87 / 97
2章
87.木陰の風
しおりを挟む
エルディール王国において花祭りは特別な祭りだ。
魔女との死闘を勝利した初代国王が、聖女の墓に白い花を手向けたことに由来する。墓前で国を立て直すと誓ったとも言われているため、元々は建国祭と呼ばれていた。
前述の逸話から派生して家族や友人、恋人に花を送り合い感謝や愛を伝える日と現在ではなっている。
国にとっても国民にとっても特別な日なのだ。
その特別な日のために、騎士が準備に駆り出されるのは毎年のこと。
街路樹には造花で装飾がなされ、花祭りに備えて育てられた色とりどりの花がそこかしこの軒先に飾られている。
花のアーチなどの大掛かりなものもあるが、王族が控える壇上などの重要性や機密性の高い場所は騎士や文官たちが担っていた。
そんな中、アルティーティはカミルやヴィクターと共に大通りの整備のため第三区画に来ていた。
各区を結ぶ重要な道であり、祭り当日は王族の乗る馬車が通る予定になっている。重要中の超重要な場所だ。ジークフリートや他の隊員たちも別の区画の大通りを担当している。
第三区画は第四区画よりも前にできた貴族街だ。真新しい店や貴族の邸宅が並び華やかな第四よりも比較的落ち着いた雰囲気がある。通行人より馬車が多いからだろうか。第四区画にあった井戸端会議をする婦人方や駆け回る子供らなどの姿は見えない。
街灯に国旗をつるしながら、アルティーティは少し懐かしい思いに浸りつつ鼻歌を歌っていた。
ストリウム家の邸宅は第三区画にあった。
といっても、大通りからかなり遠い。先々代が男爵に引き上げられた当時、貴族としては新参のストリウム家がやっと買えたタウンハウスがそこだったという。
遠いはずのここが懐かしいのは、塔からいつも眺めていたからに他ない。
周辺に高い建物がなかったせいか、遠くからでもよく見えた。あの時見た賑わいや、白っぽい石造りの道が目を引く。
特に、花祭りの日は継母も異母妹もパーティーに行くためいつも留守だった。当然アルティーティは留守番で、塔の上から街の賑わいを眺めてため息を漏らしていた覚えがある。
とても苦い思い出ではあるが、憧れがあったのは確かだ。それを今感じられる喜び。それ以上に、花祭りが単純に楽しみだったりもする。
覚えている限りでは、祭りには初めて参加する。旅をしていた時も花祭りをしている主要都市に立ち寄ったことはない。噂で聞く程度だった。
当日は警備があるが、それでも楽しくならないわけがない。
魔力操作訓練はダメダメで、昨夜の夢見も良くなかったが、こうやって徐々に鮮やかになっていく街並みを眺めるとそんなことも忘れてしまう。
(あーどんなお祭りなんだろう。出店もたくさん出るみたいだし、イベントもたくさん……休憩時間に回れたらいいなぁ)
「ご機嫌だねぇ」
ピィ、と高く口笛を吹くと、梯子の下からカミルに声をかけられた。どこかの店で買ってきたのか、手には木のコップいっぱいに注がれたジュースがある。
カミルは梯子を押さえるヴィクターにそれを差し出すと、アルティーティに向けても「ちょっと休憩しよ」とウインクしてきた。
「花祭りが楽しみでして」
梯子を降りてコップを受け取る。なんともいえない果物のいい匂いだ。何種類か混ざっているのだろうか。赤みの強いオレンジ色のとろりとしたジュースだ。
街路樹の根本に腰掛け、ちびちびと口をつけているとヴィクターが茶化すように聞いてきた。
「告白でもする予定があんのか?」
「告白? いやそういうのはないけど、なんで?」
「なんでってそりゃオメェ、花祭りっつったらそういうもんだろ。知らねーのか、平民なのに」
「え、ええと……」
「アルトは片田舎の小さな村出身らしいから、その辺の慣習はないんじゃないかな」
「そ、そうそうっ! そうなんだよ! ぼ、ボクの村じゃ花を飾るくらいしかしてなくてさ」
「ふーん……オレんちの方でもあったがなぁ。ド田舎の村ってそんなもんなんか」
「そ、そういうもんだよ。お、王都はイベントもたくさんあるんだろ? いやー楽しみだなぁ」
