上 下
218 / 231
5章.妹君と辺境伯は時を刻む

217.王太子は認めない③

しおりを挟む
 しばらくして、国王は重い口を開いた。

「…………聖女付きの仕事を放り出し、婚約者のエスコートも行わず、王太子としての自覚に足りない行動の多さ……お前を廃する。それしかあるまい。その他の処罰は追ってする。近衛、連れていけ」

「そんな! 待ってください! 父上! これには訳が!」

「聞かぬ。余を殺そうとした者の言葉など信じるに値せぬ」

 国王の当然の言葉に、近衛兵たちに担ぎ上げられたフリッツは情けない声を上げた。

「ち………父上ぇ……! あ、兄上! なぜ私をこのような目に!」

「うーん、僕がやったと言うより君の日頃の行いが悪かっただけでしょ?」

「わ、私の気持ちなど何も知らないくせに!」

 苛立ちと焦りで醜く顔を歪めたフリッツに、テオは肩をすくめた。

「うん、僕はマリー様を力づくで手に入れようとした君の気がしれない。それと同じように僕がやろうとしてることも君には一生理解できないと思う……本当は理解できるようになって欲しかったけどね」

 テオは心底がっかりした様子で、連行されるフリッツに手を振る。

 何故かディートリンデに指摘された時以上に追い詰められた思いがして、フリッツは国王の傍で沈黙を守っていたマリーに縋った。

「………ま、マリー! なんとか言ってくれ! 私は無実だ! 冤罪なのだ!」

「……………」

「マリー!!」

 もう一度大きく呼びかけると、彼女は硬い表情を崩さず彼を真っ直ぐ見据えた。

「…………フリッツ様、今までありがとうございました……さようなら」

 その真紅の瞳が拒絶するようにフリッツから外される。

 ふわふわのピンクゴールドの髪も、庇護欲をそそられる愛らしい姿も──全てを排除してまで手に入れようとしていた彼女が遠ざかり、通路の暗がりの中に消えそうなフリッツは狂ったように喚き散らした。

