上 下
44 / 49

第44話 獣人娘

しおりを挟む
 雑貨屋でこの世界独特の小物やアクセサリーを見て楽しんでいたら、急にミーファが店の外を歩いてた者たちに声を荒げた。

「そこの者! お待ちなさい!」

 何事かと思って外を見たら、甲冑を着た憲兵らしき者4名に前後を挟まれ、手枷を嵌められて手綱を引かれてしょんぼり連れられて行く者たちがいた。

「うん? 転生者の嬢ちゃんか……俺たちに何か用か? エルフ様とは珍しいな……」

「その者らは、なぜそのように手枷を嵌められ、罪人のように引かれているのですか」
「その口ぶりじゃ、あんた生前は上位貴族か?」

「これは失礼しました……転生前の事は関係ないのでしたね。それで、その者たちは? 見たところ転生者のようですが?」

「『罪人のように』ではなくて、こいつらは『罪人』なんだよ。この町の中で、犯罪を犯した者たちだ。当然転生者も、この世界の法で裁くことになる」

 見れば俺たちが町に入った時に着ていた、貫頭衣の支給品を着た可愛い獣人の女の娘がいた。
 鎖の付いた木製の手枷で覆って隠しているが、胸が見えそうになっていて、可哀想だな……。

「八雲君、あれって犬耳だよね? 尻尾も本物かな?」
「多分獣人とかいうヤツだろうね。犬族かな? 可愛い娘だけど……なにやったんだろうね?」

 その獣人の女の子はショートボブぐらいの銀髪をしていて、頭の上に白い耳がピコピコ動いていた。
 尻尾も真っ白な毛の長い尻尾をしているが、元気なく項垂れている。

 まぁ、あれで尻尾を立てて振っちゃうと、町に入ってすぐの人ならおそらくノーパンだろうから、お尻見えちゃうけどね。

 その獣人の娘は俺たちの会話が聞こえたのか、こっちを見て泣きそうな顔で訴えてきた。

「私は何も盗ってません! そこの男に罪を被せられたのです!」
「何言ってるんだ、仲間の癖に裏切るのか?」

 うん? この男、生理的に受け付けない……目つきが嫌い、顔つきが嫌い、声が嫌い……他にもいろいろあるが、本能的に俺の心と体が拒んでいる。

 隊長さんの補足では、この目つきが悪い嫌な感じの男と共謀して、武器屋から窃盗したらしい。
 他の3人も単独で何か盗もうとして現行犯でその場で捕まったそうだ。

「ヤクモ! わたくしはあの娘は何もやっていないと思います! 助けてあげてください!」
「エエッ!? ミーファはなんで俺が助けられると思ってるわけ!? 俺、普通の人だよ?」

「ヤクモが普通の人な訳ないじゃないですか! アリア様の使徒様だとわたくしは考えておりますのよ」

 このお姫様何言ってるの? 頭の中にお花畑でもできちゃったのかな?

「八雲君、何か良い案は無いの?」

 ちーちゃんまで期待を込めた目で訴えかけてくる。


「悪いが俺たちも勤務中でな、行かせてもらうぞ」

 憲兵のリーダーっぽい人がそう言いだしたのだが、俺もこの可愛いわんちゃんが嘘を言ってる風には感じない。

「ちょっと待って! その娘は何もやってないって言ってるけど、罪は確定しているの? それともこれから取り調べをして牢屋に入れるの?」

「お前らに話す義理も義務もないんだが……まぁ、良いだろう。転生者にはできるだけ協力しろってのがこの世界のルールだからな。こいつらの刑はもう確定済みだ。これから転移陣を使って、3つ先の町に送って犯罪奴隷として罪を償う事になる」

 普通はレベル制限で入れないって聞いていたが……適正レベル以外でも町に入れる条件が有るのかな?