乾いた笑いを浮かべつつカミルに視線を送りつつ小さく会釈すると、親指を立てて笑い返された。
アルティーティの正体を知っている彼は、時折、いやごくたまに気が向いた時にこうして助け舟を出してくれることがある。ありがたいことこの上ない。
「イベントといえば、今年の剣術大会は隊長出るんスね」
ヴィクターの声が弾んでいる。よほどその剣術大会にジークフリートが出場することが嬉しいらしい。
カミルも思い出したかのようにうなずいた。
「あーそうらしいね。オレもつい最近知ってびっくりしたよ」
「え? なんでびっくりしたんですか?」
「毎年アイツ、騎士団の推薦があっても出場辞退してたからね。おかげでオレが毎年出る羽目になってねぇ」
「辞退ってなんでまた」
「出る意味がないって言ってたよ。まぁ遊撃部隊だからあまり目立つことはしたくないってのはわかるけど、それにしても、ねぇ」
「なんで今年は出る気になったんスかね?」
「さぁ? 好きな子でもできたんじゃない?」
(好きな人じゃなくて契約結んだ婚約者ならいますけどね)
カミルの意味ありげなウインクに、アルティーティは苦笑いを浮かべた。
ただカミルの言うこともわかる。
パウマの夜会で、ジークフリートに婚約者ができたことを知った貴族たちは少なくはない。表向きは恋愛結婚で、貴族界隈にもそのように説明されている。その彼らの目を欺かなければならない。
家まで用意する周到さだ。きっと今回の出場も、周りに向けてのパフォーマンスだろう。
ひとり納得していると、彼女から思った反応を得られなかったのが残念だったのかカミルが肩をすくめた。
「まぁそれは冗談で、ほら、今年は隣国の王子様たちが何人か学園にご遊学中だから、うちの騎士強いでしょってところを見せたい国の思惑があるんじゃないかな?」
国、ということは国王の意向か。王命ともなると流石のジークフリートも断れなかったのだろう。そんなことに王命を出す国王も国王だが。
(そういえば王様ってどんな人なんだろう。ちゃんと見たことないんだよね)
この国の民、特に都市部ならば、一度は国王を見たことがある人間は多い。大きな式典の時や地方の視察などで挨拶することが多いからだ。
旅先で一度、国王のことを聞いてみたことがある。悪い噂はなかったが、良い噂も聞けなかった。師匠曰く、『平凡な王』らしいが、非凡な師匠が言うことだ。平凡じゃない気がする。
新人騎士の任命式にも来ていたが、成績順に並ばされ前に並んだ屈強な男子たちのせいでよく見えなかった。
王子だか王女だかもいた気がするが定かではない。最後列にいたのだから当然のことだ。
おかげで未だにこの国の国王のことはよくわからない。これから先、弓騎士という地味な後衛が国王に会えるタイミングは、勤続10年以上でもらえるという騎士爵の叙爵式くらいだろう。
「じゃあ休憩終わり。さっきの続きを、と言いたいところだけど、ヴィクターはオレと来てくれない? アルトはそのまま休憩しててくれていいからさ」
カミルはにっこり笑うとヴィクターを連れて大通りの角を曲がっていった。
姿が見えなくなると、アルティーティは小さく伸びをした。
木陰の風が気持ちいい。最近は討伐やら発熱やら魔力操作やらで、なかなかゆっくりと時間を取れなかった。
このままうとうとと眠りについてもいいかもしれない。
昨夜は色のない上に少し怖い夢を見た。そのせいで変に目が覚めてしまったのだ。
しかし変な夢だった。両親が出てきたのはまだわかるが、記憶に全くない人物が出てきたのだ。中性的で透き通った肌の少年など知り合いにいないし、いたとしても覚えている。
その人物に触れられようとした時、夢とはいえ恐怖を感じた。誰に触られようと気にはしないし、まして夢だ。夢の中でどうされようと現実には影響はない。
それなのにその少年に触れられると分かった瞬間、心臓を一気につかまれるような思いがした。
誰だかわからない、記憶にもない得体の知れない人物だからだろうか。あの少年は──。
(なんだか頭が痛くなってきた……)
アルティーティはズキズキと痛む頭をもたげ顔を顰めた。
