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八 懐旧の澱
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(見上げていると――何もかも嘘なんじゃないかって思えてくる)
自分の運命も、佐治さんの運命も、トカゲに関わる全ての人の運命も、そもそも、トカゲなんてものがどうしようもない嘘っぱちのように思えて、でも現実は、そんなことは絶対にありえないのだ、と、満足に思い出を再生することさえできない僕の脳にしっかりと焼き付いて離れない法山の笑った顔が、そう言っている。
釜風呂が一つ空いた。
(……入ろう)
ゆっくりと釜風呂の中に体を沈める。不思議なもので、たったそれだけのことで外にいるのに世界から隔離されたような気がした。
(このまま、ずっと安全な世界にいられたら――)
膝を抱えて釜に背中を預け、目を閉じる。何も考えず、ただ、目を閉じる。
美しい光の玉がある。光の玉は僕の伴侶であって後見人ではない。梓が僕の足元に跪いで僕の長く伸びた髪を丁寧に編んでいる。
「そんなことをしていたら危ないよ」
と僕が言うと、梓は普段よりも明るい声で、
「飛んでっちゃうと危ないから」
と言った。窓の外では風が轟々と吹いている。
「屋根を直さないと」
僕がそう言うと壁は光になって消えてしまって、しかし外で激しく吹いていたはずの風は全く体に当たらなかった。
僕の伴侶はいつの間にか僕のお父さんに代わっていた。お父さんは僕のことを突然抱き締めると、
「お前が人間であることをきちんと告白しなさい」
と言った。僕は左腕を取り外すことで自分が人間である証を立てようとして――
自分の運命も、佐治さんの運命も、トカゲに関わる全ての人の運命も、そもそも、トカゲなんてものがどうしようもない嘘っぱちのように思えて、でも現実は、そんなことは絶対にありえないのだ、と、満足に思い出を再生することさえできない僕の脳にしっかりと焼き付いて離れない法山の笑った顔が、そう言っている。
釜風呂が一つ空いた。
(……入ろう)
ゆっくりと釜風呂の中に体を沈める。不思議なもので、たったそれだけのことで外にいるのに世界から隔離されたような気がした。
(このまま、ずっと安全な世界にいられたら――)
膝を抱えて釜に背中を預け、目を閉じる。何も考えず、ただ、目を閉じる。
美しい光の玉がある。光の玉は僕の伴侶であって後見人ではない。梓が僕の足元に跪いで僕の長く伸びた髪を丁寧に編んでいる。
「そんなことをしていたら危ないよ」
と僕が言うと、梓は普段よりも明るい声で、
「飛んでっちゃうと危ないから」
と言った。窓の外では風が轟々と吹いている。
「屋根を直さないと」
僕がそう言うと壁は光になって消えてしまって、しかし外で激しく吹いていたはずの風は全く体に当たらなかった。
僕の伴侶はいつの間にか僕のお父さんに代わっていた。お父さんは僕のことを突然抱き締めると、
「お前が人間であることをきちんと告白しなさい」
と言った。僕は左腕を取り外すことで自分が人間である証を立てようとして――
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