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十 文明と影
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後ろから法山の哄笑が聞こえてくる。聞きたくなかったが、耳を塞ぐ、という動作をする余裕さえなかった。
逃げ出して、走って、走って、走って、転んで。立ち上がろうとするが、立てない。体はまだ走れるのに、心が悲しみに押し潰されてしまっているので、立てない。
(なんで……どうして、どうして、どうして僕は、こんなに、こんなにも弱い!!)
立ち上がることも、拳を振り上げて地面に八つ当たりすることもできない。凍える虫のように体を丸めて自分の弱さと無力さを呪い、身勝手に苦しむことしか、できないんだ。
――ボスッ、と頭に大きくて柔らかい何かが載せられた。
(……なん、だ?)
目を開けて、上を見る。それをする力だけはまだ、残っていた。見えたのは美しい動物の毛だった。僕が思わず身じろぎをすると、頭に載せられていた重量がふっと消える。渾身の力で上体を持ち上げ、頭を前へと向ける。
自分のことは忘れて幸せになれ――そう僕に言ってくれた、獅子のような美しい獣がそこにいた。
「なん、で……ニャン太、お前、どうしてここに……」
ニャン太の顔を見て、そして理解した。力を失った顎。だらりと垂れ下がった舌。滴り落ちるままの涎。顔に表情と呼べるようなものは見て取れず、視線は不安定で定まることがない。
ニャン太の理性は、僕の代わりに引き受けてくれた死の繰り返しによって、もう欠片と呼べるほどのものさえ残っていない――それでも、ニャン太は僕のところに来てくれたのだと。
逃げ出して、走って、走って、走って、転んで。立ち上がろうとするが、立てない。体はまだ走れるのに、心が悲しみに押し潰されてしまっているので、立てない。
(なんで……どうして、どうして、どうして僕は、こんなに、こんなにも弱い!!)
立ち上がることも、拳を振り上げて地面に八つ当たりすることもできない。凍える虫のように体を丸めて自分の弱さと無力さを呪い、身勝手に苦しむことしか、できないんだ。
――ボスッ、と頭に大きくて柔らかい何かが載せられた。
(……なん、だ?)
目を開けて、上を見る。それをする力だけはまだ、残っていた。見えたのは美しい動物の毛だった。僕が思わず身じろぎをすると、頭に載せられていた重量がふっと消える。渾身の力で上体を持ち上げ、頭を前へと向ける。
自分のことは忘れて幸せになれ――そう僕に言ってくれた、獅子のような美しい獣がそこにいた。
「なん、で……ニャン太、お前、どうしてここに……」
ニャン太の顔を見て、そして理解した。力を失った顎。だらりと垂れ下がった舌。滴り落ちるままの涎。顔に表情と呼べるようなものは見て取れず、視線は不安定で定まることがない。
ニャン太の理性は、僕の代わりに引き受けてくれた死の繰り返しによって、もう欠片と呼べるほどのものさえ残っていない――それでも、ニャン太は僕のところに来てくれたのだと。
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