高速バス

つぶ焼き

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隣の男

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「相澤…?」
運転手は少し考えて、眉間にシワを寄せた。
「ええ、身長は150cmで、肩くらいまでの茶髪なんですけど。」
「うーん…、ちょっとわかりませんね。どうかしましたか。」
困った様に運転手は言う。腹立たしい。
「いえね、ちょうど一年前なんですけど、大きなニュースあったじゃないですか。」
少しも苛立ちを見せず、俺はつとめて世間話のように話し続ける。なかなか席に戻らない俺に運転手は少し嫌そうな雰囲気だ。一番前に座っている男が身じろぐ。
「…お客さん、他の方の迷惑にもなりますからね。何の話ですか。」

「自分の会社の事故、忘れちゃったんですか?」

 あくまで冷静に、にこやかに。そうだ、これは世間話なんだ。ありふれた話題で、よくある話。みんな一時は知らないヤツが非常識なんてツラで話題にするくせに、数ヶ月ですっかり忘れる。ああ、本当に、本当に腹立たしい。

「ああ、そんな、忘れる訳はありませんよ。被害者の女性の方でしたね。」
思い出した。少しバツが悪そうに、しかしそれがどうした、という考えが滲む運転手を見て、眉間に寄るシワを抑える。運転手は前を見つめている。
「…このバス、次はどこで休憩ですか。」
「次は郷壇パーキングエリアの予定ですよ。もうすぐですから、それまでお座り下さい。」
「そうですか。…安全運転、お願いします。」
「ええ、もちろんです。」

 自席に戻って大きく深呼吸する。あるいはため息だったのかもしれない。静かな車内に響く誰かの寝息を感じながら目を閉じた。


「相澤さんですか。」

 隣はもう空席のはずだった。唐突にかけられた声にハッと目を見開いた。おっさんが座っていた隣に目を向けると、Yシャツを腕まくりした細身の男が足を組んで座っている。暗がりでよく見えないが、少し目のクマが気になる程度で、おかしな所は見つからない、どこにでもいそうな男だった。しかし記憶を辿っても自分の知り合いにはいない。
 いつの間に隣にいたのだろうか。この男が物音を立てず行動するのが得意なのか、自分が気付かず少し眠ったのか。いや、そもそもなぜこの男はわざわざ席を移動して自分の隣に座ったのか。腕時計をチラリと見ると、まだ郷壇パーキングエリアには着いていないはずの時間。新しく乗客が増えた訳ではないはずだ。
「相澤さん、ですよね。」
男はもう一度、俺に尋ねてきた。
「…そうだが、あんたは誰だよ。」

「私は芥、と申します。」
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