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3章.妹君と少年伯は通じ合う
85.妹君は対峙する③
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──彼女の言葉は最後まで聞けず、瞬きのように視界が一瞬暗転すると、ハイベルク家の庭は消えた。
「……リーゼロッテ様? ちゃんと聞いてましたか?」
険のある耳障りな声が響き、リーゼロッテはそちら──ダクマーの方へ顔を向けた。
腕組みをした彼女は鉄格子の向こうで細く神経質な眉を吊り上げていた。
段々とリーゼロッテは思い出してきた。
あれから捕らえられた彼女らは幌馬車に揺られた。
気を失ったザシャはヒトの姿にすぐに戻り、身につけている間は獣にならないという特殊な枷を手足にはめられた。
外の景色も幌に遮られ、どこを通っているかもわからず、やっと馬車が止まったと思った時にはもう外は桶をひっくり返したような雨が降っていた。
そうして連れられてきたのはどこかの貴族の屋敷の地下牢だった。
暗く、湿っぽく、黴びた匂いが呼吸するたびに鼻につく。
ザシャは気を失ったまま、牢の角に立てかけられるように座らされていた。
傷の手当ては受けたが体力の消耗が激しかったらしく、不自然な体制で寝かされているにもかかわらず彼は身動き一つしない。
「ここは……」
「先ほどの説明お聞きになられなかったようですわね」
大きくため息をついた彼女は、小馬鹿にしたような視線を向けた。
「いいですわ。特別にもう一度、お教えしましょう。ここはリデル家の別荘ですわ」
「リデル……ボニファーツ様の?」
「ええ。そのボニファーツ様が、リーゼロッテ様とぜひお会いしたいということで、ここにお連れさせていただきました」
さも当然のように意味のわからない説明する彼女に、リーゼロッテは総毛立つ思いだった。
会いたいから無理やり連れてくる。
しかもザシャやリデル家の配下を傷つけてまで。
その考えがリーゼロッテには全く理解ができなかった。
理解はできないがひとつだけ、自分やザシャはただでは置かれないことだけは分かった。
「なぜ……なぜこんな、誘拐じみたことを」
「決まっているでしょう? あの辺境伯は元婚約者のボニファーツ様とリーゼロッテ様の逢引などお許しになられるはずがない。私でさえ威嚇されたのですもの。ボニファーツ様がご無事で済むはずがない。ならばこうするしかありませんわよね?」
「……だからって……あ、あり得ない、です。こんな、こんなことをして……」
震える声で懸命に抗議の声を上げるが、それすら嘲笑うかのようにダクマーはその大きな口の端をにぃ、と上げた。
「許されるはずがない、ですか? 許されない、誰が誰に?」
「……それ、は……」
リーゼロッテの脳裏にユリウスが強く、鮮明に浮かぶ。
しかし彼はこの場にはいない。
むしろ彼女がいなくなったことすらまだ気づいていないかもしれない。
仮に気づいていたとしても、何もなしにここまでたどり着くなどあのユリウスであっても不可能なことに思えた。
リーゼロッテは唇をきゅっと結んだ。
「では私、そろそろハイベルク家に戻りますわ。ディートリンデ様にご報告しませんと」
ダクマーは勝ち誇ったような笑みを浮かべると、大股で扉へと向かっていく。
「ダクマー! 待ってください!」
リーゼロッテが引き止めるのも聞かず、ずんずんと進み、扉に手をかけた彼女は思い出したかのように振り返った。
「あ、そうそう……そちらの汚らわしい人狼、興奮剤を大量に吸い込んでいるはずですわ。目覚めたらもしかしたら、リーゼロッテ様を襲うかもしれませんね。ヒトの姿でも強い、と伝説では言われてましたし、ね?」
嘲るような口調の彼女に、リーゼロッテは一度目を瞑ると、
「……そんなことは彼は絶対にしません」
と強い口調で返した。
それを強がりだ、負け惜しみだ、と解釈したダクマーは「どうだか」と鼻を鳴らして扉を閉めた。
「……リーゼロッテ様? ちゃんと聞いてましたか?」
険のある耳障りな声が響き、リーゼロッテはそちら──ダクマーの方へ顔を向けた。
腕組みをした彼女は鉄格子の向こうで細く神経質な眉を吊り上げていた。
段々とリーゼロッテは思い出してきた。
あれから捕らえられた彼女らは幌馬車に揺られた。
気を失ったザシャはヒトの姿にすぐに戻り、身につけている間は獣にならないという特殊な枷を手足にはめられた。
外の景色も幌に遮られ、どこを通っているかもわからず、やっと馬車が止まったと思った時にはもう外は桶をひっくり返したような雨が降っていた。
そうして連れられてきたのはどこかの貴族の屋敷の地下牢だった。
暗く、湿っぽく、黴びた匂いが呼吸するたびに鼻につく。
ザシャは気を失ったまま、牢の角に立てかけられるように座らされていた。
傷の手当ては受けたが体力の消耗が激しかったらしく、不自然な体制で寝かされているにもかかわらず彼は身動き一つしない。
「ここは……」
「先ほどの説明お聞きになられなかったようですわね」
大きくため息をついた彼女は、小馬鹿にしたような視線を向けた。
「いいですわ。特別にもう一度、お教えしましょう。ここはリデル家の別荘ですわ」
「リデル……ボニファーツ様の?」
「ええ。そのボニファーツ様が、リーゼロッテ様とぜひお会いしたいということで、ここにお連れさせていただきました」
さも当然のように意味のわからない説明する彼女に、リーゼロッテは総毛立つ思いだった。
会いたいから無理やり連れてくる。
しかもザシャやリデル家の配下を傷つけてまで。
その考えがリーゼロッテには全く理解ができなかった。
理解はできないがひとつだけ、自分やザシャはただでは置かれないことだけは分かった。
「なぜ……なぜこんな、誘拐じみたことを」
「決まっているでしょう? あの辺境伯は元婚約者のボニファーツ様とリーゼロッテ様の逢引などお許しになられるはずがない。私でさえ威嚇されたのですもの。ボニファーツ様がご無事で済むはずがない。ならばこうするしかありませんわよね?」
「……だからって……あ、あり得ない、です。こんな、こんなことをして……」
震える声で懸命に抗議の声を上げるが、それすら嘲笑うかのようにダクマーはその大きな口の端をにぃ、と上げた。
「許されるはずがない、ですか? 許されない、誰が誰に?」
「……それ、は……」
リーゼロッテの脳裏にユリウスが強く、鮮明に浮かぶ。
しかし彼はこの場にはいない。
むしろ彼女がいなくなったことすらまだ気づいていないかもしれない。
仮に気づいていたとしても、何もなしにここまでたどり着くなどあのユリウスであっても不可能なことに思えた。
リーゼロッテは唇をきゅっと結んだ。
「では私、そろそろハイベルク家に戻りますわ。ディートリンデ様にご報告しませんと」
ダクマーは勝ち誇ったような笑みを浮かべると、大股で扉へと向かっていく。
「ダクマー! 待ってください!」
リーゼロッテが引き止めるのも聞かず、ずんずんと進み、扉に手をかけた彼女は思い出したかのように振り返った。
「あ、そうそう……そちらの汚らわしい人狼、興奮剤を大量に吸い込んでいるはずですわ。目覚めたらもしかしたら、リーゼロッテ様を襲うかもしれませんね。ヒトの姿でも強い、と伝説では言われてましたし、ね?」
嘲るような口調の彼女に、リーゼロッテは一度目を瞑ると、
「……そんなことは彼は絶対にしません」
と強い口調で返した。
それを強がりだ、負け惜しみだ、と解釈したダクマーは「どうだか」と鼻を鳴らして扉を閉めた。
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