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第一章
悪夢
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夢を見た。
見た事もない男女が4人。彼らは人ならざる姿をしていた。
一人は、まるで神様のようなたっぷりとした白い着物を纏い、神々しいほどの光を纏う男。
一人は、十二単のような着物を着崩して琵琶を抱き、浅黒い肌をして尖った耳と額に角を持つ女性。
一人は、十二単を纏う女性によく似た、しかし比較的大人しそうできちんと着物を着た日本古来のお姫様と言う印象を受ける若い女性。
一人は、頭に大きな耳を持ち、二尾の尻尾を持った平安装束を着て烏帽子を被る武士のような男性。
彼らが何を話しているのかは分からないが、4人の雰囲気はとても穏やかな状況ではない事は分かる。何かを言い争い、今にも殺し合いが始まりそうなそんな雰囲気を醸していた。
神々しい光を纏う男に、二尾の尾を持った男が感情に任せて掴みかかると、乱暴に振り払われる。そして光の男は傍にいた若い女性を掻き抱き、その場から消え去った。
残された十二単の女性と二尾の尾を持つ男は悔しげに顔を歪ませ、光を纏う男の立ち去った方を睨んでいると不意に足元が大きく崩れ、ぽっかりと空いた大きな穴に吸い込まれるように落ちて行く……。
天に向かって手を差し伸べ、二尾の尾を持つ男が叫ぶ。
『帝釈天! 必ずお前から紗詩を奪い返す!』
それまでの会話は何一つ聞こえなかったのだが、その言葉だけはハッキリと聞き取ることが出来た。
穴に落ちて行った男の憎悪は真っ黒い怨念となって沸き上がり、ゾクッと背筋を寒くさせる。
その怨念はゆっくりと地上に溢れ出そうとしていた。しかし、大きく口を開いていたはずの地面はまるで自分の意思を持っているかのように大きな音を立て、まるで何事もなかったかのように穴を塞いでしまった。
――この恨み、晴らずにおくものか……。地の果てまでも追いつめて、末代まで呪ってやる……。
地を這うような憎悪に溢れたそのくぐもった声が、先ほどよりもハッキリと耳元で囁かれる。
「きゃああぁあぁぁあぁ――っ!!」
劈くような悲鳴を上げて、冴歌はベッドから飛び起きた。
額から汗が流れ落ちる。肩で荒い息を吐き、恐怖からドクドクと忙しなく鳴り響く鼓動を聞きながら、ここがどこなのかと視線を巡らせる。
見慣れた風景が広がる中、自分が夢から覚めたのだと自覚すると次第に冷静さを取り戻していった。
「……ゆ、夢……」
あまりにリアルで、囁かれたあの恨みの籠った言葉はまるで自分に言われているような、そんな感じがした。
静かな部屋の中に、カチカチと時を刻む時計の音鳴り響く。何気なく、ベッド脇の目覚まし時計を見れば、時刻は夜中の2時を指していた。
風で揺れる木々の音と、月明かりが締め切った窓から流れ込んできていた。
冴歌は深いため息を吐き、顔を俯けて目を閉じた。
生々しくもリアルな夢だった。こんなに怖い夢を見るのは、子供の頃以来だ……。
「一体あれは何だったの? 夢にしては随分リアルな夢だった……。それに、耳に残るあの声……」
その声を思い出すだけでゾッとして、思わず体を抱きしめた。
あんなにも誰かを憎む言葉が恐ろしいと感じたのは初めてかもしれない。心の底から誰かを憎いと思った時、人はあれほどまでに恐ろしい生き物になると言うのだろうか……?
その時、部屋のドアがトントンとノックされ、冴歌はビクッと体を跳ね上げて部屋の入り口に視線を向ける。
『冴歌? どうしたの? 大丈夫?』
ドアの向こうから掛けられた声が彩菜であると分かると、途端に体から力が抜けて行く。
「う、うん。大丈夫。ごめんなさい、夜中に大きな声出して……」
『そう。大丈夫ならいいのだけど……。じゃあ、お休み』
彩菜はそう言うと自室へと戻っていった。
冴歌は大きく息を吐くとゆっくりベッドに横になるものの、心臓がバクバクと早鐘のように打ち続けていて眠れそうにない。
あの夢は一体何だったのだろう? 今まで一度だってこんな夢を見たことはなかった。
確かに子供の時は怖い夢など何度も見ていたが、こんな、相手の気持ちが肌にまで感じられるほど伝わるほどの夢は見たことがない。
昨晩聞いた頼子や信明の話のせい? それとも、明日昇ると言われるスーパーブルーブラッドムーンの影響?
