文明トカゲ

ペン牛

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九 望遠の楯

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「ちょ、ちょっとせんせー、こんなことで泣かないでよ!? 恥ずかしいでしょ!?」
 真奈さんにどれだけ強く制止されても、涙腺は全く言うことを聞いてくれそうになかった。
「ごめん。真奈さん。その、あんまり嬉しくて……だから、少し、泣かせてほしい」
 意味はあった。どうしようもなく欠損し、不出来な継ぎ接ぎの存在である僕にも、胸を張って世界に示すことのできる意味があったのだと、それを実感できた嬉しさが今、涙の形となって僕の顔にささやかな急流を作っている。
「いや、そういうのは私がちゃんとお医者さんになってからにしてよ!? 百歩譲って医学部合格の時とかさ! まだ私医学部に行くって宣言しただけだからね!?」
 しかし真奈さんの口元は、自然と綻ぶのを意志の力で抑え込んでいる様子だった。
「大丈夫だよ。何も教えることはできなかったけど、それでもこれまで家庭教師として真奈さんのことを見てきた――大丈夫。真奈さんなら、必ず望むものになれる」
 そうだ、僕は真奈さんのことを心の底から信じている。あの理不尽に身も心も苛まれて、それでも命を絶たなかった。全ての希望が打ち砕かれても、それでも自分の傍らにいる人が生きることを望んだ――そんな真奈さんに、乗り越えられない試練などないのだと。
「あーもー……っていうか、私がお医者さんになりたいの、人を助けたい、って理由だけじゃないからね」
「え? 他に何か理由が?」
「その……せんせーを養ってあげられたらなー、って」
(……養う? 真奈さんが僕を?)
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