23 / 78
五章
懐かしの王宮で
しおりを挟む
終わりの来ない夢を見ているような、不思議な感覚が続く。
時折、人の話し声や物音が聞こえていたけれど、強い睡魔が私を捕らえて離さない。
底なしの暗闇の中に深く沈んでいた。
ようやく意識が戻ってきて目が覚めた時、一瞬自分がどこにいるのか分からなくて、呆然とする。
そして、豪華な天蓋付きのベッドに寝ていることに気がつく。
そうだ!
ラベロア王国に戻ってきたのだった!
がばっと身を起こし、冷静にあたりをぐるりと見渡し、これは夢ではないと確信した。
「セイラ様?」
聞き覚えのある声がして、レースカーテンの向こうの人影に気がついた。
「サリー!」
返事をすると、カーテンが開いて、ホッとした様子のサリーが顔をのぞかせた。
サリーはすでに身を起こしている私の顔を見て、にっこりと微笑んだ。
「お目覚めになられましたね。御気分はいかがですか?」
「うん、頭もすっきり!ずっと眠ってたのね」
「ええ、あの後高熱を出され、ずっと寝込まれてたんですよ」
安心したように微笑み頷いたサリーが、後ろのほうにいたエリサにお茶を作るように指示をした。
「どれくらいの間眠ってたの?」
「丸二日もお目覚めになりませんでした」
「丸二日?」
そんなに時間が経っていたとはびっくりだ。
風邪を引いたかと思ったが、実際はインフルエンザにでもかかってたのだろうか。
眠っている間も、時々起こしてもらって水分を取ったりしていたらしいが、意識がはっきりしていない状態だったらしく、全然覚えていなかった。
「さぁ、少しは食事をされてください。湯浴みの準備もいたしましょう」
テキパキとサリーが仕切り始めるのを見て、懐かしい光景に笑いをこぼした。
「えっ、今はもう、カスピアンが国王なの?」
サリーの話に驚いて聞き返す。
「そうです。前国王様は正式に退位され、1年ほど前に、カスピアン様が24代国王として即位されています」
「そう……父上様はやはりお体の調子が優れないの?」
「最近は寝込まれることが多いと伺っています。もうかなりの間、カスピアン様が国王代理として政務をこなされていましたから、正式に即位されたほうが何かと都合が良いということになったんですよ」
「いろいろと大変だったのね」
「はい。セイラ様がお姿を消した後、エティグスとの戦もありました。決着がつく前に、エティグス国王からの申し入れで休戦となりましたが、依然として国交は断絶しており、表面上は冷戦状態となっています」
私が原因で戦まであったと知り、罪悪感に襲われて何と言えばいいのかもわからない。
「ですが、ご心配は要りません。カスピアン様、兄君のユリアス様のご尽力で、ラベロアの国力は更に上がっております。当分はエティグス王国が戦をしかけてくる恐れはないでしょう」
ここでは3年もの月日が流れていたわけだから、国の情勢が大きく変わっていても全く不思議ではない。
それでも、もうすでにカスピアンが国王になっていたという事実にはやはり、びっくりした。
彼の雰囲気が変わった気がしたのは、やはり理由があったのだ。以前から周りをピリピリさせる威圧感がある人だったが、更に迫力が増したのは、気のせいじゃなかった。
ふと、これから自分はどうなるのだろうと不安になる。
戻ってくるかわからない私のために、この部屋を空けていてくれたということは、ここに居場所があるということだろうが、カスピアンに聞くまでははっきりしたことはわからない。
「そうだ、アンリやヘレンのことは知らない?」
「お元気でいらっしゃいますよ。近いうちにきっとお会い出来るでしょう」
サリーが笑顔で答えたのでホッとする。
「それじゃ、詳しいことはカスピアンに聞いた方がいいね」
「そうですね。陛下からも、いろいろとお話があると思いますよ」
「今日は、会えるかな?」
「そうですね……今日も早朝から立込んでいて、夕刻は、明朝お帰りになる外国からの貴賓をおもてなしする最後の夜宴がございます。今晩もまた、かなり遅い時間にいらっしゃるかと」
「やっぱり、大変そうだね」
「セイラ様が寝込まれている間も、時間を見つけたら必ずご様子を見にいらしてたんですよ。医師がただの風邪だと申し上げたのですが、かなりの高熱で意識がない状態が続いていたので、陛下がとてもご心配されてました。ついさきほど、政務中の陛下にも、セイラ様がお目覚めになったことは報告させましたので、きっと安堵されているでしょう」
サリーがニコニコしながら、私の手を引いて衣装部屋へと連れて行く。
「ご覧ください。セイラ様がご不在の間も、陛下が様々なものを取り揃えられて、こんなにたくさんの御衣装や宝石が」
美しい衣装がずらりと並んでいるのに圧倒されていると、サリーがいくつか置かれていた宝石箱のひとつを手に取った。
サリーが開けて見せてくれた宝石箱の中を覗き、数々の装飾品のまばゆい光に思わず瞬きをした。
宝石箱の中は、キラキラと、たくさんの光が反射して直視出来ないほどの眩しさだ。
これがすべて、プラスチックやガラスで作ったイミテーションではなく、本物であるわけだから、金額にしたらとてつもない数字だろう。
「他に、宝物庫に保管されているものもあるそうです。いずれ、陛下がご自身でお見せになると思いますよ」
宝石箱の中をもう一度覗き込む。
まるで宇宙の銀河を見ているような煌めき。
濃紺のベルベットの上にキラキラと輝く金、銀細工に、美しい光沢を放つ様々な色合いの宝石の数々。どれも彫金が美しい模様や、手の込んだ骨組みで作られた芸術品だった。
このずっしりと重い、ひとつの宝石箱の中の価値を想像しただけで、卒倒しそうだ。
しかも、あといくつも似たような宝石箱が置いてある。
身に余る高価な品々に、どういう反応をすればいいのかも分からない。
庶民の感覚からすると、税金を無駄遣いされているような気分だが、それとも、ラベロア王国の王室はもともと桁違いの財力がある裕福な王家だということなんだろうか。
私の世界では、美術館に展示されていてもおかしくないほど豪華で美しい装身具の品々に、すっかり怖じ気ついてしまう。
手に取るのも憚られて、そっと箱の蓋をしめ、ため息をついた。
「本当に美しいけれど……私には分不相応すぎるものばかりで」
つい、本音がぽろりと出て呟くと、サリーが目を丸くして私を見た。
きっと、高貴な家庭に生まれた姫君なら、大喜びして手に取ってみたりしたのかもしれないが、庶民の私には、こんなものを手に取って壊したらどうしようと、怖くてとても触る気になれない。
「でも、ちゃんとお礼は言わないとね。戻ってくるかどうかもわからなかったのに、こんなに集めてくれていたなんて……」
素直な気持ちを言うと、サリーが安心したようににっこりと微笑んで頷く。
「そうですよ。お忙しい合間を縫って、ずっと、セイラ様の行方を探していらっしゃってたんですよ。陛下は昔から、大変頑固な方なので、そう簡単には諦めたりはされないとは思ってましたが、なんの手がかりもないまま3年が経ち、大変心配していました。本当にセイラ様がお戻りになられて、私も安堵しました」
「……ありがとう」
照れくさくなって、お礼の言葉も小さくなってしまった。
病み上がりという事もあり、午後はサリー達を相手に室内でゆっくり過ごす。普段ならライアーに費やす時間を、代わりにラベロア王国の歴史が綴られた書物を開いてみたり、近隣諸国が載っている地図などを見せてもらって、少しずつでもこの国のことを学ぶ心の準備をする。
夕方に医師が様子を見にやってきて、体力回復によい薬湯を出してもらったら、体がぽかぽかしてきて、サリーの勧めるままにベッドに入ってしまう。カスピアンに会いたいと思って起きて待っているつもりが、結局、睡魔に勝てずにそのまま眠ってしまった。