あの片羽蝶のネックレスを拾ってから時折頭痛がする。強く長く続く時もあれば、弱かったりすぐに治る時もある。
目を閉じておけば少しましになるはずだと、顔を伏せながら「ちょっと疲れた……」とつぶやいた。
その時だった。
「…………アルティーティ?」
背後からかけられた声に振り返ると、ひと組の男女がそこに立っていた。
アルティーティは息を呑んだ。
声をかけてきたのは男性の方。真っ白な長髪が強い日差しを受けて銀色に光って見える。鼻筋の通った顔に柔和な笑みを貼り付けて佇む彼の双眸は、口元の笑みとは対称的に不自然なほど固く閉じられ、アンバランスな印象を受けた。
この人を知っている。彼はあの夢の謎の人物だ。声色からしてそうだ。直感がそう告げていた。
しかしそれ以上に、アルティーティが思わず後退りをしたのは女性の方だ。
淡いピンクゴールドのふわふわ髪をツインテールに結び、どこかの茶会にでも出席したのか昼にしては派手な赤のラメ付きドレスを纏い豪華な馬車から降りてくる。
天真爛漫なはちみつ色の瞳が、その甘さに反してアルティーティを鋭く睨め付けている。小さくふっくらとした唇が「おねえ様」と短く暗い響きを奏でた。
それが異母妹──ネルローザ・ストリウムであることは、そのつぶやきを聞くまでもなくわかる。幽閉されている間ずっと、今と同じように侮蔑を込めた瞳で見られていたのだ。
その目で見られたら最後、石にされたように体は動かなくなり、罵倒の嵐が過ぎるまで人形のように心を無くすしかない。
今も同じように。
だからだろうか。夢の少年だった彼が手を握ってきたことに反応が一瞬遅れた。
「やっぱりアルティーティだ!」
「あ……あな、た、は……?」
ネルローザから目を離すことなく、笑いかけてくる彼に問う。
「覚えてないのも無理はないですね。私はロンダルク・ガレンツェ。あなたの婚約者ですよ」
婚約者、と驚き固まるアルティーティのすぐ横を、風が逃げるように通り抜けていった。
魔女との死闘を勝利した初代国王が、聖女の墓に白い花を手向けたことに由来する。墓前で国を立て直すと誓ったとも言われているため、元々は建国祭と呼ばれていた。
前述の逸話から派生して家族や友人、恋人に花を送り合い感謝や愛を伝える日と現在ではなっている。
国にとっても国民にとっても特別な日なのだ。
その特別な日のために、騎士が準備に駆り出されるのは毎年のこと。
街路樹には造花で装飾がなされ、花祭りに備えて育てられた色とりどりの花がそこかしこの軒先に飾られている。
花のアーチなどの大掛かりなものもあるが、王族が控える壇上などの重要性や機密性の高い場所は騎士や文官たちが担っていた。
そんな中、アルティーティはカミルやヴィクターと共に大通りの整備のため第三区画に来ていた。
各区を結ぶ重要な道であり、祭り当日は王族の乗る馬車が通る予定になっている。重要中の超重要な場所だ。ジークフリートや他の隊員たちも別の区画の大通りを担当している。
第三区画は第四区画よりも前にできた貴族街だ。真新しい店や貴族の邸宅が並び華やかな第四よりも比較的落ち着いた雰囲気がある。通行人より馬車が多いからだろうか。第四区画にあった井戸端会議をする婦人方や駆け回る子供らなどの姿は見えない。
街灯に国旗をつるしながら、アルティーティは少し懐かしい思いに浸りつつ鼻歌を歌っていた。
ストリウム家の邸宅は第三区画にあった。
といっても、大通りからかなり遠い。先々代が男爵に引き上げられた当時、貴族としては新参のストリウム家がやっと買えたタウンハウスがそこだったという。
遠いはずのここが懐かしいのは、塔からいつも眺めていたからに他ない。
周辺に高い建物がなかったせいか、遠くからでもよく見えた。あの時見た賑わいや、白っぽい石造りの道が目を引く。
特に、花祭りの日は継母も異母妹もパーティーに行くためいつも留守だった。当然アルティーティは留守番で、塔の上から街の賑わいを眺めてため息を漏らしていた覚えがある。
とても苦い思い出ではあるが、憧れがあったのは確かだ。それを今感じられる喜び。それ以上に、花祭りが単純に楽しみだったりもする。
