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7.巻き戻り1日目-6
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◇◇◇
「……いま……なんて……?」
呆然とつぶやいたわたしの言葉に、智樹は気まずそうに視線をそらした。
その隣に座る明日香は、真っ直ぐにわたしを見る。いつもならばその席は、わたしの席だったのに。
目の前のテーブルには料理が手付かずのまま置いてある。すべてわたしの手作りだ。明日香をもてなすために作った。できたばかりだというのに、もう冷めてしまったように匂いもしない。
聞き返しながらすべてを理解したわたしは、数分前までの考えなしな自分を後悔した。
「……別れて欲しい」
もう一度、はっきりと言う智樹。若干気まずそうに向けられた視線は、その奥に決意と決別の意思が明確に浮かんでいた。
「だから……なんで? わたしたち、婚約してるよね?」
「婚約は……解消で」
「式場の予約だって」
「それはもう電話してキャンセルした」
「なんでそんな勝手なこと……」
「どのみちこんな気持ちじゃカナとは結婚できない」
矢継ぎ早に責め立てるわたしの言葉を、智樹はシャットアウトするように言い放った。わたしと話し合いをする前に、決断してきたような言い方だ。
明日香の方を見る。
やはり彼女もわたしをまっすぐに見つめ続けていた。まるでわたしが見苦しくもがき、抵抗するのを憐れむように。
ふたりが言うことが正しくて、反論するわたしが間違っているとでも言いたげに、その左手の薬指にはダイヤモンドの指輪がきらり、と光っていた。
「ご両親にはどう説明するの?」
「それは俺がするから……」
「なんて説明するの? 『俺が浮気して心変わりしたからカナじゃなくて明日香と結婚します』って言うの? わたしに対する不義理はそれで通るの? ご両親はそれで許すの? それとも嘘でもつくつもり? たとえばわたしが浮気した、なんていうわたしのせいにするような嘘」
「…………」
押し黙る智樹を前にわたしは声を震わせる。
駄目だ。今は泣くな。
わたしがすんなりと頷くとでも思っていたのだろうか。そちらの決意が固いなら、こちらも黙ってなどいられない。5年付き合って、同棲までして結婚も目前だというのに、こんな仕打ちを受ける不条理はない。
「納得できない。一度両家でまた集まって説明の機会を持ちましょ。うちの両親にも説明してもらわないといけないし」
「それは……」
「やめて」
智樹が言いかけた言葉を、それまで黙っていた明日香が遮る。
「……もうやめて」
「明日香……」
智樹が気遣うように、泣き出しそうな彼女の背に手を伸ばす。わたしの存在などいないかのように振る舞う彼に、苛立ちが募る。
泣きたいのはこっちだ。まるで明日香が悲劇のヒロインで、こっちは悪役令嬢だ。お前はただ思い通りに行かないことを泣き落としで無理矢理こちらを従わせようとしているだけだ。そうはいかない。
わたしは奥歯を噛み締めた。
──しかし、彼女の口から出た言葉は、わたしの戦意を揺るがせるには十分だった。
「……いるの……わたしのお腹に赤ちゃんが……妊娠、6ヶ月なの……」
か細く、しかしはっきりと言うと、明日香はかすかに膨らんだ腹部を愛おしそうに撫でた。
それは絶対的正義で、まぎれもなく残酷な現実だった。
◇◇◇
「……いま……なんて……?」
呆然とつぶやいたわたしの言葉に、智樹は気まずそうに視線をそらした。
その隣に座る明日香は、真っ直ぐにわたしを見る。いつもならばその席は、わたしの席だったのに。
目の前のテーブルには料理が手付かずのまま置いてある。すべてわたしの手作りだ。明日香をもてなすために作った。できたばかりだというのに、もう冷めてしまったように匂いもしない。
聞き返しながらすべてを理解したわたしは、数分前までの考えなしな自分を後悔した。
「……別れて欲しい」
もう一度、はっきりと言う智樹。若干気まずそうに向けられた視線は、その奥に決意と決別の意思が明確に浮かんでいた。
「だから……なんで? わたしたち、婚約してるよね?」
「婚約は……解消で」
「式場の予約だって」
「それはもう電話してキャンセルした」
「なんでそんな勝手なこと……」
「どのみちこんな気持ちじゃカナとは結婚できない」
矢継ぎ早に責め立てるわたしの言葉を、智樹はシャットアウトするように言い放った。わたしと話し合いをする前に、決断してきたような言い方だ。
明日香の方を見る。
やはり彼女もわたしをまっすぐに見つめ続けていた。まるでわたしが見苦しくもがき、抵抗するのを憐れむように。
ふたりが言うことが正しくて、反論するわたしが間違っているとでも言いたげに、その左手の薬指にはダイヤモンドの指輪がきらり、と光っていた。
「ご両親にはどう説明するの?」
「それは俺がするから……」
「なんて説明するの? 『俺が浮気して心変わりしたからカナじゃなくて明日香と結婚します』って言うの? わたしに対する不義理はそれで通るの? ご両親はそれで許すの? それとも嘘でもつくつもり? たとえばわたしが浮気した、なんていうわたしのせいにするような嘘」
「…………」
押し黙る智樹を前にわたしは声を震わせる。
駄目だ。今は泣くな。
わたしがすんなりと頷くとでも思っていたのだろうか。そちらの決意が固いなら、こちらも黙ってなどいられない。5年付き合って、同棲までして結婚も目前だというのに、こんな仕打ちを受ける不条理はない。
「納得できない。一度両家でまた集まって説明の機会を持ちましょ。うちの両親にも説明してもらわないといけないし」
「それは……」
「やめて」
智樹が言いかけた言葉を、それまで黙っていた明日香が遮る。
「……もうやめて」
「明日香……」
智樹が気遣うように、泣き出しそうな彼女の背に手を伸ばす。わたしの存在などいないかのように振る舞う彼に、苛立ちが募る。
泣きたいのはこっちだ。まるで明日香が悲劇のヒロインで、こっちは悪役令嬢だ。お前はただ思い通りに行かないことを泣き落としで無理矢理こちらを従わせようとしているだけだ。そうはいかない。
わたしは奥歯を噛み締めた。
──しかし、彼女の口から出た言葉は、わたしの戦意を揺るがせるには十分だった。
「……いるの……わたしのお腹に赤ちゃんが……妊娠、6ヶ月なの……」
か細く、しかしはっきりと言うと、明日香はかすかに膨らんだ腹部を愛おしそうに撫でた。
それは絶対的正義で、まぎれもなく残酷な現実だった。
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