上 下
15 / 19

15.巻き戻り2日目-1

しおりを挟む
 ◇◇◇


「お腹に……え……?」

 混乱するわたしをよそに、明日香は白黒の薄い紙を取り出した。

「……これ、証拠。お腹の赤ちゃんのエコー写真」

 そこには横向きの人影らしきものがはっきりと写っていた。腕を曲げていることすらわかる。6ヶ月でもう人の形をしているんだ、とわたしはどこか冷静に思った。

 ぽたり、と水滴がテーブルに落ちた。

「……この間、分かったの。妊娠してるって。もう気づいた時には堕ろせない週数で……」

 顔を上げると、明日香の瞳からみるみるうちに涙があふれ、智樹はその背中をさすり続ける。わたしはただ、ふたりを遠い風景のようにぼんやりと見つめるだけだった。

 短い嗚咽が響き、刻々と時間だけが過ぎる。わたしを責めるように睨む智樹の沈黙が、重くのしかかってきていた。

 わたしがうなずけば、ふたりは笑ってくれるだろうか。

 そんな思いが胸をかすめる。

 ……うん、いいじゃないか。ふたりはお似合いだ。智樹も明日香も、わたしの大切な人に変わりない。ふたりならきっと支え合って、わたしなんかより智樹は幸せになるに違いない。

 諦めにも似た、しかしあたたかな気持ちで身を引く言葉を口にしかけた。

「……だから、別れて。お願い。この子の父親を取らないで」

 涙ながらに訴えてきた明日香の言葉に、わたしは頭が真っ白になった。

 取らないで? どういうこと? あとからきて略奪しようとしているのはあなたでしょ?
 理解できない。あれ? 明日香ってこんな子だった? わたしの知ってる明日香はどこ?
 なんで智樹は何も言わないの? わたしたち、まだ付き合ってるよね?

 大量の疑問符が浮かび、徐々に目の前が真っ赤になっていく。
 その中で、白黒のエコー写真だけは鮮明にその色を保っている。

 こんな紙ぺら一枚で何の証明になるの? そもそもこれが明日香のお腹の子だって証拠は? 他人の写真を盗っただけかもしれない。
 ……そうだ、きっとそう。明日香は智樹と一緒に、わたしを騙そうとしている。

 赤く染まった世界が、またゆっくりと元に戻り始めた。
 その安心感からか声を上げて笑う。こんな見えすいた嘘に引っかかりかけたわたしを、ふたりは笑ってくれるかもしれない。

 しかし予想に反して、ふたりは戸惑うように椅子ごとあとずさった。

「カナ……?」
「もうお芝居はいいって、ドッキリでしょ?」

 わたしの言葉にふたりはくちごもる。

「……カナ、その、」
「いいのいいの、分かってるから。明日香はそんなことする子じゃないし、智樹だって婚約してるのに浮気なんてする人じゃないって分かってるから」

 はやくネタバラシをしてほしい、そんな思いから早口になる。

 お願い、お願いだから。

「カナ、全部本当だよ。俺と明日香は愛し合ってる。だから別れてくれ。カナのことを最後の最後で嫌いになりたくないんだ」

 わたしの願いを打ち砕くように、智樹は優しい声色で言う。

 嫌いになりたくない、でも別れる。

 それは果てしなく残酷な響きで、世界は再び完全に真っ赤に染まった。


 ◇◇◇
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

婚約破棄ですか?それは死ぬ覚悟あっての話ですか?

R.K.
恋愛
 結婚式まで数日という日──  それは、突然に起こった。 「婚約を破棄する」  急にそんなことを言われても困る。  そういった意味を込めて私は、 「それは、死ぬ覚悟があってのことなのかしら?」  相手を試すようにそう言った。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆  この作品は登場人物の名前は出てきません。  短編の中の短編です。

転生した乙女ゲームの悪役令嬢の様子がおかしい!

公爵 麗子
恋愛
転生して、見事にヒロインになることができたミア。 平民でありながら魔力適性を持っていて、途中で貴族に引き取られ令嬢として生きてきた。 悪役令嬢のエリザベート様に目をつけられないように、学園入学まで鍛えてきましたの。 実際に学園に入学して見ると、悪役令嬢の様子がおかしい…?

皇太子殿下の御心のままに~悪役は誰なのか~

桜木弥生
恋愛
「この場にいる皆に証人となって欲しい。私、ウルグスタ皇太子、アーサー・ウルグスタは、レスガンティ公爵令嬢、ロベリア・レスガンティに婚約者の座を降りて貰おうと思う」 ウルグスタ皇国の立太子式典の最中、皇太子になったアーサーは婚約者のロベリアへの急な婚約破棄宣言? ◆本編◆ 婚約破棄を回避しようとしたけれど物語の強制力に巻き込まれた公爵令嬢ロベリア。 物語の通りに進めようとして画策したヒロインエリー。 そして攻略者達の後日談の三部作です。 ◆番外編◆ 番外編を随時更新しています。 全てタイトルの人物が主役となっています。 ありがちな設定なので、もしかしたら同じようなお話があるかもしれません。もし似たような作品があったら大変申し訳ありません。 なろう様にも掲載中です。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

処理中です...