「この世界の処罰はどういうモノですか? 俺たち今日ここに来たばかりで、何も知らなくて……」
「そうか、なら早めに教えてやろう。この世界の刑罰は、転生者が言うには他の異世界と比べたら結構きついそうだからな。例えばここに罪人が5人いるが、全員窃盗の罪だ。100万ジェニー以上の窃盗は結構重罪でな。男の方は重労働の工夫が一般的だな。女の方は娼館が多いかな。特に、この獣人のような可愛い娘は、娼館で反則金を稼ぐまでは娼婦として酷使されるだろうな。あまり客の付かないような女子は、男子と同じきつい工夫行きだな」

 隊長はもう1人いる女の娘を見ながらそう言ったが……娼婦? この可愛いわんちゃんが?
 隊長の話では、高額品の窃盗はその店の責任者の命を奪うような行為に等しいから重罪だというのだ。確かに、窃盗に合っても、俺たちの世界のように盗難保険の加入などない。奪われたら丸々損失が出る。

 店全てが国営ではないようで、許可を得て家族だけでやっている小さな個人経営も有るのだそうだ。
 窃盗の場合、盗んだ金額の3倍を稼ぐまでが刑期だそうだ。

 獣人の娘たちが盗んだとされる品はミスルルナイフ3本、200万ジェニー相当額だそうだ。彼女たちには600万分の刑期が課せられたようだ。2人で半分にしても300万ジェニーになる。

 犯罪奴隷の娼婦として売りに出されて、早くて半年、客が付かなければ3年は体を売る事になると隊長が言っている。

『♪ マスター、その娘は本人が言うように冤罪ですね。町に入るなり、そこの仲間だと言い張っている男にパーティーに誘われたのですが、すげなく断ったのです。お金がもう無くなっていたそこの男は、武器屋からミスリルのナイフをこっそり3本持ち出し、次の町で売ろうと目論んでいたのですが、その場で店主に見つかり憲兵に追われていたのです。逃げてる最中に偶々その娘が居たので、捕まる前に盗んだナイフを断られた腹いせにその娘に押し付けたのです。そこに憲兵が来て、その男が仲間だと言い張るモノですから、仲間扱いされ捕縛されたというのが経緯ですね』

 完全に冤罪だな……しかもこの男によって罪を被されたのだ。

「この娘は冤罪だ……審議をやり直さないとダメだ」
「冤罪? だが、実際その娘は盗まれたナイフを所持していた。物的証拠があって、当の実行犯が仲間だと言ってるんだ。審議の必要はない」

『♪ マスター、審問官がこの町にも居ます。有料ですが、再審請求ができます。審問官の言質は神の祝福を得ている事もあって100%虚偽は無いというのがこの世界のルールです。再審請求をされてはどうですか?』

「その娘の、再審請求をする! 審問に掛けてくれ!」
「この娘はお金を所持していなかった。魔石を少量持っていた程度だから無理だな。審問官の再審請求には10万ジェニー必要だ。お前が払うなら、その手続きをしてやっても良いがな……」

『♪ マスター! 不本意ですが、その隊長に1万ジェニー握らせてください。それで話がスムーズに進みます』

『1万ジェニーは持っているが、10万ジェニーなんて持ってないぞ?』
『♪ ミーファには悪いのですが、さっき買った剣を手放しましょう』

「ミーファ、この娘は冤罪だと神が言っている……俺は助けたいと思っているけど、そうするにはさっき買った剣を売ってお金を作る必要がある。そこまでしてやる義理は無いんだけど……」

「はい! どうぞこれを! ヤクモ、この娘を助けてあげてくださいまし!」

 ミーファは迷いなく剣を差し出してきた。やっぱ、ナビーが言うようにミーファはとても良い娘なんだろうな。
 俺は隊長になけなしの1万ジェニーをそっと握らせる。

「隊長さん、手間を掛けて悪いね……今、手持ちがこれしか無いんだ。武器を売って10万ジェニー用意するから、少しだけ待っていてもらえないか? これは迷惑賃として納めてほしい」

