36 / 58
第5章
刺客
しおりを挟むアルライカは視線を感じる方角の反対側の木陰へと二人を促す。
アウレシアとイルグレンもそれに従い、移動する。
三人が木陰へ座り込み、隠れるまで視線はついてきた。
間違いない。
誰かがこちらの様子を窺っているのだ。
逞しい体も隠してしまうほどの太い幹に背を預けて、アルライカは低く呟く。
「殺気がない――」
アウレシアも頷く。
「ああ。だから、おかしい。見張ってるだけみたいだ」
「私を探しているということか」
「まだわからんが、すぐには戻れねぇな。今のお前じゃ遠目からじゃ護衛と区別はつかないだろうが、今戻ってもろくなことにならん」
しばらく彼らも、休む振りをしてこちらを窺う者の気配を探った。
近づいてくる気配は全くない。
しかし、不意にそれはなくなった。
本当に突然だった。
そうして、気配は消え、もう、戻ってこなかった。
さらにしばらく、三人は待った。
「――戻ってこねぇな」
呟くと、アルライカは素早く立ち上がり、気配が消えたほうに向かって走り出した。
イルグレンもすぐに後を追おうとしたが、
「――ライカが呼ぶまでは駄目だ」
アウレシアの短い声に止められる。
「――」
納得のいかぬ気持ちが表情に表れていたのだろう。
少し呆れるようにアウレシアは笑っていた。
「あたし達はあんたの護衛だよ。危険なとこに行かせられる訳ないだろ」
「だが、私は自分の身は自分で守りたい」
「それは、最後の手段だろ。剣の稽古をしてるのは、真っ先に危険に飛び込んで行くためじゃない。何のためにあたしらが雇われたと思ってんのさ」
「レシア、来い」
遠くからアルライカの声がした。
「行こう」
アウレシアも立ち上がる。
二人が走っていくと、アルライカは渋い顔をして立っていた。
「何かあったかい?」
「――全くない。確かにここのはずだが、慣れた奴だな。跡を残さないよう気をつけてる」
「一人だから、あきらめたってことか」
「かもな。とりあえず戻るか。ケイに言って指示をもらおう」
夕食でアルライカが今日の出来事を報告すると、リュケイネイアスは、それを渋い顔で聞いていた。
「どうやら、シバスを出るのを待ってたようだな」
「どうするよ。これから」
アルライカの問いに、リュケイネイアスは簡潔に答える。
「明日は、ソイエ、お前が行け。もう一度来るか確かめるんだ」
「了解」
「グレンは? まさか連れてくのかい?」
「当たり前だろう。奴らの目的がわからん以上は皇子にも協力してもらう。昨日の今日で身代わりを準備したら、それこそ怪しまれる」
「もちろんだ」
イルグレンが強く頷く。
「私の命がかかっているのなら、私が行くのが筋だ」
「あんたが死んだら、全部無駄になるんだよ?」
「死なないさ。お前とソイエがいるなら、私は安全だ」
「――」
にっこりと笑われて、アウレシアはそれ以上何も言わなかった。
そして次の日。
馬車での移動が予定通り終わると、今度はソイエライアとともに、イルグレンとアウレシアはその場を離れた。
小さな森が点在するように木々が群生している間を抜けて、大きな森の手前の開けた場所まで来た。
「ここでいいな」
ソイエライアが言って、剣を抜く。
「グレン、来い。レシア、昨日みたいに二人がかりは今日はなしだ」
「何でだよ」
「今日は稽古が目的じゃないからだ。俺達が戦ってる間に気配を探ってろ」
「わかった」
イルグレンが剣を抜く。
仕掛けたのは、イルグレンからだった。
あわや斬られるぎりぎりのところで、ソイエライアは剣を弾き返した。
「――!!」
「遅いな。もっと速く」
ほとんど動かずに、そう言った。
もう一度向かっていく。
今度はソイエライアが先に懐に入る。
左肘が脇腹に入る寸前で、今度はイルグレンが避けた。
身体をかわしざまに剣を横になぎ払うが、これも剣で止められる。
ソイエライアも強かった。
アルライカと違って、すらりとした体躯なのに、弱さは微塵もなかった。
アウレシアのように力を流すのではなく、間合いをわざとずらす。
剣が当たるだろう時機をずらすことで、相手の力を殺ぎ、力の重心を狂わせる。
戦いづらい相手だった。
無駄な動きも隙もなく、どこに打ち込んでも確実にかわされるか、返される。
また、剣だけでなく、隙を見て格闘めいた攻撃を仕掛けるため、あらゆる所に気を配らねばならなかった。
しかし、アルライカのように、すぐに勝負をつけたりはしなかった。
戦い方を教えるように、ソイエライアは剣を揮った。
だから、ソイエライアが仕掛けてきたときは、イルグレンもソイエライアのように間合いをずらしながら、戦い方を真似てみた。
その内、こつを掴むと面白くなってきた。
「よし、今日はここまでだ」
ソイエライアが言う頃には、息が上がっていたが、何だか物足りないようにも思った。
「ソイエの動きは、アルライカとも似ているようで少し違う」
息を整えながら、そう言う。
少し驚いたようにソイエライアはイルグレンを見つめた。
「――俺とライカの動きが、似ているとわかるのか?」
「似ていると思ったが、間違いか?」
「なぜ、そう思った?」
「――うまくは言えんが、剣を弾かれるときの力の溜め具合や、次の攻撃に移る間合いが似ているような気がする」
ソイエライアはふむと考え込んで、それからイルグレンの頭を撫でた。
「ライカの言ったとおりだ。戦士としての素質があるな」
「本当か?」
「ああ。惜しいな。皇子じゃなければ誘いたいくらいだ」
ソイエライアが唇の端を上げて笑う。
その時。
「ソイエ、来たよ」
今まで動かなかったアウレシアの声が聞こえた。
「ああ、わかってる」
イルグレンも遅れて気づいた。
人の気配が近づいてくる。
「昨日とは違う。殺気だらけだ」
「昨日とは別なのか、偵察と本業が違うか、だな」
先程までの穏やかな顔つきが一瞬で変わる。
「グレン、確実に一撃で仕留めろ。情けはかけるな」
そうして、すらりと剣を抜きなおす。
「お待ちかねの実戦だ。斬らなきゃ斬られる。死にたくないなら殺せ。俺達は手助けするだけだからな」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる