文明トカゲ

ペン牛

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二 縛鎖の男

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 ――それは、痛みにも似た感覚だった。衝動のままに、僕は手を伸ばした。指先がショーウィンドウのガラスに触れる。その冷たさで、僕は我に返った。
(……僕は、どうしてこんなことを?)
 僕の通う大学と最寄り駅とを結ぶ道にある、ぬいぐるみの専門店。今まで全く意識していなかったその店に、僕は強烈に惹きつけられていた。ショーウィンドウに並ぶたくさんのぬいぐるみ。熊、兎、猫、犬、梟……気がつくと、僕は店の入り口のガラスの引き戸を開けて中に入っていた。
(どうして……どうして、こんなに胸が高鳴るんだろう)
 店内に所狭しと並べられたぬいぐるみを、片っ端からなでて、抱きしめて、頬ずりしたい――とても信じられないが、それは紛れもなく僕自身の欲求だった。その欲求から目を反らすように店内を見渡すと、一匹の梟のぬいぐるみと目が合った。
(――可愛い)
 大きさはおよそ四〇センチほどだろうか。丸々としたフォルム。使われている色は白と茶色だけとひどく地味で、顔の中心には植物の種を縦に置いたような嘴があり、その左右に笑っているかのように細められた目があった。
 梟のぬいぐるみの頭をなでる。一瞬、商品に勝手に手を触れてはまずいのではないか、という考えが脳裏をよぎったが、指先から伝わるぬいぐるみの毛の感触の、圧倒的な心地よさの前では無力だった。
 無心で頭をなでていると、今度は両手でこのぬいぐるみを抱き寄せたい、という衝動がふつふつと湧いてきた。だが、買ってもいないぬいぐるみをひたすらになで回しているだけでもほめられたものではないのに、更に抱き寄せるというのはいくらなんでもまずい――辛うじて僕の内に残っていた理性がそう警告してくる。
(……そうだ、買えばいいじゃないか) 
 値札を見る。梟のぬいぐるみの値段は、ビベリダエのバイト代二日分に相当した。ぬいぐるみの相場はわからないが、それなりに高級なものだろう、と僕は想像した。
(でもちょっと待て……本当に、どうして僕はこんなことを?)
 そもそも、僕はここまで強烈にぬいぐるみが欲しい、と思ったことは一度もない。動物の可愛らしさは理解できるが、決してそれに執着するようなことはなかった。だというのに、何故僕はこんなにも、この梟のぬいぐるみを求めているのだろう。
 半ば無意識に、両手で梟のぬいぐるみを抱え上げる。どこかとぼけた感じのあるその顔をじっと見つめていると、その顔がじりじりと迫ってきた。僕の両腕はまるで独自の意思を持っているかのように、抱え上げたぬいぐるみを僕の顔に近づけてくる。このままでは顔にぬいぐるみが触れる、というところで、
「――まぁ。その子をずいぶん気に入ってくださったようですね。お客様」
 やや低い、それでいて滑らかな女性の声を背後から投げかけられた。反射的に振り返ると、僕よりも若干背の低い中年の女性が立っていた。
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