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1章.妹君は少年伯と出会う

14.妹君は笑わせた①

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 病床のユリウスの世話係というのは、一言で言えばかなり神経をすり減らす仕事だった。

 戦争の英雄といえど、一度ひとたびこうなってしまっては腕を上げることすら難しいという。

 当然呼び鈴を鳴らすこともできない。

 食事は受け付けず水分のみで、下世話な話だが、下の世話や力仕事は従僕のロルフがする。それ以外の仕事がリーゼロッテの担当だが、それが二、三日昼夜問わず続くという。

 その間リーゼロッテは昼はユリウスの部屋で、夜は隣の部屋で扉を開けて過ごさなければならなかった。

(嫁入り前に付きっきりで男性のお世話……いいえ、奉公に来てるのだから当たり前よ。ご主人様のお役に立たなければ)

 そんなリーゼロッテの複雑な心情をおもんばかってか、倒れた翌朝、水を飲み終えた彼は珍しく声をかけた。

「来て早々、すまない。奉公人とは言え、ご令嬢にこんなことをさせるつもりはなかった。いつもならロルフに全て任せているところなのだが、デボラにああ言われるとな」

 許してやってくれ、と申し訳なさそうに頭を下げるユリウスに、リーゼロッテは彼の身体を起こしながら慌ててかぶりを振った。

「い、いいえっ、そんな……ご主人様がお気になさるところではございません。私はご主人様に仕える奉公人、いえ、使用人なのですから、好きに使ってくださって構わないのです」

 リーゼロッテのどこか必死さを感じさせる様子に、ユリウスは少し困ったようにふっと笑った。

 陶器のように白い肌に、花が咲いたような華やかさを彼女は感じ、その眩しさから彼の顔を直視できない。

(ご主人様が笑った……いえ、人間なのだから笑わないわけがないけど、初めて、かも……)

 どぎまぎする彼女の表情を確かめるように、ゆっくりと勿体もったいぶった動作で彼女の顔を覗き込む。

「そのメイド服、よく似合っている」

「は、い……デボラさんに繕っていただきました。それもこれもご主人様が気にかけてくださったおかげです。ありがとうございます」

 リーゼロッテは頭を下げるが、ユリウスは「むう」と唸り、どこか不満げな表情だ。

 しばらく思案した彼は、少し言いにくそうに切り出した。

「……リーゼ。ご主人様はやめてほしい。ユリウスと呼べ」

「は、はい……かしこまりました……?」

(最初に好きに呼べ、とおっしゃってたような……?)

 頭の上に疑問符が浮かんでいる彼女をよそに、ユリウスは満足げに「よろしい」と口端を上げた。

 珍しく饒舌じょうぜつな彼に対していささか疑問が浮かぶが、こちらの緊張をほぐしてくれてるのかもしれない、とリーゼロッテは少し嬉しく思った。

 と、思ったらすぐに笑みは消え、硬い口調が飛んでくる。

「現状を把握したい。デボラからはどこまで聞いてる」

「現状……とは使用人の仕事についてでしょうか?」

 ユリウスは首を振った。首から上の簡単な動作ならばできるようだ。

「それについては大体把握できている。私の病状についてだ。どこまで聞いた」

 彼の瞳が鋭く光り、リーゼロッテは身体を小さく震わせた。

(そうだったわ。ユリウス様のお身体のことは社交界でも出回ってないお話のはず。しかもそれが辺境伯……国防にも関わる情報を、部外者の私が知っているとなればただじゃすまない……)

 最悪、死か失踪扱いで幽閉か──少なくとも、彼女の一番身近なハイベルク伯爵ならばそうするだろう。

 しかしそれもいいのかもしれない。

 リーゼロッテの目に諦めの色が浮かぶ。どうせ追放された身だ。遅かれ早かれ野垂れ死ぬ運命だ。

 ただその時がまさに目の前に来た、それだけのことだった。

 彼女はかいつまんで説明した。

「……そうか。わかった」

 ユリウスのいつも通りの短い返事がひときわ素っ気なく聞こえる。もうどうにでもなれ、むしろやるならひと思いにやってほしいという気持ちでいっぱいだった。

「わかっていると思うが、この話は他言無用だ」

「はい……」

 リーゼロッテはユリウスの二の句をじっと待つ。が、待てども待てどもその時はやってこない。

 彼は彼女の気など知らず、優雅に窓の外を眺めている。焦燥感がじわじわとせり上がってくる。

「あ、あの……っ」

「なんだ」

「その……こ、殺さないのですかっ……!?」

 勇気を出して振り絞った声に、ユリウスは「……は?」と間の抜けた音を発した。
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