翌朝、サリーが起こしに来るより早く目が覚める。
処方された薬湯のおかげか、ぐっすり眠れたようで、体調も完全に元通りになったようだ。
勢い良くベッドから飛び出して、自分でカーテンを開け、窓を開いて新鮮な空気を部屋に入れていると、サリーがやってきた。
「お顔の色もよくなりましたね」
「本当にもう完璧よ。昨晩の薬湯の効き目はすごかったみたい!」
昨日はまだ全身がだるい感じがしていたけれど、今朝は体力的にも問題なさそうだ。
サリーに続いてエリサとアリアンナが入ってきて、朝の準備をしてくれる。
湯浴みを終えてサリーが準備していた衣装に着替え終わり、室内に戻ると、ちょうどエリサが大きな花束を花瓶に生けて、カウチの前のガラスのテーブルへ置くところだった。
「わぁ、奇麗……」
色とりどりの様々な種類の花が360度所狭しと束ねられた豪華なブーケ。まるで球体の花畑のよう。見ているだけで胸が弾むような明るさがいっぱいの花束だ。
近づいてゆっくりとその甘い香りを吸い込むと、幸せな気持ちになって、ふぅとため息をこぼした。
「陛下からいただいたお花です。セイラ様がお目覚めになられたと知って、大変お喜びでいらっしゃいます。これは本当に素晴らしいブーケですね」
エリサが頬を紅潮させ、花の香りにうっとりと目を細めた。
「今日のカスピアンの予定ってどうなってるの?」
あれからまだ一度も会っていないことが気になって、サリーに尋ねた。
「陛下は、今朝、神殿での祈祷の後、ご帰国される貴賓のお見送りをされます。午後には近々予定されている軍事パレードの訓練の指揮を取るために闘技場に行かれます。その後のご予定は、セイラ様のために空けられたと伺ってますので、夕刻前にはいらっしゃると思いますよ」
「そうなの。早朝からそんなに予定が入っていて忙しいね……」
「昨晩も遅くにこちらへいらっしゃいましたが、セイラ様はすでにお休みでしたから、がっかりされていました」
サリーが思い出したようにクスクスと笑いながらそう言った。
以前私が持っていた王室のイメージは、優雅に豪華な食事をして、暇があれば宴を開いて酔っぱらっているものだったが、実際は病気する暇もないくらい仕事に追われ、庶民より多忙なのだ。
私が寝込んでいる間にも、カスピアンは度々様子を見に来てくれてたらしいけれど、私自身は眠っているから、全く記憶にもなく、もう丸三日間、会っていないということになる。
早く会って声を聞きたい。
そんなことを思った自分に気がついて、カッと耳が熱くなった。
自分の気持ちに気がついたとはいえ、彼のことを考えてドキドキする自分にはまだ慣れていないせいだろう。
体力が戻ってきたこともあり、なんだかうずうずして、じっとしているのが苦痛になってきた。
朝食を終えて、昨日と同じように書物を開いてみたけれど、どうしても集中出来ない。アンリに教わったラベロアの文字を思い出そうと、しばらくは書物と格闘していたが、そう長続きはしなかった。
部屋に残って家具を磨いていたエリサに手伝いを申し出たけれど、とんでもないと拒否されてしまう。
手持ち無沙汰な上、じっと座っていることが出来なくて、意味もなくしばらく部屋の中をうろうろしていたけれど、ついに我慢が出来なくなる。
「エリサ、私、少し散歩に行きたい」
「お散歩ですか?」
「ずっとこの部屋に閉じこもっていたし、もう体は大丈夫だから、部屋の外を歩きたい」
「そうですね。でも、サリー様に聞いてみないと……」
エリサが困ったように黙り込む。
エリサやアリアンナにとってはサリーが上司で、サリーがかなり厳しいスパルタ女官だということは私もわかっている。
「でも、もともと、一人じゃなければ歩き回っていいって話だったでしょ?遠くには行かないから、少し歩くだけ。エリサも一緒に来てくれたら迷子にもならないし」
