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4章.妹君と辺境伯は揺れ動く
152.リーゼロッテは覚悟を決めた③
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「お継母様!」
正門前に集まった人だかりの中に、ナターリエを発見したリーゼロッテとユリウスは彼女に駆け寄った。
「リーゼロッテ……!」
飛び込んできたリーゼロッテを抱きしめると、ナターリエはユリウスに視線を送った。
躊躇いがちに首を振った彼に、ナターリエは全てを察したように一瞬視線を落とす。
しかし、すぐに火事が起きている屋敷を強い瞳で見つめた。
「これは一体、どうして火事が!?」
「分からないの。突然何かが爆発する音がして……なんとか逃げ出せたのだけど、まだディートリンデとコルドゥラが中に……アンゼルムも二人を助けるため中に入ったきり……」
「え……!?」
リーゼロッテはナターリエから身体を離すと、依然として炎の収まらない屋敷を振り返った。
月もない夜の闇の中で、ハイベルク家最期の輝きとばかりに屋敷全体を炎が取り囲み、黒煙がもうもうと立ち昇っている。
その手前にいる数人が水魔法を放つ姿が見えるが、火の勢いが強いのか魔法が弱いのか、一向に消し止められる気配はない。
ナターリエはリーゼロッテの肩を引き寄せた。
「リーゼロッテ、水魔法を! 使用人たちに水魔法を使える貴族を探してもらってるけど、まだ足りないのよ……! 騎士団にも早馬を走らせたけど、こちらに到着するのはいつになることか……」
ナターリエの懇願に、リーゼロッテは継母の顔と屋敷を交互に見つめた。
「アンゼルム……」
彼女には今、魔力がない。
ユリウスの魔力を吸えば水魔法を使うことはできるだろう。
時間はかかるが消し止めることは可能だ。
しかし──。
(水魔法では……三人を助けることはできない……)
所々大きく崩れ、窓や開き戸のほとんどから火が吹き出し、燃え盛る屋敷を前にして分かる。
三人がもし生きているのならば、さぞ辛いだろう。
煙に巻かれて苦しい思いをしていることだろう。
もはや一刻の猶予もない。
今までのことを思い返す。
枯れたと思っていた木が花をつけ、ユリウスの致命傷を跡形もなく治したあの力──。
時の魔力を使えば、屋敷内で怪我をしてるであろう三人を癒し、屋敷を火事が起こる前に戻すことができる。
しかし、火がこれだけ大きくなった今、ハイベルク家の関係者だけでなく近隣に住む貴族たちも集まってきている。
そんな人だかりの前で、この力を披露したらどうなるか──リーゼロッテは思い直すように首を振った。
(……私に……私にしかできないこと……)
彼女はナターリエから離れると、ユリウスに歩み寄った。
「……ユリウス様、私に魔力をいただけませんか」
「リーゼ……?」
深海色の瞳が揺るぎない光を帯び、彼の白い顔を真剣に見つめている。
彼女が何を決意したのか、瞬時に理解したユリウスは、それを拒否するように後ずさった。
「私が、三人を救います」
「…………分かった」
真っ直ぐなその瞳に、ユリウスは躊躇したものの頷いた。
──リーゼの決心の通り、火事と救助を同時にするには時の魔力しかないと彼も思っていたからだ。
「……申し訳ございません」
「……謝る必要なんてない。リーゼが決めたのなら……」
少ない言葉でも、二人は理解していた。
見つめ合う二人の間に、寂寥が流れる。
ゆっくりと近づいた彼らは短く口付けを交わした。
見る者には一瞬の出来事でも、リーゼロッテの魔力が満たされるには十分だった。
「愛しています……今も、これからも」
唇を離したリーゼロッテは囁くと、屋敷に近づいていく。
彼女が近づくにつれ、火事の熱気でやられた植物たちは生き生きとしていき、黒い煤が消え、炎が弱まっていく。
屋敷の目の前にたどり着いた彼女は、水間砲を放っていた貴族たちを下がらせると、祈るように胸の前で手を組み合わせた。
瞬間、リーゼロッテを中心に金色に輝く魔力が放たれる。
屋敷全体を包んだ光が、炎の揺らめきと相まってさらに眩く輝き始めた。
「これは……」
「この光は……?」
「見ろ! 屋敷が!」
周囲がにわかに騒ぎ始める。
「火が消えて…………いや、元に戻っていく……?!」
「俺の火傷も治ったぞ……!?」
屋敷は見る見るうちに火事になる前の姿に元に戻った。
皆一様に不思議がる中、ユリウスだけが沈痛な面持ちで彼女を見つめていた。
「リーゼロッテ……あなた一体……?」
金色の光が収まる頃、ナターリエはリーゼロッテに駆け寄った。
振り返ったリーゼロッテは混沌とした闇夜の中で未だ淡い光を宿し、憂いを帯びたその微笑みはその場にいる誰もに聖なる御使のような印象を与えた。
「聖女だ……聖女様だ!」
誰かの叫びに呼応して、皆口々にリーゼロッテを褒めそやす。
ある者は拝むように手を合わし、ある者は神々しい姿を見て涙する。
誰も彼もが彼女を聖女として認め、崇められれば崇められるほど、リーゼロッテの気持ちは沈んでいった。
「……アンゼルムを探してください。三人ともまだ、この中にいると思います」
ナターリエに告げると、急激に襲われた眠気にリーゼロッテはその場に膝をつきかけた。
「ユリウス様……」
ユリウスに抱き上げられた彼女は、うとうとと大きな瞳を閉じては開く。
どうやら体力の限界を超えたらしい。
