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第6章
戻ってきた刺客
しおりを挟む三日と半日かけて、一行は砂漠を越え、森林地帯へと入っていた。
街道を離れた別の道を走り、待ち合わせた場所へと着くと、先に行かせていた見張りの男達が五人、一行を迎えた。
「統領!!」
男は馬を降り、女を降ろした。
走り寄ってくる男が二人、その内の一人は伝令として先日駆けつけてきたハラスだった。
「間に合ってよかった。こっちへ」
腕を引いて残りの三人のところへ促す。
広げられた地図のところでなにやら話し合う男達を、女は黙って見ていた。
追手はすでに皇子に追いついたのか。
いや、そうならばもっと慌てふためいているはずだ。
この三日で、女はさらにやつれていた。
馬を駄目にしないためだけの最低限の休息で、昼も夜も走り続けたのだ。
逸る気持ちから、旅食さえほとんど喉を通らず、水しか飲めなかった。
今も、疲れていて、倒れてしまいたかった。
それでも、女は強い意志で自分を奮い立たせていた。
皇子の首を――最後の復讐をやり遂げる時が来たのだ。
なんて長かったのだろう。
故国の皇宮の広場でたくさんの首のない死体を前に立っていた、あの時から。
これで、最後だ。
この復讐が終わったら、楽になれる。
怒りと憎しみを、女は再び甦らせた。
それが、最後の務めを果たす原動力になる。
座り込んで眠ってしまいたい衝動が霧散する。
物思いに囚われている女の前に、男の影が見えた。
顔を上げると、いつものすでに見慣れた顔がある。
「いよいよだ。心の準備をしておけ」
男の低い声に、女は黙って頷く。
不意に、男はじっと女を見つめた。
女は黙って男を見返した。
「最後にもう一度聞く。本当に、自分の手で殺すか? 俺が殺ってもいい。お前は――見ていろ。代わりに殺してやる」
女は首を横に振る。
「いいえ。これはあたしの復讐よ。ここまで来て、黙って皇子が死んでいくのを見るくらいなら、初めから砂漠など越えてこない。あたしが弟へできる、最後の務めよ。他の誰にも譲らない」
強い眼差しで、女は男を見据えた。
男は小さく息をついて、
「――わかった」
短く言った。
そして、腰につけていた短刀を鞘ごと引き抜く。
その短刀が、女に手渡される。
使い古された、短刀。
それだけ人を殺しているということなのか。
女は、その重みにわずかに息を飲む。
男は、そんな女に問う。
「どこを刺せば死ぬか、わかっているか?」
「――」
男は女の手を掴み、自分の胸に当てた。
ちょうど心臓の真上に。
「心臓を狙うつもりならやめておけ。お前の力では、骨にぶつかって止められる。心臓までたどりつかん。骨の間を狙って刺すなんてことはできないからな」
それから、身をかがめて首筋に触れさせる。
「首を狙え、鎖骨から指三本分上――ここが一番柔らかい。ここを刺せば、確実に殺れる。刺せないなら、切れ。できるだけ長く深く」
女は男の首筋を見つめた。
そして、もう一度頷いた。
「――今から皇子を捕らえに行く。迎えをやるからここで待っていろ」
二、三人の男衆を残して、男達は馬で駆け去っていった。
「グレン、座りなよ。いつまで歩き回るつもりだい」
薄暗い洞窟の奥を行ったり来たりするイルグレンに、アウレシアは声をかける。
「じっとしていられるか。こんな時に」
アルライカを行かせてから、どれくらいが過ぎたかはわからないが、イルグレンにはとても長く感じられた。
「あんたが歩き回ったからって、事態が変わるわけじゃないだろ。それよりは、休んでおくんだ。ライカが戻ってきたとき、すぐに動けるように」
「――」
渋々と、イルグレンはアウレシアの向かい側に腰を下ろす。
だが、焦燥感はじりじりと胸にせまり、心臓が早鐘を打つ。
考えたくもないのに最悪の状況が頭に浮かぶ。
「私のために、皆死ぬのか――」
小さな呟きに、アウレシアが首を横に振る。
「死なないさ。ケイもソイエもライカもべらぼうに強いって言っただろ? きっとみんな無事だよ」
その言葉を、今のイルグレンには信じる余裕がなかった。
「私一人の命のために、誰かが死ぬなどもう耐えられない。私の命に、この血に、それだけの値打ちがあるというのか? たくさんの命を犠牲にしてまで生き残る価値が――」
「グレン――」
「レシア、戻ろう。戻って確かめないと。こんなところでじっと迎えを待つだけなんてこれ以上耐えられない」
そう言ってイルグレンが身を乗り出す。
慌ててアウレシアがその腕を掴んだ。
そうでもしないと、今にも立ち上がって走り出そうとしているようにも見えたからだ。
「何言ってんだよ、ライカに言われたろ? あんたが戻ってどうするんだよ。まだ刺客がいたら、それこそ敵の思う壺じゃないか」
「戦う。今の私なら、戦える」
「――グレン、前にも言ったろ。あんたに剣を教えたのは、身を守るためだ。あんたが出るのは、最後だよ。まだその時じゃない」
「むざむざ私の護衛が死ぬのを見ていろというのか!?」
憤慨したように声を荒げるイルグレンを、不意にアウレシアが手を上げて止めた。
「待った、蹄の音が――」
言われて、イルグレンは耳を澄ませた。
洞窟の入り口側から聞こえる土を蹴る音。
「ライカだ!」
イルグレンは待ちかねて立ち上がった。
アウレシアも立ち上がるが、その表情は険しい。
何か違和感がした。
蹄の音が――多すぎる!
「――グレン、違う!!」
だが、遅かった。
イルグレンはすでに外に飛び出していた。
アウレシアがイルグレンを追って外に出ると、イルグレンはそこに立ち尽くしたまま動かなかった。
目の前には馬に乗ったたくさんの男達。
二十人以上はいるだろう。
全員が覆面をしている。
「金に紫――この顔だ」
顔を隠した一人が、言った。
ぞろぞろと男達は馬を降りた。
「何と、こちらが本物だったとは――よく似た身代わりを集めたものだ。言われなければわからなかった」
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