完全に彼らの言葉に左右されてしまっている自分が情けなくも思えるが、無意識にも夢に見るほど動揺しているのは確かだった。
冴歌はぎゅっと目を閉じ、毛布を頭からかぶってみたものの、結局それからあまり眠れずに朝を迎えた。
「おはよう……」
「おはよう。おや、冴歌。凄いクマが出来てるぞ。大丈夫か?」
早朝5時。いつもこの時間に起きて二階から降りてきた冴歌の酷い顔に、和室で信明が袴に着替えながら驚いた顔をして声をかけてきた。
「ちょっと変な夢見て、その後何となく眠れないまま朝になっちゃって……」
「そうか……」
心配そうに見つめる信明をよそに、冴歌はぐったりとやつれた顔をした冴歌はのろのろと顔を洗って歯を磨き、制服に着替えるためにもう一度自室へと戻っていった。
ブレザーの制服に着替え、ドレッサーの前に座って鏡を覗き込むと、何と酷い顔をしている事だろう。髪も乱れて、信明の言う通り目の下にクマが出来ていて、明らかに寝不足だと言わん顔だ。
「怖い夢を見て寝不足だなんて、子供みたいだわ……」
長いため息を吐きながら、ブラシに手を伸ばし髪を梳かす。
鏡を見つめたまま丁寧に髪を梳かしていると、ふと鏡の中の自分の肩に黒い指のような影がゆっくりと伸びて来る。
「っ!?」
冴歌が驚いて体を震わせ、手にしていたブラシを取り落として咄嗟に自分の肩に視線を向けた。しかし、黒い指はどこにもなく背後にも足元にも何もない。
恐怖に駆られた冴歌は急いで髪を結び、鞄と掴むと大急ぎで部屋を飛び出した。
見た事もない男女が4人。彼らは人ならざる姿をしていた。
一人は、まるで神様のようなたっぷりとした白い着物を纏い、神々しいほどの光を纏う男。
一人は、十二単のような着物を着崩して琵琶を抱き、浅黒い肌をして尖った耳と額に角を持つ女性。
一人は、十二単を纏う女性によく似た、しかし比較的大人しそうできちんと着物を着た日本古来のお姫様と言う印象を受ける若い女性。
一人は、頭に大きな耳を持ち、二尾の尻尾を持った平安装束を着て烏帽子を被る武士のような男性。
彼らが何を話しているのかは分からないが、4人の雰囲気はとても穏やかな状況ではない事は分かる。何かを言い争い、今にも殺し合いが始まりそうなそんな雰囲気を醸していた。
神々しい光を纏う男に、二尾の尾を持った男が感情に任せて掴みかかると、乱暴に振り払われる。そして光の男は傍にいた若い女性を掻き抱き、その場から消え去った。
残された十二単の女性と二尾の尾を持つ男は悔しげに顔を歪ませ、光を纏う男の立ち去った方を睨んでいると不意に足元が大きく崩れ、ぽっかりと空いた大きな穴に吸い込まれるように落ちて行く……。
天に向かって手を差し伸べ、二尾の尾を持つ男が叫ぶ。
『帝釈天! 必ずお前から紗詩を奪い返す!』
それまでの会話は何一つ聞こえなかったのだが、その言葉だけはハッキリと聞き取ることが出来た。
穴に落ちて行った男の憎悪は真っ黒い怨念となって沸き上がり、ゾクッと背筋を寒くさせる。
その怨念はゆっくりと地上に溢れ出そうとしていた。しかし、大きく口を開いていたはずの地面はまるで自分の意思を持っているかのように大きな音を立て、まるで何事もなかったかのように穴を塞いでしまった。
――この恨み、晴らずにおくものか……。地の果てまでも追いつめて、末代まで呪ってやる……。
地を這うような憎悪に溢れたそのくぐもった声が、先ほどよりもハッキリと耳元で囁かれる。
「きゃああぁあぁぁあぁ――っ!!」
劈くような悲鳴を上げて、冴歌はベッドから飛び起きた。
額から汗が流れ落ちる。肩で荒い息を吐き、恐怖からドクドクと忙しなく鳴り響く鼓動を聞きながら、ここがどこなのかと視線を巡らせる。
