ありがとう、さよなら

まる

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嘘吐き

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「The next station is~~」


揺れる電車の中

流れるアナウンス

ぎゅうぎゅうに押し潰されながら

満員電車の中から

秒速で流れていく外の景色を眺める


この車内でこんなに緊張しているのは私くらいだろう

心臓がバクバクと胸を打つ。

本当は逃げ帰りたい

そんな思いを胸に抱きながらも

電車に揺られ続けていた




『おう』

「やっほ」


待ち合わせ場所に後からやってきた彼に手を振る

自然に振る舞えただろうか

少し声が裏返って居なかっただろうか

心配と不安が胸をよぎる



『じゃあ、行くか』

「うん」




私は今日、この人に告げる


何を告げるのかって?


それはーー





"別れの言葉"




ーーーーーーーーー




食事を共にし、緊張しながらも普段通りを装い

いつも通りに会話し振る舞う。

別れを切り出されるなんて考えても居ないであろう彼に

私は罪悪感でいっぱいだった



何せ、今日別れを告げようと決めてきたのだから

伝えなくちゃいけない

緊張を抑えようと、落ち着かせようと一つ深呼吸。

目を閉じゆっくりと呼吸を整える


『てっきり俺、今日振られるんだと思ってたわ』


相手に先手を打たれてしまった私は固まった

そして、なんとか頭をフル回転させて出てきた言葉


「…な訳ないじゃん!振るのはいつもそっちでしょう」


『まぁ、確かに』


嗚呼、私はまた嘘を重ねてしまった

そしてせっかくの言い出すチャンスを逃してしまった

きっとぎこちない笑顔を浮かべて居たのだろう

彼はじっと見つめていた視線を逸らした。



あの目に見られると、私は本音が言えなくなる

確かに好きだし愛はある。

でもいつの間にやらそれよりも遥かに

恐怖の方が上回ってしまった




私の人生全てかけた彼との日常。

全てを彼の言う通りにして

どんなワガママでも受け入れて

自分の全てを捧げてきた

好きだから頑張ることができた

いつか

いつかきっと

この努力が報われる日が来る

そう信じて。






『まあでも違うなら良かったわ』



彼の安堵した表情にチクリと心が痛んだ

別に悲しませたい訳じゃない

だけれど私は雁字搦めの生活に疲弊してしまった

限界だった


"ごめんなさい"


心の中で呟く



今日こそは絶対に告げなきゃと思っていたのに

私はどうしてこんなにも弱いのだろうか




ーーーーーーーーー



そしてどうにか一日やり過ごした

と、思ったその時


『携帯貸して』


真顔で彼が訴えてくる

私はあの目に逆らえない。

恐る恐る携帯をポケットから出し

差し出してしまった


「別に何もないよ?」


平然を装い、嫌悪感を滲ませずに告げると

彼は私の携帯を取り上げて何やら操作を始めた。


『うん。…はい』


一頻り確認を済ませて満足したのか

携帯を手渡される

手元に戻された画面に映っていたのは

"連絡先"だった


『LINEは消したけどこっち消すの忘れてたわ。』

「えっ」


連絡先が10件にまで減らされていた。

もう家族しか残っていない


『必要ないだろ?』

「あー、確かに。そうだね」


圧のある言葉。私は逆らえない

要らないわーなんて笑って見せる

心はもうボロボロだったーーー






帰り道、私は一人で泣きじゃくり

外灯に照らされながら帰路をトボトボと歩いた

一歩一歩脚を引き摺るように



ごめんなさい


ごめんなさい


私はもう限界です




涙で滲む視界の中、手元で光る端末に視線を落とし

彼とのトーク画面を開いた。

そして彼に伝えられなかった言葉を文字にーー



"別れよう"



これが私の精一杯だった



今までありがとう


大好きでした。


ーーーーーさようなら



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