「マリー……そ、そうだ! ディートリンデだ! 私は彼女と穏便に婚約を解消したかっただけだ! 全てはディートリンデが悪い!」

 両腕を拘束され、指をさそうにもさせない彼は血走った目をディートリンデに向ける。

 しかし鬼気迫る表情の彼を、彼女は冷え切った瞳で見つめていた。

「はぁ? 馬鹿じゃないの? 私も馬鹿だけどこの後に及んでまだ認めないの? あんた救いようがない馬鹿よ?」

 辛辣な彼女の声は聞こえなかったのか、近衛兵たちと共に通路の奥に消えたフリッツの

「私は……私は間違ってなぃ……!」

 という喚き声はしばらく続いた。

 地獄からの恨み節のように残響した彼の声に、国王は頭を抱えてため息をついた。

「陛下……」

 気遣うようにクリスタが手を差し伸べると、国王は軽く首を横に振る。

「……気にするな。息子の不出来さと私の甘さに眩暈がしただけだ。もっと早く……決断すべきだった……」

「陛下……」

 クリスタは伸ばした手をそのままに、俯いた。

 彼女が養女となったのは五年前だ。

 この五年間、帝王学その他諸々を学んではいる。

 もちろんフリッツに代わり、王太女となるためだ。

 それでも今すぐ王太女となるには心許ないと判断されていたのだろう。

 その結果がこれだ。

 もっと自分が優秀ならば、お兄様の手を煩わせることもなく王城内が混乱することもなかったのに、とクリスタは唇を噛んだ。

 そんな彼女の頭をぽん、と優しく撫でると、国王は皆の前に歩み寄った。

 ゆっくりと威厳のある歩みに、初めにユリウスが、その他の者もつられるように跪く。

「堅苦しいのは良い。皆、面を上げ楽にせよ」と首を振った国王は、二人の聖女をじっと見つめた。

「さて……聖女マリー、聖女リーゼロッテ……臥せっていたとはいえ、余の統治において愚息の数々の非礼……大変心苦しく思う。その非礼を詫びよう」

「い、いえ……」

「特に聖女マリーには謝っても謝り尽くせない。今後より一層の支援を約束しよう」

「……ありがとうございます」

 フリッツに束縛され続けた過去を思ってか、マリーの声が湿り気を帯び、熱く震えた。

 国王は一つ頷くと、ユリウスに視線を移す。

 その視線は父が子に向ける厳しくも優しさあふれるものだった。

「ユリウスも……大きくなったな。亡き両親も成長を喜んでいるであろう。息子の無理な計画への協力、感謝する」

「……勿体なきお言葉」

 頭を下げるユリウスの横で、テオが不思議そうに首を捻る。

「あれ? そんな無茶だったかなぁ……」

「無茶だろう。テオ、お前リーゼに計画を話してないだろう」

「ああ、分かっちゃった?」

 からりと笑ったテオに、ユリウスは深くため息をつくと、怒気を孕んだ視線を送った。

「……リーゼが大人しくフリッツに従ってここまできてくれたからよかったものの、もし途中で逃げたり殺されでもしたら終わっていたぞ」

「いやいや、リーゼロッテさんは大丈夫。案外ぶっつけ本番の方が演技上手いって分かってたから」

「……どういうことだ」

 眉をひそめたユリウスの問いに、テオは少々引き攣った笑みを浮かべる。

 まさか監視の目を外すために彼女を襲う演技をした、なんて口が裂けても言えない。

 冗談でもそんなことを言ったら、後々決闘でも申し込まれそうだ──テオは内心冷や汗をかきながら、

「あはは……ま、それは後でね」

 とお茶を濁した。

「それに……フリッツは殺さないよ。父上を自然死に見せかけたかったんだし、それにそんな度胸ないでしょ」

「だがあの神官に……」

 ユリウスは部屋の端で大人しく拘束されているヘッダに目を向けた。

 表情に乏しい彼女が何を思っているかは窺い知れない。

 しかし、テオの明るい声がユリウスの推測を否定する。

「神官はできないよ。彼女にはそういう実践経験がない」

「……は?」

「だよね?」

 確認するようにヘッダに呼びかけると、彼女は僅かに頷いた。

「……殿下のおっしゃる通りにございます。私どもは暗殺や諜報の訓練は受けておりますが、派遣されるほとんどは諜報員としてでございます……自らの命を守る術として暗殺術を身につけているだけであり、誰かの命を奪えと命令されたことなど一度もございません」

 先ほどのフリッツ様の御命令以外は、とヘッダは付け加えると、些か申し訳なさそうに視線を床に落とした。

「ほらね? でも一応、君も陛下に化けたユリウスに向かって暗器投げちゃってるし、ちょっと罰はあるかもしれないけど……」

「……覚悟はしております。陛下のご判断に従います」

 やや沈んだ声で、しかしたしかに頷いた彼女に、成り行きを見守っていた国王は口を開いた。

「……相分かった。神官を連れて行け」

「はっ」

「……後のことは余と宰相に任せよ……皆、ご苦労だった」

 ヘッダが連行され、これにてお開き、とばかりに国王が重々しく疲労感に満ちた表情で言うと、踵を返そうとした。

「お待ちください」

 通路に向かおうとした面々が、その声の主に振り返る。

「あの……少しよろしいでしょうか……?」

 眉尻を下げ、躊躇いがちに呼びかけたのは、時の聖女リーゼロッテその人だった。
しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」  貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。  そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。  厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。  これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす

みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み) R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。 “巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について” “モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語” に続く続編となります。 色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。 ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。 そして、そこで知った真実とは? やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。 相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。 宜しくお願いします。

冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。 ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。 ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。 保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。 周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。 そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。 そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

世界を救いし聖女は、聖女を止め、普通の村娘になり、普通の生活をし、普通の恋愛をし、普通に生きていく事を望みます!

光子
恋愛
 私の名前は、リーシャ=ルド=マルリレーナ。  前職 聖女。  国を救った聖女として、王子様と結婚し、優雅なお城で暮らすはずでしたーーーが、 聖女としての役割を果たし終えた今、私は、私自身で生活を送る、普通の生活がしたいと、心より思いました!  だから私はーーー聖女から村娘に転職して、自分の事は自分で出来て、常に傍に付きっ切りでお世話をする人達のいない生活をして、普通に恋愛をして、好きな人と結婚するのを夢見る、普通の女の子に、今日からなります!!!  聖女として身の回りの事を一切せず生きてきた生活能力皆無のリーシャが、器用で優しい生活能力抜群の少年イマルに一途に恋しつつ、優しい村人達に囲まれ、成長していく物語ーー。  

処理中です...