその体躯に憧れない人は居ないだろう。
 僕だって、オメガでなければああいう風なカッコいい身体になりたかった。

 憧れの、大人の男。
 その彼のフェロモンは、いつにも増して、僕を優しく包み込んでくれている様に思う。

 この極上の見た目で、自分のすべてを肯定してくれて、欲しい言葉を惜しみなくくれて、尚且つやさしく包み込んでくれる、大人の男。
 その上、自分の為に汗水たらして必死に働いて尽くしてくれるときた。
 こんな人を好きにならないなんて、オメガじゃない。

 認めよう。あんな目に遭ったばかりなのに、僕はもうほんの少し正吾さんに好意を抱いてしまっている。ほんの少しだけだけど。

 でも単純に憧れて、素敵!抱いてっ!とその胸に飛び込むには、僕は世の中の闇を知り過ぎてしまった。

 僕はこの二週間で、純然たる暴力である性行為を、いやむしろ暴力でしかない性行為を余りに身近で見てしまったから、アルファに身体を預ける事に大きな恐怖がある。

 アルファの巨躯に対して、余りにも小さな母のそれ。
 それが、壊れた人形の様に引き回されて乱暴に扱われていた姿が、自分の顔に変換されて再生される。


 22歳にもなって、エロビデオの一つも見たことが無い位には、僕は両親に守られていた。
 だから僕が知っている性行為は、あの目の前で行われた純然たる暴力だけなんだ。

 その恐怖が強すぎて、僕は例え正吾さんの事を本当に好きになったとしても、身体を預けることは一生出来ないかもしれない。


 好きな人とドキドキしながら手を繋いで、次にチュッとさえずる様な触れるだけのキスをして、それから僕の全てをアルファの旦那様にお任せする。

 僕に触れるのは、一生で一人だけ。
 僕が、その容姿も人格も能力も愛して惚れ込んだ、たった一人のアルファだけ。

 そんなおとぎ話のような事を夢見ていたあの純粋だった頃には、僕はもう戻れない。

 正吾さんは、僕の手元にあった本を見て、何か話しかけてくれた気がしたけれど、僕は全く読んでいなかったので、しどろもどろになって何か答えた。と思う。

 気がつくと、正吾さんはそのまま僕におやすみとだけ言って、上の階に上がっていってしまった。本当に僕には何もせずに。
 まだ正吾さんの大人の色気に見とれて、夢心地でいる僕を残して。

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