「でも……」
「大丈夫よ!サリーにはちゃんと、私がそうしたいって主張したからだって後で説明する」
「……」
「ね、いいでしょ?もう、じっとしてたら頭がおかしくなりそうなの。ライアー……竪琴もないし、ね?」
最後の言葉で、どうやらエリサも同情を覚えたらしく、しぶしぶ頷いた。
あまり乗り気でないエリサを従えて、意気揚々と大きな扉をあけてみると、直立不動で警備していた衛兵が二人、敬礼をする。
「あ……お、おつかれさまです……」
なんと言えばいいのか分からず、とっさにそう言うと、かしこまったように二人が剣を前に持ち、姿勢を正す。
扉の前で警備し続けるなんて、こんな退屈で疲れる仕事を、ずっとやっているのが気の毒だ。
「さ、エリサ、おすすめの場所に案内してくれる?」
「おすすめ、ですか」
困惑気味に歩くエリサの背中を押し、回廊を歩き出すと、衛兵の一人が、私達の後ろをついてきた。恐らく、護衛ということだろう。
「大きな王宮で、全然方向感覚も掴めないし、全体像が掴めて、一望出来るような、そんな場所はない?」
「うーん、そうですね……」
しばらく歩いていると、向かいから集団がやってくるのに気がつく。
「あっ、あれは」
困ったようにエリサが声を上げた。
時折、人の話し声や物音が聞こえていたけれど、強い睡魔が私を捕らえて離さない。
底なしの暗闇の中に深く沈んでいた。
ようやく意識が戻ってきて目が覚めた時、一瞬自分がどこにいるのか分からなくて、呆然とする。
そして、豪華な天蓋付きのベッドに寝ていることに気がつく。
そうだ!
ラベロア王国に戻ってきたのだった!
がばっと身を起こし、冷静にあたりをぐるりと見渡し、これは夢ではないと確信した。
「セイラ様?」
聞き覚えのある声がして、レースカーテンの向こうの人影に気がついた。
「サリー!」
返事をすると、カーテンが開いて、ホッとした様子のサリーが顔をのぞかせた。
サリーはすでに身を起こしている私の顔を見て、にっこりと微笑んだ。
「お目覚めになられましたね。御気分はいかがですか?」
「うん、頭もすっきり!ずっと眠ってたのね」
「ええ、あの後高熱を出され、ずっと寝込まれてたんですよ」
安心したように微笑み頷いたサリーが、後ろのほうにいたエリサにお茶を作るように指示をした。
「どれくらいの間眠ってたの?」
「丸二日もお目覚めになりませんでした」
「丸二日?」
そんなに時間が経っていたとはびっくりだ。
風邪を引いたかと思ったが、実際はインフルエンザにでもかかってたのだろうか。
眠っている間も、時々起こしてもらって水分を取ったりしていたらしいが、意識がはっきりしていない状態だったらしく、全然覚えていなかった。
「さぁ、少しは食事をされてください。湯浴みの準備もいたしましょう」
テキパキとサリーが仕切り始めるのを見て、懐かしい光景に笑いをこぼした。
「えっ、今はもう、カスピアンが国王なの?」
サリーの話に驚いて聞き返す。
「そうです。前国王様は正式に退位され、1年ほど前に、カスピアン様が24代国王として即位されています」
「そう……父上様はやはりお体の調子が優れないの?」
「最近は寝込まれることが多いと伺っています。もうかなりの間、カスピアン様が国王代理として政務をこなされていましたから、正式に即位されたほうが何かと都合が良いということになったんですよ」
「いろいろと大変だったのね」
「はい。セイラ様がお姿を消した後、エティグスとの戦もありました。決着がつく前に、エティグス国王からの申し入れで休戦となりましたが、依然として国交は断絶しており、表面上は冷戦状態となっています」
私が原因で戦まであったと知り、罪悪感に襲われて何と言えばいいのかもわからない。
