天つ乙女と毛獣

あわ☆さくら

文字の大きさ
上 下
34 / 37
SS NO.4 山手線散策道中銀鉄路

朝のひととき

しおりを挟む
 四月は中ほどを過ぎ、穀雨の時期を迎えるころ。
 日は、エイプリルフールから数え、二〇日後の火曜日。
 百合子は、いつも通りの一二と四の時刻を示すころに起床した。
 彼女は、身体をゆだねていたベッドから起き上がり、目をこすりながら窓の外の天気を確かめた。
 外では、穀物や芽吹いたばかりの植物を潤すしとしととした穀雨が降り、新聞や牛乳を配達にきた人が雨具を身にまとっていた。
 「今日、雨だったんだ。忘れていたわ。」
 百合子は、利き手を頭の上においてぼりぼりとかきつつ、うっかりとした表情で言葉をつぶやいた。
 続けて、
 「雨だと、ジョギングはできない。仕方ない、ブーターキャンプの体操でもしよう。」
 百合子は、あきらめ顔を見せ、予定していたジョギングを取りやめて体操をはじめた。
 彼女は、壁に掛けておいたタオルを首にかけ、スタンバイさせていたノートパソコンにDVDソフトを挿入し、その映像にうつるやりかたの通りに体操をはじめた。
 なお、彼女のしている体操は、ブーターキャンプというアメリカの兵隊訓練の一環として行なわれているものをビリーズ(隊長)という人物がダイエット・エクササイズ用に改良したものである。
 百合子は、およそ三〇分間、ブーターキャンプの体操に取り組んだ後、お風呂にて汗を流した。
 そして、時は進み、時計の針がそれぞれ三と六を少し過ぎた位置を示した。
 ちょうど、百合子は、養親の芳夫や美香と朝食を食べ終えて部屋に戻り、学校に行く支度をしている頃だった。
 まず、百合子は、利き手の右手をピンと伸ばし、壁のハンガーにかけていたブレザー、リボン、Yシャツ、スカートをとり、そっと机の上に置いた。
 次に、彼女は、着ていた繊細で美しいカワラナデシコの花色を思わせる薄いピンク色のYシャツ、安房の美しい夏の海をも連想させる青いデニムを脱いだ。
 そして、百合子は、机の上にあるブレザー、リボン、Yシャツ、スカートをそれぞれとり、慣れた手つきで着替え、近くにある鏡に近寄った。
 「百合子。今日も、一日頑張らなきゃ。」
 百合子は、鏡の向こう側にうつる自分の姿を確かめ、決意のような言葉を発した。
 このとき、彼女の瞳には、火照ったかのようにやる気がわきあがり、いつでも授業に臨めるという気持ちに満ちあふれていた。
 その後、彼女は汗を流し、美香手製の朝食を食べて支度をした後、いつもと同じ長い方と短い方が六を示すころに家を出た。
 外に出てみると、まだ空にはもくもくと白い雲が残っていた。
 しとしととした弱い雨があたりにうちつけ、芽吹いたばかりの紫陽花の葉には、土を思わせる色でそろそろっと身体を前に動かし、鳴門のうずしおみたいに渦を巻いた殻を背負うカタツムリの姿が見られた。
さながら、百合子の目前には、ゴッホの描く絵画を思わせる景色が広がっていた。
「晴れの天気の景色は、素晴らしい。でも、雨の中に佇むカタツムリのいる景色も趣があっていいわね。」
 百合子は、一旦進めていた歩みを止め、その景色を見て、感銘した様子でつぶやいた。
 そのとき、彼女はまるで東京の上野で開催されている東山偕夷画伯の絵画展に行き、残照の絵に心惹かれた人みたいな表情を顔の上に浮かべていた。
 そして、
 「さぁ、今日も一日頑張ろう!!」
 百合子は、目の中に決意を込めたかのような様子で自らを奮い立たせるべく言葉を発していた。
 彼女は、止めていた足を再び歩ませ、犬が歩くのと同じ速さで館山駅に向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

凶器は透明な優しさ

恋愛
入社5年目の岩倉紗希は、新卒の女の子である姫野香代の教育担当に選ばれる。 初めての後輩に戸惑いつつも、姫野さんとは良好な先輩後輩の関係を築いていけている ・・・そう思っていたのは岩倉紗希だけであった。 姫野の思いは岩倉の思いとは全く異なり 2人の思いの違いが徐々に大きくなり・・・ そして心を殺された

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

Blue Haruzion-ある兵士の追想-

Satanachia
SF
「世界一の開発者」と呼ばれる父を持つマウリアは、 彼が作った戦闘アンドロイドの女性、ラニと出会う。 彼女の使命はあらゆる脅威からマウリアを守り抜く事。 人間と同様の道徳心と優しさを持つラニと徐々に絆を 深めていくマウリアだったが、彼女の身にかつてない程の危機が迫ってきて……。 これは、闘志を身に馳せ抗う命の物語。 一人の少女の追想が綴る、 色褪せる事のない愛に生きた兵士の物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~

takahiro
キャラ文芸
 『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。  しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。  登場する艦艇はなんと57隻!(2024/12/18時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。  ――――――――――  ●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。  ●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。かなりGLなので、もちろんがっつり性描写はないですが、苦手な方はダメかもしれません。  ●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。  ●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。またお気に入りや感想などよろしくお願いします。  毎日一話投稿します。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...