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1章
12.秘密の違和感
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(ぶつかるっ……!)
顔面に当たる寸前、彼女は目を閉じた。
──しかし予想された痛みは全く感じられない。
おそるおそる目を開けてみる。
目の前には木製の肘掛け……ではなく、見慣れた群青色だった。いい香りもする。腹の当たりが何かに支えられているような──。
(ひっ……)
アルティーティはようやく気づいた。ジークフリートの腕に抱えられていることに。
「揺れたな……石でも乗り上げたか」
「は、はい……」
彼の声が頭のすぐ上で響く。少し艶のある低音だ。
これを間近で聞いて、世の女性たちが彼にときめかないはずがない。
実際アルティーティも、彼の正体が傍若無人な鬼上官だということすら一瞬忘れた。
(ち、近っ……!)
顔が熱い。
カクカクとぎこちなく離れると、ほぼ同時に、御者から謝罪の声が聞こえた。
御者とやり取りするジークフリートに、頬の赤みを気づかれないようアルティーティはパタパタと手であおぐ。
(腕……すごい筋肉だったなぁ。それになんかいい匂いした……)
惚けたように彼を見つめる。
彼女を支えた腕は他人に向けられる厳しさよりも、さらに厳しく鍛え上げられたものだった。
それどころか倒れた本人が受け身すら取れないほどの一瞬に反応した反射神経と、それについてこれる全身の筋力。
隊員が全幅の信頼を置くのも分かる。
ひったくりを一撃で倒したのもそうだ。確実に急所を捉え、無力化する。剣がなくても戦える。そして強い。
こんな超人なのに、今まで結婚してないどころか婚約者もいない彼がよくわからない。
(いい匂い、は置いておくとして、わたしも筋肉つけないとね。帰ったら体幹鍛え直さないと)
色気のないことを考えていると、ジークフリートの咳払いが聞こえた。
「……それよりお前、もう少し口調をどうにかしろ」
「どうにかといわれても。どこをどうしろとおっしゃいますでしょうか?」
痛いところを突かれてか、必要以上に丁寧に言おうとして失敗した。アルティーティも自分の口調が変なことには気づいているが、どう直していいのかがわからない。
ここ数日、教育は大事だとアルティーティは痛感していた。
平民男子として入隊した彼女だが、どうにも敬語が苦手だ。変な敬語を使っては眉をひそめられる。
どうにかしろ、と言われてもどうにもならないのが現状だった。
「その妙な敬語ともう少し貴族の娘っぽく……まぁいい。病気で学校にも行けずなかなか教育もつけてもらえなかった、ということにしておく」
「そんなに変ですか?」
「……変じゃないと思ってたのか?」
問われてアルティーティは言葉に詰まった。
4歳までは完璧な教育を受けていたが、そこから15歳の今まで教えてもらったのは弓と騎馬の方法、あとは継母や異母妹嫌味と罵声を浴びさせられたくらいだ。
言葉遣いどころか、礼儀作法などはるか昔に忘れてしまっている。
(こんなので大丈夫かな……なんとかなるか。病気って言えばなんとかなるみたいだし)
「はぁ……すみません」
「申し訳ございません、だ」
「……申し訳ございません」
「よろしい」
満足げにうなずいた彼は、再び神妙な表情を作ると腕組みをした。
「それと、これより先は隊長と呼ぶな」
「隊長じゃなかったらなんと呼べば……」
「好きに呼べ」
短い返答にアルティーティは考え込んだ。
馴れ初めでは任務で知り合い、ジークフリートからプロポーズをした、となっている。
ということはジークフリートはベタ惚れという設定だ。彼の両親がどんな人物かは分からないが、契約結婚だと気取られないようにするには──。
(ジークフリート様、だとなんか他人行儀だから……)
「ジーク様」
あれこれ悩んだ挙句、アルティーティは愛称で呼ぶことにした。距離感の近い男女を演出するにはこれが手っ取り早い。
しかしジークフリートはその赤眼を大きく見開くと、眉を下げ唇を震わせた。
苦いような切ないような、なんとも言えない表情にアルティーティは首をかしげる。
「なにか?」
「…………いや、いい。気にするな」
しばらく何か言いたげに彼女を見つめていたジークフリートは、首を横に振ると視線を窓の外へ移した。
(……? 変な隊長)
彼の態度に違和感を感じつつも、アルティーティはそれを口にすることはなかった。
顔面に当たる寸前、彼女は目を閉じた。
──しかし予想された痛みは全く感じられない。
おそるおそる目を開けてみる。
目の前には木製の肘掛け……ではなく、見慣れた群青色だった。いい香りもする。腹の当たりが何かに支えられているような──。
(ひっ……)
アルティーティはようやく気づいた。ジークフリートの腕に抱えられていることに。
「揺れたな……石でも乗り上げたか」
「は、はい……」
彼の声が頭のすぐ上で響く。少し艶のある低音だ。
これを間近で聞いて、世の女性たちが彼にときめかないはずがない。
実際アルティーティも、彼の正体が傍若無人な鬼上官だということすら一瞬忘れた。
(ち、近っ……!)