「ですが、ご心配は要りません。カスピアン様、兄君のユリアス様のご尽力で、ラベロアの国力は更に上がっております。当分はエティグス王国が戦をしかけてくる恐れはないでしょう」
ここでは3年もの月日が流れていたわけだから、国の情勢が大きく変わっていても全く不思議ではない。
それでも、もうすでにカスピアンが国王になっていたという事実にはやはり、びっくりした。
彼の雰囲気が変わった気がしたのは、やはり理由があったのだ。以前から周りをピリピリさせる威圧感がある人だったが、更に迫力が増したのは、気のせいじゃなかった。
ふと、これから自分はどうなるのだろうと不安になる。
戻ってくるかわからない私のために、この部屋を空けていてくれたということは、ここに居場所があるということだろうが、カスピアンに聞くまでははっきりしたことはわからない。
「そうだ、アンリやヘレンのことは知らない?」
「お元気でいらっしゃいますよ。近いうちにきっとお会い出来るでしょう」
サリーが笑顔で答えたのでホッとする。
「それじゃ、詳しいことはカスピアンに聞いた方がいいね」
「そうですね。陛下からも、いろいろとお話があると思いますよ」
「今日は、会えるかな?」
「そうですね……今日も早朝から立込んでいて、夕刻は、明朝お帰りになる外国からの貴賓をおもてなしする最後の夜宴がございます。今晩もまた、かなり遅い時間にいらっしゃるかと」
「やっぱり、大変そうだね」
「セイラ様が寝込まれている間も、時間を見つけたら必ずご様子を見にいらしてたんですよ。医師がただの風邪だと申し上げたのですが、かなりの高熱で意識がない状態が続いていたので、陛下がとてもご心配されてました。ついさきほど、政務中の陛下にも、セイラ様がお目覚めになったことは報告させましたので、きっと安堵されているでしょう」
サリーがニコニコしながら、私の手を引いて衣装部屋へと連れて行く。
「ご覧ください。セイラ様がご不在の間も、陛下が様々なものを取り揃えられて、こんなにたくさんの御衣装や宝石が」
美しい衣装がずらりと並んでいるのに圧倒されていると、サリーがいくつか置かれていた宝石箱のひとつを手に取った。
サリーが開けて見せてくれた宝石箱の中を覗き、数々の装飾品のまばゆい光に思わず瞬きをした。
宝石箱の中は、キラキラと、たくさんの光が反射して直視出来ないほどの眩しさだ。
これがすべて、プラスチックやガラスで作ったイミテーションではなく、本物であるわけだから、金額にしたらとてつもない数字だろう。
「他に、宝物庫に保管されているものもあるそうです。いずれ、陛下がご自身でお見せになると思いますよ」
宝石箱の中をもう一度覗き込む。
まるで宇宙の銀河を見ているような煌めき。
濃紺のベルベットの上にキラキラと輝く金、銀細工に、美しい光沢を放つ様々な色合いの宝石の数々。どれも彫金が美しい模様や、手の込んだ骨組みで作られた芸術品だった。
このずっしりと重い、ひとつの宝石箱の中の価値を想像しただけで、卒倒しそうだ。
しかも、あといくつも似たような宝石箱が置いてある。
身に余る高価な品々に、どういう反応をすればいいのかも分からない。
庶民の感覚からすると、税金を無駄遣いされているような気分だが、それとも、ラベロア王国の王室はもともと桁違いの財力がある裕福な王家だということなんだろうか。
私の世界では、美術館に展示されていてもおかしくないほど豪華で美しい装身具の品々に、すっかり怖じ気ついてしまう。
手に取るのも憚られて、そっと箱の蓋をしめ、ため息をついた。
「本当に美しいけれど……私には分不相応すぎるものばかりで」
つい、本音がぽろりと出て呟くと、サリーが目を丸くして私を見た。
きっと、高貴な家庭に生まれた姫君なら、大喜びして手に取ってみたりしたのかもしれないが、庶民の私には、こんなものを手に取って壊したらどうしようと、怖くてとても触る気になれない。