覚えている限りでは、祭りには初めて参加する。旅をしていた時も花祭りをしている主要都市に立ち寄ったことはない。噂で聞く程度だった。
当日は警備があるが、それでも楽しくならないわけがない。
魔力操作訓練はダメダメで、昨夜の夢見も良くなかったが、こうやって徐々に鮮やかになっていく街並みを眺めるとそんなことも忘れてしまう。
(あーどんなお祭りなんだろう。出店もたくさん出るみたいだし、イベントもたくさん……休憩時間に回れたらいいなぁ)
「ご機嫌だねぇ」
ピィ、と高く口笛を吹くと、梯子の下からカミルに声をかけられた。どこかの店で買ってきたのか、手には木のコップいっぱいに注がれたジュースがある。
カミルは梯子を押さえるヴィクターにそれを差し出すと、アルティーティに向けても「ちょっと休憩しよ」とウインクしてきた。
「花祭りが楽しみでして」
梯子を降りてコップを受け取る。なんともいえない果物のいい匂いだ。何種類か混ざっているのだろうか。赤みの強いオレンジ色のとろりとしたジュースだ。
街路樹の根本に腰掛け、ちびちびと口をつけているとヴィクターが茶化すように聞いてきた。
「告白でもする予定があんのか?」
「告白? いやそういうのはないけど、なんで?」
「なんでってそりゃオメェ、花祭りっつったらそういうもんだろ。知らねーのか、平民なのに」
「え、ええと……」
「アルトは片田舎の小さな村出身らしいから、その辺の慣習はないんじゃないかな」
「そ、そうそうっ! そうなんだよ! ぼ、ボクの村じゃ花を飾るくらいしかしてなくてさ」
「ふーん……オレんちの方でもあったがなぁ。ド田舎の村ってそんなもんなんか」
「そ、そういうもんだよ。お、王都はイベントもたくさんあるんだろ? いやー楽しみだなぁ」
乾いた笑いを浮かべつつカミルに視線を送りつつ小さく会釈すると、親指を立てて笑い返された。
アルティーティの正体を知っている彼は、時折、いやごくたまに気が向いた時にこうして助け舟を出してくれることがある。ありがたいことこの上ない。
「イベントといえば、今年の剣術大会は隊長出るんスね」
ヴィクターの声が弾んでいる。よほどその剣術大会にジークフリートが出場することが嬉しいらしい。
カミルも思い出したかのようにうなずいた。
「あーそうらしいね。オレもつい最近知ってびっくりしたよ」
「え? なんでびっくりしたんですか?」
「毎年アイツ、騎士団の推薦があっても出場辞退してたからね。おかげでオレが毎年出る羽目になってねぇ」
「辞退ってなんでまた」
「出る意味がないって言ってたよ。まぁ遊撃部隊だからあまり目立つことはしたくないってのはわかるけど、それにしても、ねぇ」
「なんで今年は出る気になったんスかね?」
「さぁ? 好きな子でもできたんじゃない?」
(好きな人じゃなくて契約結んだ婚約者ならいますけどね)
カミルの意味ありげなウインクに、アルティーティは苦笑いを浮かべた。
ただカミルの言うこともわかる。
パウマの夜会で、ジークフリートに婚約者ができたことを知った貴族たちは少なくはない。表向きは恋愛結婚で、貴族界隈にもそのように説明されている。その彼らの目を欺かなければならない。
家まで用意する周到さだ。きっと今回の出場も、周りに向けてのパフォーマンスだろう。
ひとり納得していると、彼女から思った反応を得られなかったのが残念だったのかカミルが肩をすくめた。
「まぁそれは冗談で、ほら、今年は隣国の王子様たちが何人か学園にご遊学中だから、うちの騎士強いでしょってところを見せたい国の思惑があるんじゃないかな?」
国、ということは国王の意向か。王命ともなると流石のジークフリートも断れなかったのだろう。そんなことに王命を出す国王も国王だが。
(そういえば王様ってどんな人なんだろう。ちゃんと見たことないんだよね)
この国の民、特に都市部ならば、一度は国王を見たことがある人間は多い。大きな式典の時や地方の視察などで挨拶することが多いからだ。