顔が熱い。
カクカクとぎこちなく離れると、ほぼ同時に、御者から謝罪の声が聞こえた。
御者とやり取りするジークフリートに、頬の赤みを気づかれないようアルティーティはパタパタと手であおぐ。
(腕……すごい筋肉だったなぁ。それになんかいい匂いした……)
惚けたように彼を見つめる。
彼女を支えた腕は他人に向けられる厳しさよりも、さらに厳しく鍛え上げられたものだった。
それどころか倒れた本人が受け身すら取れないほどの一瞬に反応した反射神経と、それについてこれる全身の筋力。
隊員が全幅の信頼を置くのも分かる。
ひったくりを一撃で倒したのもそうだ。確実に急所を捉え、無力化する。剣がなくても戦える。そして強い。
こんな超人なのに、今まで結婚してないどころか婚約者もいない彼がよくわからない。
(いい匂い、は置いておくとして、わたしも筋肉つけないとね。帰ったら体幹鍛え直さないと)
色気のないことを考えていると、ジークフリートの咳払いが聞こえた。
「……それよりお前、もう少し口調をどうにかしろ」
「どうにかといわれても。どこをどうしろとおっしゃいますでしょうか?」
痛いところを突かれてか、必要以上に丁寧に言おうとして失敗した。アルティーティも自分の口調が変なことには気づいているが、どう直していいのかがわからない。
ここ数日、教育は大事だとアルティーティは痛感していた。
平民男子として入隊した彼女だが、どうにも敬語が苦手だ。変な敬語を使っては眉をひそめられる。
どうにかしろ、と言われてもどうにもならないのが現状だった。
「その妙な敬語ともう少し貴族の娘っぽく……まぁいい。病気で学校にも行けずなかなか教育もつけてもらえなかった、ということにしておく」
「そんなに変ですか?」
「……変じゃないと思ってたのか?」
問われてアルティーティは言葉に詰まった。
4歳までは完璧な教育を受けていたが、そこから15歳の今まで教えてもらったのは弓と騎馬の方法、あとは継母や異母妹嫌味と罵声を浴びさせられたくらいだ。
言葉遣いどころか、礼儀作法などはるか昔に忘れてしまっている。
(こんなので大丈夫かな……なんとかなるか。病気って言えばなんとかなるみたいだし)
「はぁ……すみません」
「申し訳ございません、だ」
「……申し訳ございません」
「よろしい」
満足げにうなずいた彼は、再び神妙な表情を作ると腕組みをした。
「それと、これより先は隊長と呼ぶな」
「隊長じゃなかったらなんと呼べば……」
「好きに呼べ」
短い返答にアルティーティは考え込んだ。
馴れ初めでは任務で知り合い、ジークフリートからプロポーズをした、となっている。
ということはジークフリートはベタ惚れという設定だ。彼の両親がどんな人物かは分からないが、契約結婚だと気取られないようにするには──。
(ジークフリート様、だとなんか他人行儀だから……)
「ジーク様」
あれこれ悩んだ挙句、アルティーティは愛称で呼ぶことにした。距離感の近い男女を演出するにはこれが手っ取り早い。
しかしジークフリートはその赤眼を大きく見開くと、眉を下げ唇を震わせた。
苦いような切ないような、なんとも言えない表情にアルティーティは首をかしげる。
「なにか?」
「…………いや、いい。気にするな」
しばらく何か言いたげに彼女を見つめていたジークフリートは、首を横に振ると視線を窓の外へ移した。
(……? 変な隊長)
彼の態度に違和感を感じつつも、アルティーティはそれを口にすることはなかった。
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