「でも、ちゃんとお礼は言わないとね。戻ってくるかどうかもわからなかったのに、こんなに集めてくれていたなんて……」
素直な気持ちを言うと、サリーが安心したようににっこりと微笑んで頷く。
「そうですよ。お忙しい合間を縫って、ずっと、セイラ様の行方を探していらっしゃってたんですよ。陛下は昔から、大変頑固な方なので、そう簡単には諦めたりはされないとは思ってましたが、なんの手がかりもないまま3年が経ち、大変心配していました。本当にセイラ様がお戻りになられて、私も安堵しました」
「……ありがとう」
照れくさくなって、お礼の言葉も小さくなってしまった。
病み上がりという事もあり、午後はサリー達を相手に室内でゆっくり過ごす。普段ならライアーに費やす時間を、代わりにラベロア王国の歴史が綴られた書物を開いてみたり、近隣諸国が載っている地図などを見せてもらって、少しずつでもこの国のことを学ぶ心の準備をする。
夕方に医師が様子を見にやってきて、体力回復によい薬湯を出してもらったら、体がぽかぽかしてきて、サリーの勧めるままにベッドに入ってしまう。カスピアンに会いたいと思って起きて待っているつもりが、結局、睡魔に勝てずにそのまま眠ってしまった。
翌朝、サリーが起こしに来るより早く目が覚める。
処方された薬湯のおかげか、ぐっすり眠れたようで、体調も完全に元通りになったようだ。
勢い良くベッドから飛び出して、自分でカーテンを開け、窓を開いて新鮮な空気を部屋に入れていると、サリーがやってきた。
「お顔の色もよくなりましたね」
「本当にもう完璧よ。昨晩の薬湯の効き目はすごかったみたい!」
昨日はまだ全身がだるい感じがしていたけれど、今朝は体力的にも問題なさそうだ。
サリーに続いてエリサとアリアンナが入ってきて、朝の準備をしてくれる。
湯浴みを終えてサリーが準備していた衣装に着替え終わり、室内に戻ると、ちょうどエリサが大きな花束を花瓶に生けて、カウチの前のガラスのテーブルへ置くところだった。
「わぁ、奇麗……」
色とりどりの様々な種類の花が360度所狭しと束ねられた豪華なブーケ。まるで球体の花畑のよう。見ているだけで胸が弾むような明るさがいっぱいの花束だ。
近づいてゆっくりとその甘い香りを吸い込むと、幸せな気持ちになって、ふぅとため息をこぼした。
「陛下からいただいたお花です。セイラ様がお目覚めになられたと知って、大変お喜びでいらっしゃいます。これは本当に素晴らしいブーケですね」
エリサが頬を紅潮させ、花の香りにうっとりと目を細めた。
「今日のカスピアンの予定ってどうなってるの?」
あれからまだ一度も会っていないことが気になって、サリーに尋ねた。
「陛下は、今朝、神殿での祈祷の後、ご帰国される貴賓のお見送りをされます。午後には近々予定されている軍事パレードの訓練の指揮を取るために闘技場に行かれます。その後のご予定は、セイラ様のために空けられたと伺ってますので、夕刻前にはいらっしゃると思いますよ」
「そうなの。早朝からそんなに予定が入っていて忙しいね……」
「昨晩も遅くにこちらへいらっしゃいましたが、セイラ様はすでにお休みでしたから、がっかりされていました」
サリーが思い出したようにクスクスと笑いながらそう言った。
以前私が持っていた王室のイメージは、優雅に豪華な食事をして、暇があれば宴を開いて酔っぱらっているものだったが、実際は病気する暇もないくらい仕事に追われ、庶民より多忙なのだ。
私が寝込んでいる間にも、カスピアンは度々様子を見に来てくれてたらしいけれど、私自身は眠っているから、全く記憶にもなく、もう丸三日間、会っていないということになる。
早く会って声を聞きたい。
そんなことを思った自分に気がついて、カッと耳が熱くなった。
