上 下
20 / 97
1章

20.あんな顔するんだ

しおりを挟む
 顔合わせから数日。

 アルティーティは配属からの3日間が嘘のように、穏やかな日々を過ごしていた。

 相変わらず、訓練のたびに絞られてはいたのだが。

 ジークフリートは何も言ってこない。というより、訓練以外では会うこともなかった。なにやら忙しいようだ。

 片羽蝶のネックレスについても続報はない。他の隊員との話題でも、そんな話が出る気配はなかった。
 彼女が拾ったもののため気にはなるが、話す機会がないのだ。会話がないならどうしようもない。

 ヴィクターはあれ以来、音沙汰なしだ。怒られている時に視線を感じるが、それだけだ。案外言いたいことを言ってスッキリしたのかもしれない、とアルティーティは思っていた。

 そんなこんなで比較的平和に過ごしていた──。

「あー……あっつー……」

 訓練の休憩に入り、アルティーティは訓練所の端の日陰に腰掛け涼んでいた。

 春といえど動けば暑い。防具を身につければなお暑い。アルティーティは弓騎士のため比較的軽装備なのだが、それでも暑いことに変わりはなかった。

 防具を外し汗を拭いていると、ふと数人の少年が駆けていくのが視界に入る。

 騎士の中では少年は珍しい。いることはいるが、せいぜい一師団の中にひとりふたりいるかだ。当然、遊撃部隊にはいない。

 それに彼らは、そこらへんの街中にいる子供と同じような服装をしている。明らかに騎士ではない姿に目を引かれた。

(……そういえば、きょうはどこかの学校の見学日だっけ。隊長が忙しそうなのもこれがあったからかな?)

 呑気に考えながら汗を拭う。生徒たちに訓練風景を見せる、いつも以上に気を引き締めろ、と昨日ジークフリートに言われたな、とぼんやり思い返していた。

「にいちゃーん!」

 少年たちの呼びかけに、ひとりの隊員が振り向く。彼は少年たちに気づくと笑顔で手を振った。

(…………んんん?)

 朗らかな笑みを浮かべ、少年たちを迎え入れた人物はヴィクターだった。

「おお、久しぶりじゃねーか! 元気だったか? またでっかくなったなぁ」
「にーちゃんこそ、ヨロイかっけーな!」
「にーちゃん、たかいたかいしてー!」
「よぉし、まかせろ!」

 ヴィクターは一番背の低い少年を抱き上げた。

 話ぶりからするとどうやら弟たちなのだろう。よく見ればツンツン頭と顔立ちが全員似ている。久々の再会に、みんな嬉しそうだ。

(きょうだいかぁ……ヴィクターもあんな顔するんだ)

 頬杖をついて彼らのじゃれあいを見つめる。家族のあんな触れ合いがあることを、彼女は知らない。

 実を言えば、アルティーティにも同い年の妹がいる。双子ではない。父の再婚相手の連れ子、要は血のつながりがない妹だ。

 彼女と出会った時点で、アルティーティは塔に幽閉されかけていた。加えて父は家を留守がち。必然的に、ストリウム家の内部で継母と妹が力を持つことになる。

 力を持った妹は傍若無人だった。

 嫌味やたまに食事を抜いてくる継母はまだいい。妹はそれらに加えて暴言暴力を振るってきた。
 聖女を崇める慈聖教──その敬虔な信者である彼女にとって、『魔女の形見』であるアルティーティは排除すべき敵だったのだろう。

 逃げたい、と何度も思った。

 しかし逃げられない。逃げたところで、『魔女の形見』の姿ではまた別の人間から暴力を受けるのではないか。ならば塔の中の方がマシかもしれない。いま以上に大きな恐怖を味わいたくない──。

 アルティーティにとって家族とは、そんなジレンマを背負わせる存在でしかなかった。今でも思い出せば息がうまく吸えなくなるほどに。

「…………うん、大丈夫」

 ひとことつぶやき、サラシで押しつぶされた胸のあたりに拳を当てる。その拳で胸を打つ。

 もう余計な過去は捨てた。囚われては駄目だ。

 目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした──その時だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。 どちらも叶わない恋をした――はずだった。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全11話です。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

処理中です...