 渡した手を開いて、少し嬉しそうな顔をしてこう言った。

「お前、若いのに世渡りが上手いな……俺もその娘が冤罪なら寝覚めが悪い。金をお前が工面してくれるなら、審問に掛けてやろう……」

「隊長さん、ありがとう」

 隊長は頷き、仲間の憲兵たちに向かって一声かけた……。

「皆、この金で晩飯を奢ってやる、しばし待てるな?」


 この隊長さんも悪い奴ではないな……物的証拠があり、実行犯が仲間だと言ったなら、『無罪です』と言っても、仲間だと思っている者の言葉をそう簡単に信じないだろう。

 お金を独占しないで皆に奢るあたりも好感が持てる。


「あの! ありがとうございます! お金は必ずお返しします!」
「待てよ! 俺が仲間だと言ってるのに、なに勝手に話を進めてるんだよ!」

 審問官に掛けられるとこいつは嘘がバレるので、急に慌てだした。この娘が共犯になるなら、返済金を半分持たせられ刑期が半分で済むからだ。

「ヤクモ、この娘は間違いなく冤罪なんだよね?」
「ああ、何せナビーが事の経緯まで話してくれたからな」

 ミーファは男の下に行くと、射殺すような冷たい目を向け冷え切った声でこう言い放った。

「そなた……もし嘘だったら、わたくし許しませんことよ!」

 ミーファ怖いよ! 美しいだけに、怖さ三倍マシです!

 さっき買った武器屋に事のあらましを説明したら、18万ジェニーで買い戻してくれた。たった数時間で2万ジェニー下がったと思ったが、店主の言い訳を聞いて納得した。

 俺たちは纏め買いをしたので、かなり安く値引いてくれていたのだ。
 その中の1番高価な物が返品されるとなったら、サービスした分赤字になるのだ。

 *  *  *

 審問官の結果なのだが……当然無罪だ。

 結果が出た時点で、ミーファは男を殴り倒した。

「エルフの嬢ちゃん! ストップ! 気持ちは分かるがそれ以上やったら、今度は嬢ちゃんを捕らえないといけなくなる!」

 傷害の現行犯ですものね! 隊長は、さっきの1発は見逃すと言ってくれているのだ。

 ちーちゃんと2人がかりでミーファを抑えて引き離した。

「ミーファ! 幾ら罪人でも、手枷を嵌めた抵抗できない人間を殴るのは感心しないぞ!」
「そうですわね……ごめんなさい」


 犬耳娘が手枷を外してもらい解放され、嬉しそうに俺たちの下に尻尾をフリフリ駆けよってきた。

 か、可愛い……尻尾モフモフしたい。

「ご主人様! 助けてくれてありがとうございます!」

 へっ? 今、この娘なんて言った?


 ちーちゃんも、ミーファも当然俺と同じように、『エッ?』って顔をしている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

元厨二病な俺、異世界に召喚される!

回復師
ファンタジー
 28歳独身営業マンの俺は、社畜のように働かされ最近お疲れ気味。唯一の楽しみが休日に仲間とやるMMOなのだが、そのゲーム中に寝落ちをしてしまったようだ。耳元でする声に、仲間がボイスチャットでお怒りか?と思いながら目覚めると、知らない部屋のベッドの上だった。どうも、幼女な女神たちに異世界に召喚されてしまったらしい―――よくよく話を聞けば、その女神たちは俺が厨二病を患った中学時代に授業中に書いていたノートの設定世界から誕生したのだという。この世界を創った俺が創造神になるのが当然だと呼び出したみたいなのだが……何やら裏事情も有りそうだ。元厨二病だった頃の発想で、主人公が現代知識を取り入れて無双していくお話です。  

異世界無知な私が転生~目指すはスローライフ~

丹葉 菟ニ
ファンタジー
倉山美穂 39歳10ヶ月 働けるうちにあったか猫をタップリ着込んで、働いて稼いで老後は ゆっくりスローライフだと夢見るおばさん。 いつもと変わらない日常、隣のブリっ子後輩を適当にあしらいながらも仕事しろと注意してたら突然地震! 悲鳴と逃げ惑う人達の中で咄嗟に 机の下で丸くなる。 対処としては間違って無かった筈なのにぜか飛ばされる感覚に襲われたら静かになってた。 ・・・顔は綺麗だけど。なんかやだ、面倒臭い奴 出てきた。 もう少しマシな奴いませんかね? あっ、出てきた。 男前ですね・・・落ち着いてください。 あっ、やっぱり神様なのね。 転生に当たって便利能力くれるならそれでお願いします。 ノベラを知らないおばさんが 異世界に行くお話です。 不定期更新 誤字脱字 理解不能 読みにくい 等あるかと思いますが、お付き合いして下さる方大歓迎です。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

処理中です...