自分の気持ちに気がついたとはいえ、彼のことを考えてドキドキする自分にはまだ慣れていないせいだろう。
体力が戻ってきたこともあり、なんだかうずうずして、じっとしているのが苦痛になってきた。
朝食を終えて、昨日と同じように書物を開いてみたけれど、どうしても集中出来ない。アンリに教わったラベロアの文字を思い出そうと、しばらくは書物と格闘していたが、そう長続きはしなかった。
部屋に残って家具を磨いていたエリサに手伝いを申し出たけれど、とんでもないと拒否されてしまう。
手持ち無沙汰な上、じっと座っていることが出来なくて、意味もなくしばらく部屋の中をうろうろしていたけれど、ついに我慢が出来なくなる。
「エリサ、私、少し散歩に行きたい」
「お散歩ですか?」
「ずっとこの部屋に閉じこもっていたし、もう体は大丈夫だから、部屋の外を歩きたい」
「そうですね。でも、サリー様に聞いてみないと……」
エリサが困ったように黙り込む。
エリサやアリアンナにとってはサリーが上司で、サリーがかなり厳しいスパルタ女官だということは私もわかっている。
「でも、もともと、一人じゃなければ歩き回っていいって話だったでしょ?遠くには行かないから、少し歩くだけ。エリサも一緒に来てくれたら迷子にもならないし」
「でも……」
「大丈夫よ!サリーにはちゃんと、私がそうしたいって主張したからだって後で説明する」
「……」
「ね、いいでしょ?もう、じっとしてたら頭がおかしくなりそうなの。ライアー……竪琴もないし、ね?」
最後の言葉で、どうやらエリサも同情を覚えたらしく、しぶしぶ頷いた。
あまり乗り気でないエリサを従えて、意気揚々と大きな扉をあけてみると、直立不動で警備していた衛兵が二人、敬礼をする。
「あ……お、おつかれさまです……」
なんと言えばいいのか分からず、とっさにそう言うと、かしこまったように二人が剣を前に持ち、姿勢を正す。
扉の前で警備し続けるなんて、こんな退屈で疲れる仕事を、ずっとやっているのが気の毒だ。
「さ、エリサ、おすすめの場所に案内してくれる?」
「おすすめ、ですか」
困惑気味に歩くエリサの背中を押し、回廊を歩き出すと、衛兵の一人が、私達の後ろをついてきた。恐らく、護衛ということだろう。
「大きな王宮で、全然方向感覚も掴めないし、全体像が掴めて、一望出来るような、そんな場所はない?」
「うーん、そうですね……」
しばらく歩いていると、向かいから集団がやってくるのに気がつく。
「あっ、あれは」
困ったようにエリサが声を上げた。
0
お気に入りに追加
313
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ幼馴染が帰ってきたので大人しく溺愛されます
下菊みこと
恋愛
私はブーゼ・ターフェルルンデ。侯爵令嬢。公爵令息で幼馴染、婚約者のベゼッセンハイト・ザンクトゥアーリウムにうっとおしいほど溺愛されています。ここ数年はハイトが留学に行ってくれていたのでやっと離れられて落ち着いていたのですが、とうとうハイトが帰ってきてしまいました。まあ、仕方がないので大人しく溺愛されておきます。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
ヤンデレお兄様から、逃げられません!
夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。
エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。
それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?
ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる