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1章.妹君は少年伯と出会う

17.妹君は思案する②

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「もうっ! なんなのよ!!」

 ハイベルク伯爵家の一室、ディートリンデの自室にがしゃん、と何かが割れる音と共にヒステリックな声がこだました。

 元々高飛車なところはあったが、聖女迫害の件で自宅謹慎を命じられてからは輪をかけて酷い。

 一日数回、癇癪かんしゃくを起こし、そのうち一回は食事をはたき落とす。

 大方、妹が罪を認めたら自分は以前と同じように、自由に振る舞えると思っていたその反動だろう。

 ディートリンデ付きのメイド、コルドゥラはまたか、と内心ため息をつきながら破片を集め始めた。

 娘二人に聖女迫害の容疑をかけられているハイベルク家は針のむしろ……かと思いきや実はそうでもない。

 少なくともここ数日、コルドゥラや他の使用人たちの体感的には、騒動が起こる前とあまり変わってないように思えた。

 それもこれも犯人を絞り込めない王家が聖女迫害を正式に発表できずにいることと、ディートリンデが謹慎していること、犯人かもしれない素行の悪い妹を辺境伯送りにした事実から、世間が積極的に責めにくい状況になっているおかげだろう。

 むしろ二人ともが、犯人は自分ではないと言っていることでこの状況を生み出せているとも言えた。

 これでどちらかが認めてしまえば刑に処され、ハイベルク家は確実に没落する。王太子との婚約も確実に消える。

 それどころか爵位剥奪もあり得るだろう。没落寸前で踏みとどまっている──それがハイベルク家の現状であった。

 リーゼロッテは図らずも、ディートリンデやハイベルク家にとって一番マシな選択をしていたのだ。

(ディートリンデ様はリーゼロッテ様に助けられていると気付いてないのよね。ホント、ことだわ)

 王太子へは婚前儀式の延期を申し入れたらしいが、それも些末なことだろう。

 犯人である証明ができないのならば、疑いは晴れないものの婚約さえ維持できればチャンスは巡ってくる。

 謹慎明け後に儀式を執り行い、聖女の庇護をフリッツ以外の者に任せればいいだけの話だ。

(問題の双子を社交界から一時的に引かせる。御当主の判断は間違ってはいない……が)

 コルドゥラは表情一つ変えずに黙々と皿を片付け続ける。

 使用人の間では、常に自分が一番でなくては気が済まないディートリンデが、王太子の庇護下にある聖女に嫉妬したのでは、という噂が密かに流れていた。

 コルドゥラ自身もそう思っている。自分の主人ならやりかねないと。

(なにも知らないのは親ばかり、とはよく言ったものね)

 とはいえ、それをヘンドリックに進言したところで弁の立つこの我儘令嬢のことだ。

 下手したら自分の首が飛ぶ。

 彼女にできることは、ただ黙って主人の命令に従うことだけだった。

「まったく……あの子があの時ちゃんとやっててくれれば私が謹慎なんて……なんで私まで……!」

 恨み言と共に爪を噛む音が聞こえてくる。

 無意識の行動だろうか、その貴族令嬢らしからぬ悪癖にコルドゥラは微かに眉をひそめた。

 前からそうだ。この令嬢はどこかおかしい。

 外面だけは完璧で皆に慕われる王太子の婚約者なのに、家の中では傍若無人な暴君だ。

 それも外で気を張っている反動で八つ当たりされるならばまだ納得できる。

 ところが外でも何かをしでかす。しかもそれが聖女迫害などという罪で、妹に罪を着せたとなれば話は別だ。

(もしかしたらその他のことも全てディートリンデ様の仕業では……?)

 そう思わずにはいられない。

 片付け終わったところで顔を上げると、ディートリンデの美しい横顔が目に入った。

 口元が大きく歪み、瞳が狂気でキラキラと輝いていた。

「……ねぇ、そこのあなた」

 猫撫で声でゆっくりとコルドゥラの方を向いた。

 その視線を真正面から受けたくなくて、彼女は視線と頭を少し下げた。

「はい、ディートリンデ様」

「その名で呼ばないでって言ったでしょ?」

 イラついたように早口になるディートリンデに、コルドゥラは肩を震わせた。「申し訳ございません、お嬢様」とすぐさま謝罪した。

 そっくりな妹がいるにも関わらず、いつのころからかこの令嬢は自分の名前を呼ばれ区別されるのを酷く嫌っていた。

「……ま、いいわ。ダクマーを呼んで頂戴」

「……はい、かしこまりました」

 頭を下げ、割れた食器と一口も手をつけられなかった料理と共に部屋を出た。

(ダクマー……ということはなにかまたやるつもりなのね)

 リーゼロッテへの嫌がらせに陰ながら加担していた者の筆頭である名前に、コルドゥラは心底疲れたようにため息をついた。

 一方、彼女が去った後、ディートリンデは新しいおもちゃを見つけたような無邪気な笑みを浮かべていた。

 その手に亡き母の形見である翡翠ひすいの指輪を転がしながら──。
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