旅先で一度、国王のことを聞いてみたことがある。悪い噂はなかったが、良い噂も聞けなかった。師匠曰く、『平凡な王』らしいが、非凡な師匠が言うことだ。平凡じゃない気がする。
新人騎士の任命式にも来ていたが、成績順に並ばされ前に並んだ屈強な男子たちのせいでよく見えなかった。
王子だか王女だかもいた気がするが定かではない。最後列にいたのだから当然のことだ。
おかげで未だにこの国の国王のことはよくわからない。これから先、弓騎士という地味な後衛が国王に会えるタイミングは、勤続10年以上でもらえるという騎士爵の叙爵式くらいだろう。
「じゃあ休憩終わり。さっきの続きを、と言いたいところだけど、ヴィクターはオレと来てくれない? アルトはそのまま休憩しててくれていいからさ」
カミルはにっこり笑うとヴィクターを連れて大通りの角を曲がっていった。
姿が見えなくなると、アルティーティは小さく伸びをした。
木陰の風が気持ちいい。最近は討伐やら発熱やら魔力操作やらで、なかなかゆっくりと時間を取れなかった。
このままうとうとと眠りについてもいいかもしれない。
昨夜は色のない上に少し怖い夢を見た。そのせいで変に目が覚めてしまったのだ。
しかし変な夢だった。両親が出てきたのはまだわかるが、記憶に全くない人物が出てきたのだ。中性的で透き通った肌の少年など知り合いにいないし、いたとしても覚えている。
その人物に触れられようとした時、夢とはいえ恐怖を感じた。誰に触られようと気にはしないし、まして夢だ。夢の中でどうされようと現実には影響はない。
それなのにその少年に触れられると分かった瞬間、心臓を一気につかまれるような思いがした。
誰だかわからない、記憶にもない得体の知れない人物だからだろうか。あの少年は──。
(なんだか頭が痛くなってきた……)
アルティーティはズキズキと痛む頭をもたげ顔を顰めた。
あの片羽蝶のネックレスを拾ってから時折頭痛がする。強く長く続く時もあれば、弱かったりすぐに治る時もある。
目を閉じておけば少しましになるはずだと、顔を伏せながら「ちょっと疲れた……」とつぶやいた。
その時だった。
「…………アルティーティ?」
背後からかけられた声に振り返ると、ひと組の男女がそこに立っていた。
アルティーティは息を呑んだ。
声をかけてきたのは男性の方。真っ白な長髪が強い日差しを受けて銀色に光って見える。鼻筋の通った顔に柔和な笑みを貼り付けて佇む彼の双眸は、口元の笑みとは対称的に不自然なほど固く閉じられ、アンバランスな印象を受けた。
この人を知っている。彼はあの夢の謎の人物だ。声色からしてそうだ。直感がそう告げていた。
しかしそれ以上に、アルティーティが思わず後退りをしたのは女性の方だ。
淡いピンクゴールドのふわふわ髪をツインテールに結び、どこかの茶会にでも出席したのか昼にしては派手な赤のラメ付きドレスを纏い豪華な馬車から降りてくる。
天真爛漫なはちみつ色の瞳が、その甘さに反してアルティーティを鋭く睨め付けている。小さくふっくらとした唇が「おねえ様」と短く暗い響きを奏でた。
それが異母妹──ネルローザ・ストリウムであることは、そのつぶやきを聞くまでもなくわかる。幽閉されている間ずっと、今と同じように侮蔑を込めた瞳で見られていたのだ。
その目で見られたら最後、石にされたように体は動かなくなり、罵倒の嵐が過ぎるまで人形のように心を無くすしかない。
今も同じように。
だからだろうか。夢の少年だった彼が手を握ってきたことに反応が一瞬遅れた。
「やっぱりアルティーティだ!」
「あ……あな、た、は……?」
ネルローザから目を離すことなく、笑いかけてくる彼に問う。
「覚えてないのも無理はないですね。私はロンダルク・ガレンツェ。あなたの婚約者ですよ」
婚約者、と驚き固まるアルティーティのすぐ横を、風が逃げるように通り抜けていった。
0
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説
【完結】【R18】これから、白いドアを開けて体験授業に挑みますっ!