見慣れた風景が広がる中、自分が夢から覚めたのだと自覚すると次第に冷静さを取り戻していった。
「……ゆ、夢……」
あまりにリアルで、囁かれたあの恨みの籠った言葉はまるで自分に言われているような、そんな感じがした。
静かな部屋の中に、カチカチと時を刻む時計の音鳴り響く。何気なく、ベッド脇の目覚まし時計を見れば、時刻は夜中の2時を指していた。
風で揺れる木々の音と、月明かりが締め切った窓から流れ込んできていた。
冴歌は深いため息を吐き、顔を俯けて目を閉じた。
生々しくもリアルな夢だった。こんなに怖い夢を見るのは、子供の頃以来だ……。
「一体あれは何だったの? 夢にしては随分リアルな夢だった……。それに、耳に残るあの声……」
その声を思い出すだけでゾッとして、思わず体を抱きしめた。
あんなにも誰かを憎む言葉が恐ろしいと感じたのは初めてかもしれない。心の底から誰かを憎いと思った時、人はあれほどまでに恐ろしい生き物になると言うのだろうか……?
その時、部屋のドアがトントンとノックされ、冴歌はビクッと体を跳ね上げて部屋の入り口に視線を向ける。
『冴歌? どうしたの? 大丈夫?』
ドアの向こうから掛けられた声が彩菜であると分かると、途端に体から力が抜けて行く。
「う、うん。大丈夫。ごめんなさい、夜中に大きな声出して……」
『そう。大丈夫ならいいのだけど……。じゃあ、お休み』
彩菜はそう言うと自室へと戻っていった。
冴歌は大きく息を吐くとゆっくりベッドに横になるものの、心臓がバクバクと早鐘のように打ち続けていて眠れそうにない。
あの夢は一体何だったのだろう? 今まで一度だってこんな夢を見たことはなかった。
確かに子供の時は怖い夢など何度も見ていたが、こんな、相手の気持ちが肌にまで感じられるほど伝わるほどの夢は見たことがない。
昨晩聞いた頼子や信明の話のせい? それとも、明日昇ると言われるスーパーブルーブラッドムーンの影響?
完全に彼らの言葉に左右されてしまっている自分が情けなくも思えるが、無意識にも夢に見るほど動揺しているのは確かだった。
冴歌はぎゅっと目を閉じ、毛布を頭からかぶってみたものの、結局それからあまり眠れずに朝を迎えた。
「おはよう……」
「おはよう。おや、冴歌。凄いクマが出来てるぞ。大丈夫か?」
早朝5時。いつもこの時間に起きて二階から降りてきた冴歌の酷い顔に、和室で信明が袴に着替えながら驚いた顔をして声をかけてきた。
「ちょっと変な夢見て、その後何となく眠れないまま朝になっちゃって……」
「そうか……」
心配そうに見つめる信明をよそに、冴歌はぐったりとやつれた顔をした冴歌はのろのろと顔を洗って歯を磨き、制服に着替えるためにもう一度自室へと戻っていった。
ブレザーの制服に着替え、ドレッサーの前に座って鏡を覗き込むと、何と酷い顔をしている事だろう。髪も乱れて、信明の言う通り目の下にクマが出来ていて、明らかに寝不足だと言わん顔だ。
「怖い夢を見て寝不足だなんて、子供みたいだわ……」
長いため息を吐きながら、ブラシに手を伸ばし髪を梳かす。
鏡を見つめたまま丁寧に髪を梳かしていると、ふと鏡の中の自分の肩に黒い指のような影がゆっくりと伸びて来る。
「っ!?」
冴歌が驚いて体を震わせ、手にしていたブラシを取り落として咄嗟に自分の肩に視線を向けた。しかし、黒い指はどこにもなく背後にも足元にも何もない。
恐怖に駆られた冴歌は急いで髪を結び、鞄と掴むと大急ぎで部屋を飛び出した。
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