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2.巻き戻り1日目-1

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 ◇◇◇

「あした、明日香が来るから」

 帰宅後、いつもならネクタイを緩め、ソファに直行する智樹が、神妙な顔でわたしに言った。
 小さな違和感を感じながらも「わかった」と返事を返す。

 今思えば大馬鹿だった。

 智樹が明日香のことを呼ぶときは、常に「明日香ちゃん」だった。
 智樹と明日香が個人的に連絡を取ってることに気づかなかった。
 土日のどちらかに急な出張や休日出勤が入ることが多くなっていた。
 それ以外にも、いくつか怪しい動きは以前からあった。

 こんなにわかりやすい前置きがいくつもあったのに、なぜわたしは勘付くことができなかったのだろうか。

 ◇◇◇


 ……まずは落ち着いて、整理をしよう。

 混乱する頭をリセットしようと、頬を数回叩く。本当は夢なら醒めてほしいという思いもあったが、残念ながら痛い。過去の夢を見てるわけではないようだ。

 1ヶ月後の8月20日、わたしは近しい二人の人間を殺し、そのまま自殺する──未来それを知っているのは、実際に経験したからだ。
 もっと言えば、自殺したわたしは異世界に転生した。その記憶もおぼろげながらある。まったく、酔狂な話だ。むしろつい先ほどまで、10年前にハマった乙女ゲームの悪役令嬢だったような気さえしている。それがなぜ急に現世、しかも自殺する1ヶ月前に戻ってしまったのか。

 たしか、転生した時も突然すぎて同じように戸惑った記憶がある。まさか婚約者と親友を手にかけ、自死を選んだ自分のような女に2度目の人生が用意されるとは思ってもみなかったのだ。
 同時に、わたしは思った。「これはチャンスだ」と。

 前世で愛されなかった分、今度は絶対に愛を逃さない。絶対。幸せを掴んでやる。

 幸いなことにわたしが転生したのは悪役令嬢でありながら王太子の婚約者。彼はずっと、攻略対象の中で一番わたしが推していたキャラクターだ。しかし婚約する頃には彼には別の意中の女性、いわゆるヒロインがいた。

 本来のゲームでは、悪役令嬢がヒロインにありとあらゆる嫌がらせをし、最終的に王太子によって追放される。ならば嫌がらせをしなければいい、と一瞬考えたが、自分が何かしなくとも王太子が見た、聞いた、と言えば簡単に追放されてしまうだろう。彼にとって悪役令嬢は邪魔者でしかないのだから。

 考えた挙句、わたしは瓜二つの双子の妹に罪を肩代わりさせることにした。ヒロインへの嫌がらせの罪を妹になすりつけたのだ。

 それが浅はかな考えだったと今ならばわかるが、当時の自分にはそれが最善に思えた。
『王太子の婚約者』という肩書きが維持できればあとはどうとでもなる、なにせ自分はこの世界のことを理解し尽くしているのだから、と本気で思い込んでいた。一度、人としての一線を超えてしまっていたわたしには、善悪など考えることができなくなっていたのだ──全ては愛されるために。

 しかし結局うまくいかなかった。このあたりはうろ覚えだが、企みは露見し、それによって妹の名誉は回復。わたしはめでたく牢獄行き。色々あって、最終的には時の聖女と名乗る人物がわたしの中の時を巻き戻した。

 ……巻き戻した? そう、巻き戻したのだ。

 巻き戻した結果、どうなるか分からないと言われ、死も覚悟した。というより、自分はもう、死んでもよかった。どう頑張っても何をしても、先のことがわかっていても、こんな自分など愛されない。それを自覚してしまったから。消してくれるならそれでも良かった。

 ……その巻き戻しで転生の1ヶ月前まで戻らされたのだろうか。だとしたらかなりおっちょこちょいで、お人好しな聖女だ。2度ならず、3度もやり直すチャンスを与えるなんて。

 わたしは自嘲ぎみに笑う。置かれた状況が理解できてきたからだろうか、少し冷静になってきた。

 置きっぱなしの食器をまとめると、シンクに運ぶ。
 くしゅくしゅとスポンジを握り、洗剤の泡がむくむくと大きくなっていく。食器洗いに掃除、洗濯、着替えなどの身支度──異世界に10年ほどいたというのに、滞りなくこなす。転生前の休日の、いつもの流れが身体に染み付いている。ついこの間まで服を着るのでさえ、他人がやってくれていたというのに。
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