にじくす まさしよ
恋愛
R18です。
少子化が進んだ上に、男女比までもバランスを崩した世界。
昔は、ほぼ1:1だったはずが、1,2:1、1,5:1、2:1、と男の数が増えてきていた。
ついには5:1となり、女児の減少が著しくなったため、誘拐などが横行した。小さな村では戦いが起こるほど。
各国はこの事態を重く受け止め解消するべく、男女雇用機会均等法ならぬ、男女比率均等法を発令。
それは、女児の保護並びに出生をコントロールするためのもので、満20歳までにパートナーを3人以上見つけるために施行された世界共通の法律である。
子供たちは、基本的に両親によって20までにパートナーを宛がわれるが、出来なかった場合の救済がある。
そのための体験授業に、マリアは強制参加させられる事に。
因みに拒否権はない。拒否などしようものなら、このシステムでもあぶれてしまう不特定多数の男たちが、そういう目的で通う施設に行かされる。そこは、一日最大10人も相手にしないと行けないという過酷な場所なのだ。
マリアは、昔ながらの一夫一妻に憧れており、3人も夫を持つことにどうしても納得がいかない。
授業の場所に続く白いドアを、不本意ながらそっと開けると、そこにいたのは──?
タグに地雷がある方はバックお願いします。
【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない
かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が
シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。
女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。
設定ゆるいです。
出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。
ちょいR18には※を付けます。
本番R18には☆つけます。
※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。
苦手な方はお戻りください。
基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。
西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~
雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。
元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。
※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
婚約者が見知らぬ女性と部屋に入るのを見てしまいました。
Kouei
恋愛
婚約者が私以外の女性と、とあるアパートメントに入って行った。
彼とは婚約を交わして数週間。
浮気ならいくら何でも早すぎませんか?
けれど婚約者は恋人らしき女性を私に会わせようとしていた。
それはどういうつもりなのだろうか?
結婚しても彼女と関係を続けるという事――――?
※この作品は、他サイトにも公開中です。
婚約破棄がしたいと泣き喚いた日から、草食系だと思っていた王太子殿下が狼になりました
Adria
恋愛
私は生まれながらに王太子妃になると決められた……。けれど、私には好きな幼馴染みの男の子がいる。
だから、王太子殿下とは結婚したくないと、婚約破棄をして下さいと学院の卒業式で泣き喚いて、王太子殿下に恥をかかせてしまった筈なのに、その日から王太子殿下が私を離してくれない。
それだけじゃなく昼も夜も愛されて……徐々に私は彼の愛に溺れてゆく。
表紙デザイン/井笠令子様(@zuborapin)
幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。
メカ喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。
学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。
しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。
挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。
パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。
そうしてついに恐れていた事態が起きた。
レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。
愛されない王妃
たろ
恋愛
フォード王国の国王であるカリクシード・フォードの妻になったジュリエット・ベリーナ侯爵令嬢。
前国王の王命ではあるが、ジュリエットは幼い頃の初恋の相手であるカリクシードとの結婚を内心喜び、嫁ぐことになった。
しかし結婚してみればカリクシードにはもうすでに愛する女性がいた。
その女性はクリシア・ランジェル元伯爵令嬢。ある罪で父親が廃爵され今は平民となった女性で、カリクシードと結婚することは叶わず、父である前国王がジュリエットとの結婚を強引に勧めたのだった。
そしてすぐにハワー帝国に正妃であるジュリエットがカリクシードの妹のマリーナの代わりに人質として行くことになった。
皇帝であるベルナンドは聡明で美しい誇り高きジュリエットに惹かれ何度も自分のものにならないかと乞う。
だがベルナンドに対して首を縦に振ることはなかった。
一年後祖国に帰ることになった、ジュリエット。
そこにはジュリエットの居場所はなかった。
それでも愛するカリクシードのために耐えながら正妃として頑張ろうとするジュリエット。
彼女に味方する者はこの王宮にはあまりにも数少なく、謂れのない罪を着せられ追い込まれていくジュリエットに手を差し伸べるのはベルナンドだった。
少しずつ妻であるジュリエットへ愛を移すカリクシードと人妻ではあるけど一途にジュリエットを愛するベルナンド。
最後にジュリエットが選ぶのは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる