17 / 231
1章.妹君は少年伯と出会う
17.妹君は思案する②
しおりを挟む
「もうっ! なんなのよ!!」
ハイベルク伯爵家の一室、ディートリンデの自室にがしゃん、と何かが割れる音と共にヒステリックな声がこだました。
元々高飛車なところはあったが、聖女迫害の件で自宅謹慎を命じられてからは輪をかけて酷い。
一日数回、癇癪を起こし、そのうち一回は食事をはたき落とす。
大方、妹が罪を認めたら自分は以前と同じように、自由に振る舞えると思っていたその反動だろう。
ディートリンデ付きのメイド、コルドゥラはまたか、と内心ため息をつきながら破片を集め始めた。
娘二人に聖女迫害の容疑をかけられているハイベルク家は針の筵……かと思いきや実はそうでもない。
少なくともここ数日、コルドゥラや他の使用人たちの体感的には、騒動が起こる前とあまり変わってないように思えた。
それもこれも犯人を絞り込めない王家が聖女迫害を正式に発表できずにいることと、ディートリンデが謹慎していること、犯人かもしれない素行の悪い妹を辺境伯送りにした事実から、世間が積極的に責めにくい状況になっているおかげだろう。
むしろ二人ともが、犯人は自分ではないと言っていることでこの状況を生み出せているとも言えた。
これでどちらかが認めてしまえば刑に処され、ハイベルク家は確実に没落する。王太子との婚約も確実に消える。
それどころか爵位剥奪もあり得るだろう。没落寸前で踏みとどまっている──それがハイベルク家の現状であった。
リーゼロッテは図らずも、ディートリンデやハイベルク家にとって一番マシな選択をしていたのだ。
(ディートリンデ様はリーゼロッテ様に助けられていると気付いてないのよね。ホント、おいたわしいことだわ)
王太子へは婚前儀式の延期を申し入れたらしいが、それも些末なことだろう。
犯人である証明ができないのならば、疑いは晴れないものの婚約さえ維持できればチャンスは巡ってくる。
謹慎明け後に儀式を執り行い、聖女の庇護をフリッツ以外の者に任せればいいだけの話だ。
(問題の双子を社交界から一時的に引かせる。御当主の判断は間違ってはいない……が)
コルドゥラは表情一つ変えずに黙々と皿を片付け続ける。
使用人の間では、常に自分が一番でなくては気が済まないディートリンデが、王太子の庇護下にある聖女に嫉妬したのでは、という噂が密かに流れていた。
コルドゥラ自身もそう思っている。自分の主人ならやりかねないと。
(なにも知らないのは親ばかり、とはよく言ったものね)
とはいえ、それをヘンドリックに進言したところで弁の立つこの我儘令嬢のことだ。
下手したら自分の首が飛ぶ。
彼女にできることは、ただ黙って主人の命令に従うことだけだった。
「まったく……あの子があの時ちゃんとやっててくれれば私が謹慎なんて……なんで私まで……!」
恨み言と共に爪を噛む音が聞こえてくる。
無意識の行動だろうか、その貴族令嬢らしからぬ悪癖にコルドゥラは微かに眉をひそめた。
前からそうだ。この令嬢はどこかおかしい。
外面だけは完璧で皆に慕われる王太子の婚約者なのに、家の中では傍若無人な暴君だ。
それも外で気を張っている反動で八つ当たりされるならばまだ納得できる。
ところが外でも何かをしでかす。しかもそれが聖女迫害などという罪で、妹に罪を着せたとなれば話は別だ。
(もしかしたらその他のことも全てディートリンデ様の仕業では……?)
そう思わずにはいられない。
片付け終わったところで顔を上げると、ディートリンデの美しい横顔が目に入った。
口元が大きく歪み、瞳が狂気でキラキラと輝いていた。
「……ねぇ、そこのあなた」
猫撫で声でゆっくりとコルドゥラの方を向いた。
その視線を真正面から受けたくなくて、彼女は視線と頭を少し下げた。
「はい、ディートリンデ様」
「その名で呼ばないでって言ったでしょ?」
イラついたように早口になるディートリンデに、コルドゥラは肩を震わせた。「申し訳ございません、お嬢様」とすぐさま謝罪した。
そっくりな妹がいるにも関わらず、いつのころからかこの令嬢は自分の名前を呼ばれ区別されるのを酷く嫌っていた。
「……ま、いいわ。ダクマーを呼んで頂戴」
「……はい、かしこまりました」
頭を下げ、割れた食器と一口も手をつけられなかった料理と共に部屋を出た。
(ダクマー……ということはなにかまたやるつもりなのね)
リーゼロッテへの嫌がらせに陰ながら加担していた者の筆頭である名前に、コルドゥラは心底疲れたようにため息をついた。
一方、彼女が去った後、ディートリンデは新しいおもちゃを見つけたような無邪気な笑みを浮かべていた。
その手に亡き母の形見である翡翠の指輪を転がしながら──。
ハイベルク伯爵家の一室、ディートリンデの自室にがしゃん、と何かが割れる音と共にヒステリックな声がこだました。
元々高飛車なところはあったが、聖女迫害の件で自宅謹慎を命じられてからは輪をかけて酷い。
一日数回、癇癪を起こし、そのうち一回は食事をはたき落とす。
大方、妹が罪を認めたら自分は以前と同じように、自由に振る舞えると思っていたその反動だろう。
ディートリンデ付きのメイド、コルドゥラはまたか、と内心ため息をつきながら破片を集め始めた。
娘二人に聖女迫害の容疑をかけられているハイベルク家は針の筵……かと思いきや実はそうでもない。
少なくともここ数日、コルドゥラや他の使用人たちの体感的には、騒動が起こる前とあまり変わってないように思えた。
それもこれも犯人を絞り込めない王家が聖女迫害を正式に発表できずにいることと、ディートリンデが謹慎していること、犯人かもしれない素行の悪い妹を辺境伯送りにした事実から、世間が積極的に責めにくい状況になっているおかげだろう。
むしろ二人ともが、犯人は自分ではないと言っていることでこの状況を生み出せているとも言えた。
これでどちらかが認めてしまえば刑に処され、ハイベルク家は確実に没落する。王太子との婚約も確実に消える。
それどころか爵位剥奪もあり得るだろう。没落寸前で踏みとどまっている──それがハイベルク家の現状であった。
リーゼロッテは図らずも、ディートリンデやハイベルク家にとって一番マシな選択をしていたのだ。
(ディートリンデ様はリーゼロッテ様に助けられていると気付いてないのよね。ホント、おいたわしいことだわ)
王太子へは婚前儀式の延期を申し入れたらしいが、それも些末なことだろう。
犯人である証明ができないのならば、疑いは晴れないものの婚約さえ維持できればチャンスは巡ってくる。
謹慎明け後に儀式を執り行い、聖女の庇護をフリッツ以外の者に任せればいいだけの話だ。
(問題の双子を社交界から一時的に引かせる。御当主の判断は間違ってはいない……が)
コルドゥラは表情一つ変えずに黙々と皿を片付け続ける。
使用人の間では、常に自分が一番でなくては気が済まないディートリンデが、王太子の庇護下にある聖女に嫉妬したのでは、という噂が密かに流れていた。
コルドゥラ自身もそう思っている。自分の主人ならやりかねないと。
(なにも知らないのは親ばかり、とはよく言ったものね)
とはいえ、それをヘンドリックに進言したところで弁の立つこの我儘令嬢のことだ。
下手したら自分の首が飛ぶ。
彼女にできることは、ただ黙って主人の命令に従うことだけだった。
「まったく……あの子があの時ちゃんとやっててくれれば私が謹慎なんて……なんで私まで……!」
恨み言と共に爪を噛む音が聞こえてくる。
無意識の行動だろうか、その貴族令嬢らしからぬ悪癖にコルドゥラは微かに眉をひそめた。
前からそうだ。この令嬢はどこかおかしい。
外面だけは完璧で皆に慕われる王太子の婚約者なのに、家の中では傍若無人な暴君だ。
それも外で気を張っている反動で八つ当たりされるならばまだ納得できる。
ところが外でも何かをしでかす。しかもそれが聖女迫害などという罪で、妹に罪を着せたとなれば話は別だ。
(もしかしたらその他のことも全てディートリンデ様の仕業では……?)
そう思わずにはいられない。
片付け終わったところで顔を上げると、ディートリンデの美しい横顔が目に入った。
口元が大きく歪み、瞳が狂気でキラキラと輝いていた。
「……ねぇ、そこのあなた」
猫撫で声でゆっくりとコルドゥラの方を向いた。
その視線を真正面から受けたくなくて、彼女は視線と頭を少し下げた。
「はい、ディートリンデ様」
「その名で呼ばないでって言ったでしょ?」
イラついたように早口になるディートリンデに、コルドゥラは肩を震わせた。「申し訳ございません、お嬢様」とすぐさま謝罪した。
そっくりな妹がいるにも関わらず、いつのころからかこの令嬢は自分の名前を呼ばれ区別されるのを酷く嫌っていた。
「……ま、いいわ。ダクマーを呼んで頂戴」
「……はい、かしこまりました」
頭を下げ、割れた食器と一口も手をつけられなかった料理と共に部屋を出た。
(ダクマー……ということはなにかまたやるつもりなのね)
リーゼロッテへの嫌がらせに陰ながら加担していた者の筆頭である名前に、コルドゥラは心底疲れたようにため息をついた。
一方、彼女が去った後、ディートリンデは新しいおもちゃを見つけたような無邪気な笑みを浮かべていた。
その手に亡き母の形見である翡翠の指輪を転がしながら──。
1
お気に入りに追加
2,525
あなたにおすすめの小説
呪われ令嬢、王妃になる
八重
恋愛
「シェリー、お前とは婚約破棄させてもらう」
「はい、承知しました」
「いいのか……?」
「ええ、私の『呪い』のせいでしょう?」
シェリー・グローヴは自身の『呪い』のせいで、何度も婚約破棄される29歳の侯爵令嬢。
家族にも邪魔と虐げられる存在である彼女に、思わぬ婚約話が舞い込んできた。
「ジェラルド・ヴィンセント王から婚約の申し出が来た」
「──っ!?」
若き33歳の国王からの婚約の申し出に戸惑うシェリー。
だがそんな国王にも何やら思惑があるようで──
自身の『呪い』を気にせず溺愛してくる国王に、戸惑いつつも段々惹かれてそして、成長していくシェリーは、果たして『呪い』に打ち勝ち幸せを掴めるのか?
一方、今まで虐げてきた家族には次第に不幸が訪れるようになり……。
★この作品の特徴★
展開早めで進んでいきます。ざまぁの始まりは16話からの予定です。主人公であるシェリーとヒーローのジェラルドのラブラブや切ない恋の物語、あっと驚く、次が気になる!を目指して作品を書いています。
※小説家になろう先行公開中
※他サイトでも投稿しております(小説家になろうにて先行公開)
※アルファポリスにてホットランキングに載りました
※小説家になろう 日間異世界恋愛ランキングにのりました(初ランクイン2022.11.26)
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?
なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」
顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される
大きな傷跡は残るだろう
キズモノのとなった私はもう要らないようだ
そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ
そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった
このキズの謎を知ったとき
アルベルト王子は永遠に後悔する事となる
永遠の後悔と
永遠の愛が生まれた日の物語
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~
平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。
ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。
ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。
保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。
周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。
そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。
そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる