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2章

60.行儀見習い

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 年配のメイドは、アルティーティとイレーニアの間に割って入るように立つと、深々と頭を下げた。

「申し訳ございません、お嬢様。この者先日入ったばかりでして、言葉遣いも態度も悪く教育中の身でございます。本来このようなお客人の前に出れるような状態ではないのですが、お嬢様をどうしてももてなしたいと脱走してしまいこのようなことに……」

(脱走?!)

 アルティーティは思わずイレーニアを見た。

 上品な見た目と所作に反し、やることがわんぱく小僧のそれだ。案外思い切りのいい性格なのかもしれない。
 今も拗ねた子供のように頬を膨らませている。

「ワタクシはおもてなししただけですわ」
「イレーニア! あなたの偉そうな声が廊下まで聞こえてましたよ! お嬢様にあれやこれやと指図していましたよね!? 高貴な身分だからといえ今はメイド、お仕えする身です! 謝罪なさい!」

 年配のメイドはそう叱り飛ばすと、アルティーティに向き直った。

「イレーニアにはきつくきつく言ってきかせますので、どうかお許しを……」

 小柄なアルティーティよりさらに小柄な彼女は、かわいそうになるくらい小さくなる。その姿に、慌てて首を振った。

「い、いえ、慣れないわたしにいろいろ教えてくれてただけなのでそんな怒らなくても……」
「……なんてお優しい。ほら、イレーニア!」

 呼ばれたイレーニアは憮然とした表情のまま、何も言わずに部屋を出ていってしまった。

(わ、わたし怒ってないし、イレーニアさんが謝る必要ないけど……なんて声かければ良かったのかな)

 困惑したまま年配のメイドを見ると、憤慨した様子でため息をついていた。

「まったくもう……これだから行儀見習いは……」
「行儀見習い、ですか?」

 聞いたことのない言葉に、アルティーティは首をかしげた。

「ああ、イレーニアのことです。行儀見習いとは、お貴族様の子女が他家で女中や侍女として礼儀を学ぶことです」
「礼儀、ですか……?」

 アルティーティのつぶやきに彼女は重々しくうなずいた。

 なんでも、リブラック家は代々行儀見習いを受け入れていたらしい。

 古くからの名家だ。募集が出れば、申し込みもかなりの数になる。

 侯爵家にお近づきになりたい下位貴族から、単に名家に仕えたというステータス狙い、出入りの商人や友人目当てなど、動機や思惑はそれぞれ。

 ジークフリートという未婚の三男がいるせいか、最近は特に希望者が多かったらしい。
 リブラック家とて、全ての貴族令嬢に婚約の打診をしたわけではない。打診のなかった令嬢や、断られても彼を諦められない令嬢が応募してくることも少なくなかった。

 一応、見習い期間は2年と定められているが、期間いっぱいジークフリートを追い回す貴族令嬢もいたとかいないとか。

 そうした不真面目な行儀見習いが散見されたためか、古くから仕える彼女のようなメイドは行儀見習いに辟易としていたらしい。

 彼女はイレーニアもそんな不真面目な行儀見習いだと感じているようだ。

「大変なんですね……」
貴族の義務ノブレスオブリージュの一環ですので、わたくしどもは従うのみでございます」

 涼しい顔で言うメイドの顔に疲れが宿る。侯爵家の方針とはいえ、実際にやる気のない行儀見習いに行儀を教える立場となると、かなり苦戦を強いられていることが理解できた。

「申し遅れました。わたくしはダリア。リブラック侯爵家で筆頭女中メイドをさせていただいております」
「あ、アルティーティです。ご丁寧にどうもダリアさん」
「ダリア、とお呼びください」

 キビキビと礼をするダリアの姿に、洗練されたものを感じる。

 先ほどのイレーニアの礼とは違う。ちょっとした仕草に優雅さを感じるイレーニアは、さすが侯爵令嬢と言ったところか。

 そういえば、と彼女の言っていたことを思い返す。口調は激しくヒステリックだったが、内容はどれも納得できるものだった。

(言うほど不真面目かなぁ……あの人、どっちかというと……)

「あの、イレーニアさんのことなんですけど……」

 言いかけたその時、再び部屋にノックが響いた。

「失礼いたします。ジークフリート様がお呼びです」
「お嬢様、行きましょう」

 促すダリアの姿に、アルティーティは口にしかけた言葉を飲み込んだ。
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