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9.巻き戻り1日目-8
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海斗の部屋は503号室、いわゆる角部屋だった。玄関から伸びる廊下は狭く、奥に大体6畳ほどのタタミの部屋が一部屋あるだけだ。昔ながらの漆喰壁で、ざらざらとした手触りに思わず手を引っ込める。洗面所とおぼしきドアは立て付けが悪いのか若干斜めに見えた。
「適当にそのへんに座ってて」
奥に案内した海斗は、座布団を用意したりエアコンをつけたりとテキパキと動いている。飲み物はいるかと聞かれたが、断った。
わたしは言われるがままに座り、あたりを見回した。
こざっぱりとした部屋だ。物もテレビやちゃぶ台などの最小限、襖の向こうは収納だろうか。
南向きの窓からは本来なら日が差してるはずだろうが、真正面のビルに阻まれ一筋二筋ほどしか日の光は入ってこない。外観や内部の様子からして、築何十年も経過してそうだ。
「あの」
「なに?」
タオルを持ってきた海斗は、わたしの方に放り投げながら返事を返した。これで汗を拭けということらしい。たしかに、髪が首にピッタリとくっついている。思えば居酒屋からここまで歩けない距離ではないが結構距離があった。
汗を拭うと、わたしはずっと聞きたかったことを口にした。
「わたしが施設職員だって、よく覚えてましたね。趣味じゃないのに」
「あー……ババアがよく職員さんの話するからな。あの人は手先が器用だ、とかあの人はちょっと雑でいかん、とか」
ぽりぽりと頭をかく海斗。わたしの嫌味は通じなかったらしい。予想外にも真面目に答えた彼に苦笑しつつも、わたしは聞いた。
「キヌさんが? わたしのことも?」
「ああ、いつも丁寧な対応でいいってよ。嫁にするならあんな子がいいねとか言われた。あ、ババアの冗談だから、本気にすんなよ?」
「……当たり前です」
笑う海斗から視線をそらした。
とはいえ、利用者からそう思われていることは嬉しい。気取られないよう、むずかしい顔を作って不機嫌なフリをする。
その後も他愛のない話をぽつぽつとした。海斗はやはり年下で、20歳の建設作業員だという。通りで日焼けしているはずだ。ガタイがいいのも納得できる。
「じゃあ俺の方が敬語使わないとっすね」と敬語になってない敬語を使い出したのでやんわりと止めておいた。ここまできて急に敬語を使われるのも変な話だ。
「……で、なんで家に帰りたくないんだ?」
ひとしきり話したところで、海斗は切り出した。多分、彼が一番聞きたかったことだろう。
わたしは視線をふせた。
「……あまり聞いても楽しい話ではない、と思います」
「別に千秋サン、俺に聞かれたからって話さなきゃいけないわけじゃないぞ。俺は聞きたいから聞いただけ。千秋サンも言いたくなきゃ言わなきゃいいだけだ」
「……」
「違うか?」
海斗は首をこきり、と鳴らした。
彼の言う通り、話すも話さないもわたしの自由だ。介護士と利用者家族という立場もある。
ただ助けてくれた恩と、まっすぐにぶつかってくる彼にどこか報いたい、聞いてほしい気持ちもまた、ある。
しかし、どう話したらいいものか……。
「……わかりました。海斗さんは未来視って信じますか?」
しばらく考えたのち、わたしはこう切り出した。
「適当にそのへんに座ってて」
奥に案内した海斗は、座布団を用意したりエアコンをつけたりとテキパキと動いている。飲み物はいるかと聞かれたが、断った。
わたしは言われるがままに座り、あたりを見回した。
こざっぱりとした部屋だ。物もテレビやちゃぶ台などの最小限、襖の向こうは収納だろうか。
南向きの窓からは本来なら日が差してるはずだろうが、真正面のビルに阻まれ一筋二筋ほどしか日の光は入ってこない。外観や内部の様子からして、築何十年も経過してそうだ。
「あの」
「なに?」
タオルを持ってきた海斗は、わたしの方に放り投げながら返事を返した。これで汗を拭けということらしい。たしかに、髪が首にピッタリとくっついている。思えば居酒屋からここまで歩けない距離ではないが結構距離があった。
汗を拭うと、わたしはずっと聞きたかったことを口にした。
「わたしが施設職員だって、よく覚えてましたね。趣味じゃないのに」
「あー……ババアがよく職員さんの話するからな。あの人は手先が器用だ、とかあの人はちょっと雑でいかん、とか」
ぽりぽりと頭をかく海斗。わたしの嫌味は通じなかったらしい。予想外にも真面目に答えた彼に苦笑しつつも、わたしは聞いた。
「キヌさんが? わたしのことも?」
「ああ、いつも丁寧な対応でいいってよ。嫁にするならあんな子がいいねとか言われた。あ、ババアの冗談だから、本気にすんなよ?」
「……当たり前です」
笑う海斗から視線をそらした。
とはいえ、利用者からそう思われていることは嬉しい。気取られないよう、むずかしい顔を作って不機嫌なフリをする。
その後も他愛のない話をぽつぽつとした。海斗はやはり年下で、20歳の建設作業員だという。通りで日焼けしているはずだ。ガタイがいいのも納得できる。
「じゃあ俺の方が敬語使わないとっすね」と敬語になってない敬語を使い出したのでやんわりと止めておいた。ここまできて急に敬語を使われるのも変な話だ。
「……で、なんで家に帰りたくないんだ?」
ひとしきり話したところで、海斗は切り出した。多分、彼が一番聞きたかったことだろう。
わたしは視線をふせた。
「……あまり聞いても楽しい話ではない、と思います」
「別に千秋サン、俺に聞かれたからって話さなきゃいけないわけじゃないぞ。俺は聞きたいから聞いただけ。千秋サンも言いたくなきゃ言わなきゃいいだけだ」
「……」
「違うか?」
海斗は首をこきり、と鳴らした。
彼の言う通り、話すも話さないもわたしの自由だ。介護士と利用者家族という立場もある。
ただ助けてくれた恩と、まっすぐにぶつかってくる彼にどこか報いたい、聞いてほしい気持ちもまた、ある。
しかし、どう話したらいいものか……。
「……わかりました。海斗さんは未来視って信じますか?」
しばらく考えたのち、わたしはこう切り出した。
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