「……リーゼ……よくやった。ゆっくり、休んでくれ……」
彼の声に安心したように息をつくと、彼女はゆっくりと瞳を閉じた。
正門前に集まった人だかりの中に、ナターリエを発見したリーゼロッテとユリウスは彼女に駆け寄った。
「リーゼロッテ……!」
飛び込んできたリーゼロッテを抱きしめると、ナターリエはユリウスに視線を送った。
躊躇いがちに首を振った彼に、ナターリエは全てを察したように一瞬視線を落とす。
しかし、すぐに火事が起きている屋敷を強い瞳で見つめた。
「これは一体、どうして火事が!?」
「分からないの。突然何かが爆発する音がして……なんとか逃げ出せたのだけど、まだディートリンデとコルドゥラが中に……アンゼルムも二人を助けるため中に入ったきり……」
「え……!?」
リーゼロッテはナターリエから身体を離すと、依然として炎の収まらない屋敷を振り返った。
月もない夜の闇の中で、ハイベルク家最期の輝きとばかりに屋敷全体を炎が取り囲み、黒煙がもうもうと立ち昇っている。
その手前にいる数人が水魔法を放つ姿が見えるが、火の勢いが強いのか魔法が弱いのか、一向に消し止められる気配はない。
ナターリエはリーゼロッテの肩を引き寄せた。
「リーゼロッテ、水魔法を! 使用人たちに水魔法を使える貴族を探してもらってるけど、まだ足りないのよ……! 騎士団にも早馬を走らせたけど、こちらに到着するのはいつになることか……」
ナターリエの懇願に、リーゼロッテは継母の顔と屋敷を交互に見つめた。
「アンゼルム……」
彼女には今、魔力がない。
ユリウスの魔力を吸えば水魔法を使うことはできるだろう。
時間はかかるが消し止めることは可能だ。
しかし──。
(水魔法では……三人を助けることはできない……)
所々大きく崩れ、窓や開き戸のほとんどから火が吹き出し、燃え盛る屋敷を前にして分かる。
三人がもし生きているのならば、さぞ辛いだろう。
煙に巻かれて苦しい思いをしていることだろう。
もはや一刻の猶予もない。
今までのことを思い返す。
枯れたと思っていた木が花をつけ、ユリウスの致命傷を跡形もなく治したあの力──。
時の魔力を使えば、屋敷内で怪我をしてるであろう三人を癒し、屋敷を火事が起こる前に戻すことができる。
しかし、火がこれだけ大きくなった今、ハイベルク家の関係者だけでなく近隣に住む貴族たちも集まってきている。
そんな人だかりの前で、この力を披露したらどうなるか──リーゼロッテは思い直すように首を振った。
(……私に……私にしかできないこと……)
彼女はナターリエから離れると、ユリウスに歩み寄った。
「……ユリウス様、私に魔力をいただけませんか」
「リーゼ……?」
深海色の瞳が揺るぎない光を帯び、彼の白い顔を真剣に見つめている。
彼女が何を決意したのか、瞬時に理解したユリウスは、それを拒否するように後ずさった。
「私が、三人を救います」
「…………分かった」
真っ直ぐなその瞳に、ユリウスは躊躇したものの頷いた。
──リーゼの決心の通り、火事と救助を同時にするには時の魔力しかないと彼も思っていたからだ。
「……申し訳ございません」
「……謝る必要なんてない。リーゼが決めたのなら……」
少ない言葉でも、二人は理解していた。
見つめ合う二人の間に、寂寥が流れる。
ゆっくりと近づいた彼らは短く口付けを交わした。
見る者には一瞬の出来事でも、リーゼロッテの魔力が満たされるには十分だった。
「愛しています……今も、これからも」
唇を離したリーゼロッテは囁くと、屋敷に近づいていく。
彼女が近づくにつれ、火事の熱気でやられた植物たちは生き生きとしていき、黒い煤が消え、炎が弱まっていく。
屋敷の目の前にたどり着いた彼女は、水間砲を放っていた貴族たちを下がらせると、祈るように胸の前で手を組み合わせた。
瞬間、リーゼロッテを中心に金色に輝く魔力が放たれる。
屋敷全体を包んだ光が、炎の揺らめきと相まってさらに眩く輝き始めた。
「これは……」
「この光は……?」
「見ろ! 屋敷が!」
周囲がにわかに騒ぎ始める。
「火が消えて…………いや、元に戻っていく……?!」
「俺の火傷も治ったぞ……!?」
屋敷は見る見るうちに火事になる前の姿に元に戻った。
皆一様に不思議がる中、ユリウスだけが沈痛な面持ちで彼女を見つめていた。
「リーゼロッテ……あなた一体……?」
金色の光が収まる頃、ナターリエはリーゼロッテに駆け寄った。
振り返ったリーゼロッテは混沌とした闇夜の中で未だ淡い光を宿し、憂いを帯びたその微笑みはその場にいる誰もに聖なる御使のような印象を与えた。
「聖女だ……聖女様だ!」
誰かの叫びに呼応して、皆口々にリーゼロッテを褒めそやす。
ある者は拝むように手を合わし、ある者は神々しい姿を見て涙する。
誰も彼もが彼女を聖女として認め、崇められれば崇められるほど、リーゼロッテの気持ちは沈んでいった。
「……アンゼルムを探してください。三人ともまだ、この中にいると思います」
ナターリエに告げると、急激に襲われた眠気にリーゼロッテはその場に膝をつきかけた。
「ユリウス様……」
ユリウスに抱き上げられた彼女は、うとうとと大きな瞳を閉じては開く。
どうやら体力の限界を超えたらしい。
「……リーゼ……よくやった。ゆっくり、休んでくれ……」
彼の声に安心したように息をつくと、彼女はゆっくりと瞳を閉じた。
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