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二百九十二話 お題:五体 縛り:稜線、若しくは、ひねこびる、触手

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 父の話である。父は登山が趣味なのだが、先日登った山で恐ろしい体験をしたという。
「山自体は大したことなかったんだ。簡単に頂上まで登れて、遠くに見える稜線をいい気持ちで眺めてたら」
 子供の声で、おじさんはどこから来たの? と尋ねられたのだそうだ。
「声の方を見たら小さな男の子がいてなぁ。ご両親はどうしたんだいって聞いても答えてくれなくて、こっちに質問ばかりしてくるんだ。仕方がないから答えてたんだが、段々話が変な方向に行ってな」 
 その男の子は父に、
「僕、おじさんの子供になりたい」
 と言ったという。
「もちろん断ったんだが、何度断っても男の子がひねこびるばっかりで埒があかなくてな。しょうがないからその男の子に、一緒にご両親のところまで行こうって言ったら」
 男の子は、
「だあああああああかああああああらああああああ、おおおおおおおお前ががががががががががぼぼぼぼぼぼぼぼ僕のお父うううううううううさんんんんんんんんんんんだって言いいいいいいいいってるるるるるるるるるるるるだろおおおおおおおおおおおおおお」
 と言って、全身から無数の触手を生やしたおぞましい姿に変わったそうだ。
「怪物か、若しくは妖怪としか言いようのない姿だったなぁ。本当によく助かったもんだよ」
 私が、一体どうやってその怪物から逃げたの、と聞くと、
「あぁ、それがよく覚えてないんだよなぁ。気がついたら山の麓にいたから。多分死にもの狂いで逃げて、それで逃げ切れたんじゃないかなぁ」
 そういえば父が話している最中、口の端から触手のようなものが出ていた気がしたが、多分見間違いだろう。
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