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4章.妹君と辺境伯は揺れ動く
118.二人は反対される②
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「リーゼロッテとの婚約の件ですが、大変申し訳ない。白紙とさせていただきたい」
皆が席につき食事会が始まるかといったところで、ベンドリックの言葉にその場の誰もが凍りついた。
「お父様……!?」
「あなた、そんな話は……!」
リーゼロッテと継母のナターリエがほぼ同時に戸惑いの声を上げる。
咄嗟にナターリエが自分の口を押さえたのをユリウスは冷静に一瞥すると、ヘンドリックに視線を戻した。
「……その理由を伺いたい」
「…………」
若干の怒気を孕んだ紫電の瞳をヘンドリックは沈黙で受け止める。
その表情は変わらず無表情で、どこか刺々しい視線をユリウスに向けている。
「娘はこの通り、不出来な娘です。辺境伯の妻になどとても……」
「不出来だなど。彼女は奉公人としても婚約者候補としても申し分のない仕事をしてくれていました。彼女のような芯のある女性と私は夫婦になりたいと思っております」
ユリウスはリーゼロッテに一瞬優しく微笑むと、丁寧に、しかし有無を言わせぬ口調で彼に反論する。
それを見て、ナターリエが「まぁ……」とため息にも似た小さな感嘆を上げたが、それは誰にも聞こえなかった。
辺境伯は本来、伯爵より上だ。
よってユリウスがヘンドリックに敬語を使う必要はない。
しかし彼は、婚約するのならば一定の筋は通したい、と考えていた。
そんなユリウスの気も知らず、ヘンドリックは微かに首を振った。
「いえ、元々は娘の不始末でそちらに伺わせた身でございます。いくら聖女から許されたとはいえ英雄の妻が罪人など、外聞が悪すぎます」
「彼女はやっていない」
強く断言したユリウスの言葉に、ヘンドリックは神経質そうな眉をぴくりと動かした。
反論されたことを煩わしく思う苦い表情、というよりは、どこか意外なものを見つけたような顔だ。
あるいは怪訝、ともいうべきか。
「……共に過ごす中でそう確信いたしました。外聞など関係ない」
「あら、なら私がやった、ということでございますか?」
それまで黙っていたディートリンデが高圧的な声を上げた。
リーゼロッテに瓜二つの彼女は、ユリウスをやんわりと睨め付ける。
そのどこか獲物を捕らえ恍惚とした蛇のような視線に、リーゼロッテは危機感を覚えた。
「……ディートリンデ、やめないか」
「お父様、娘が侮辱されててお黙りなりますの?」
「話がややこしくなる。今は黙れ」
諫めるのも心底煩わしい、といった声色でヘンドリックは彼女を制止する。
ユリウスに向けた視線はそのままに、彼女は肩をすくませた。
口元にはいつもの美しい笑みが浮かぶ。
彼女の邪な考えが一瞬、リーゼロッテの頭をかすめ思わず身震いした。
「娘が失礼いたしました」
「……とにかく、今挙げた理由は急に婚約を撤回するほどの理由ではない」
感情のこもらない声で謝罪したヘンドリックに、ユリウスは鋭い声を上げる。
「……ですが、もう、この子には修道院に入らせると決めたのです。あれだけのことをしておいて社交界、しかも地位あるお方の妻に収まるなど許されることではありませんから」
「お父様、ですが……」
「リーゼロッテ、お前もいいな?」
「…………」
抗議の声を上げたリーゼロッテだったが、威圧的な父の態度に閉口し、俯いた。
ヘンドリックがこのように意見を促すときはもう、決定されたことなのだ。
重々しい沈黙が落ちた。
「……明朝、私は仕事でここを発ちます。御車代をお出ししますので、御容赦ください」
おもむろにヘンドリックは立ち上がると、冷めた視線をユリウスに送る。
金は出すから娘は置いて帰れ、ということだと、その場にいる誰もが理解した。
ユリウスの視線が厳しくなる。
「私は仕事がありますので、これにて失礼いたします」
「あなた」
ナターリエが止めるのも聞かず、ヘンドリックは出て行った。
再び沈黙が落ちる。
「……当主が大変失礼いたしました。きっと娘が取られるようで照れているのだと思います。今日は我が家の料理人が腕によりをかけて作った料理をお召し上がりください」
仕切り直すようにナターリエがとりなしたが、主宰者を失った食事会は重苦しい空気のまま終了した。
皆が席につき食事会が始まるかといったところで、ベンドリックの言葉にその場の誰もが凍りついた。
「お父様……!?」
「あなた、そんな話は……!」
リーゼロッテと継母のナターリエがほぼ同時に戸惑いの声を上げる。
咄嗟にナターリエが自分の口を押さえたのをユリウスは冷静に一瞥すると、ヘンドリックに視線を戻した。
「……その理由を伺いたい」
「…………」
若干の怒気を孕んだ紫電の瞳をヘンドリックは沈黙で受け止める。
その表情は変わらず無表情で、どこか刺々しい視線をユリウスに向けている。
「娘はこの通り、不出来な娘です。辺境伯の妻になどとても……」
「不出来だなど。彼女は奉公人としても婚約者候補としても申し分のない仕事をしてくれていました。彼女のような芯のある女性と私は夫婦になりたいと思っております」
ユリウスはリーゼロッテに一瞬優しく微笑むと、丁寧に、しかし有無を言わせぬ口調で彼に反論する。
それを見て、ナターリエが「まぁ……」とため息にも似た小さな感嘆を上げたが、それは誰にも聞こえなかった。
辺境伯は本来、伯爵より上だ。
よってユリウスがヘンドリックに敬語を使う必要はない。
しかし彼は、婚約するのならば一定の筋は通したい、と考えていた。
そんなユリウスの気も知らず、ヘンドリックは微かに首を振った。
「いえ、元々は娘の不始末でそちらに伺わせた身でございます。いくら聖女から許されたとはいえ英雄の妻が罪人など、外聞が悪すぎます」
「彼女はやっていない」
強く断言したユリウスの言葉に、ヘンドリックは神経質そうな眉をぴくりと動かした。
反論されたことを煩わしく思う苦い表情、というよりは、どこか意外なものを見つけたような顔だ。
あるいは怪訝、ともいうべきか。
「……共に過ごす中でそう確信いたしました。外聞など関係ない」
「あら、なら私がやった、ということでございますか?」
それまで黙っていたディートリンデが高圧的な声を上げた。
リーゼロッテに瓜二つの彼女は、ユリウスをやんわりと睨め付ける。
そのどこか獲物を捕らえ恍惚とした蛇のような視線に、リーゼロッテは危機感を覚えた。
「……ディートリンデ、やめないか」
「お父様、娘が侮辱されててお黙りなりますの?」
「話がややこしくなる。今は黙れ」
諫めるのも心底煩わしい、といった声色でヘンドリックは彼女を制止する。
ユリウスに向けた視線はそのままに、彼女は肩をすくませた。
口元にはいつもの美しい笑みが浮かぶ。
彼女の邪な考えが一瞬、リーゼロッテの頭をかすめ思わず身震いした。
「娘が失礼いたしました」
「……とにかく、今挙げた理由は急に婚約を撤回するほどの理由ではない」
感情のこもらない声で謝罪したヘンドリックに、ユリウスは鋭い声を上げる。
「……ですが、もう、この子には修道院に入らせると決めたのです。あれだけのことをしておいて社交界、しかも地位あるお方の妻に収まるなど許されることではありませんから」
「お父様、ですが……」
「リーゼロッテ、お前もいいな?」
「…………」
抗議の声を上げたリーゼロッテだったが、威圧的な父の態度に閉口し、俯いた。
ヘンドリックがこのように意見を促すときはもう、決定されたことなのだ。
重々しい沈黙が落ちた。
「……明朝、私は仕事でここを発ちます。御車代をお出ししますので、御容赦ください」
おもむろにヘンドリックは立ち上がると、冷めた視線をユリウスに送る。
金は出すから娘は置いて帰れ、ということだと、その場にいる誰もが理解した。
ユリウスの視線が厳しくなる。
「私は仕事がありますので、これにて失礼いたします」
「あなた」
ナターリエが止めるのも聞かず、ヘンドリックは出て行った。
再び沈黙が落ちる。
「……当主が大変失礼いたしました。きっと娘が取られるようで照れているのだと思います。今日は我が家の料理人が腕によりをかけて作った料理をお召し上がりください」
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