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酔っ払い
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マークに診てもらったが、彼でも爛れた顔を元に戻すことは出来なかった。腫れが引いて、傷口に膿が出て、瘡蓋ができても、真っ赤になった肌は色を変えない。このまま一生残るかもしれないとマークは消え入りそうな声で言った。
高名な彼が言うのだから間違いはないのだろう。
口元まで垂れ下がった皮膚。血の気が引いた唇。赤く残った傷痕。
ジュディが顔に手を置くと肌の表面がかさついているのが分かる。傷口を触っても痛みはもうない。けれど、別の部分ずっと痛かった。
ジュディの両親は変わり果てた娘の姿に嫌悪感を丸出しにした。汚いからその顔を見せるなとはっきりと言われてしまえば、もう何も言えなかった。
娘ではなく、醜い化物として見られてしまっているのだろう。
カクテルハットに黒のヴェールをつけ、顔を隠すようになった。醜い顔を見せたくないのはジュディも同じだったからだ。
外を出歩くこともなくなった。もともと出不精のきらいがあったが、ますます部屋に閉じこもり、日がなぼおっと毎日を過ごした。外に出て両親と同じように嫌悪感が滲む態度を取られることが怖かった。
あのあとマリアナは警邏に連れていかれた。貴族だから内々に粛清されるはずだと、カインが言っていた。もう彼女のことを考えたくなくて、詳しくは聞かなかった。ジュディの信じていたマリアナは理想を押し付けただけの張りぼてだった。ジュディのマリアナは粉々に砕けてしまっている。
もう一度マリアナを再構成しようとしても、怒りと殺意しか湧かない。マリアナがジュディを奈落の底に突き落としてしまった。再び顔を合わせたら、同じ目に遭わせてやろうと思ってしまうだろう。
外見が醜いのに、内面まで醜くなってしまったら救いようがない。
問題なのは、カドックだった。ジュディの顔を見たカドックはあまりのことに錯乱し、自分の顔に硫酸をかけようとした。慌てて止められ、ことなきを得たが、目を離すと自傷してしまう危険があるため弟達が監視に来ていた。
ジュディも加減を見に行ったが、その時もカドックの取り乱しようは異常と言えるほどだった。
お嬢ではなくジュディと何度も名前を呼び、婚約者が変わらなければこんなことにはならなかったと何度も繰り返していた。
カドックには休養は必要だった。しばらく庭師の仕事を休むように言い含めて、足早に去った。
避暑地に行く計画も立ち消えてしまった。両親はそのまま別荘に行くが、ジュディが付いてきては来客者達が気持ち悪がるからとローズマリアの屋敷に戻るように命令されていた。両親はジュディの姿を恥だと思って、一生屋敷の中で生活させるつもりなのかもしれない。当然、双子との婚約も断ち切れることになる。
安堵するような、胸を掻き毟りたくなるほど嫌なような複雑な心境だった。
カインとアベルに顔を見られたくないのに、会って力一杯抱きしめて欲しい。そんな無理難題を叶えて欲しかった。
双子とは、あれからろくに会っていなかった。彼らは訪ねて来てくれるが、ジュディが会いたくないと断ったのだ。同情で二人の気を惹くのが嫌だった。醜い顔を悲しそうに見つめられるのが嫌だった。
いっそのこと、罰として修道院に送られた方がまだよかった。けれどきっと神の元でもこの顔は奇異されるだろう。
化け物だといわれ、両親のように爪弾きにするかもしれない。そうなれば、ジュディは行き場をなくしてしまう。
――見世物小屋。
あそこならばこんな顔のジュディでも喜んで引き取ってくれるかもしれない。どんなに頑張って治療しても、きっと元の顔には戻らないのだろう。ならば、面白おかしく見世物になった方がいいのかもしれない。屋敷の中で鼻つまみ者になるよりは幾分かマシだろう。
そんな馬鹿げた妄想を思いついてしまう。妄想は脳内にこびりついて、剥がれ落ちることがない。
カインと観た見世物小屋は、貴婦人の殺戮の話になるまで悪くなかった。芸も体も優美だと感心したぐらいだ。彼らと肩を並べることを夢想しても、嫌悪感はほとんどなかった。
両親達を説得して、見世物小屋に身を置くのも悪くない。家の恥だと言って決して許してはくれないだろうが。
そんな中、兄から手紙が届けられた。手紙には自分が当主の座を射止めたことが書かれていた。水夫の真似事をしたのが上手く行ったのだろうか。踊るような文字から悦びが感じられた。
ジュディの話を聞き、勇んで駆けつけたいが難しそうだと書かれていた。ジュディもそれは望んでいなかった。ルクセンブルク家に行った兄達とはほとんど交流がない。こられたところで、慰められても虚しい気持ちになるだけだ。
また、兄はジュディのその後を心配しているようだった。弟は冷血漢で情が薄い。ローズマリアの当主となれば、ジュディのことを邪険に扱うのではないかと書かれていた。
その前にルクセンブルクの修道院に入ってはどうだろうか。母達にもその旨を伝えているので、ジュディさえ準備が出来たらすぐに来てもらって構わない。つらつらと書き連ねられた言葉に力が抜ける。ジュディを見ているようで、全く無視している。兄の気持ちは善意から来るもので、きっとジュディを貶めてやろうだとか、困らせてやろうというつもりは毛頭ないのだろう。
だが、ジュディの意見を全く聞かずに、ことを進めていくつもりなのは見て取れた。きっと、決まったことだからと反論も許されずにルクセンブルクの修道院に入れられることになるのだろう。
嫌だと強く思った。けれど、ジュディにどうすることもできない問題だ。
昔から、ジュディに選択肢はあってないようなものだった。カインとアベルの婚約者になったのだって、家同士が決めたことでジュディが決めたものではない。
そんなジュディが初めて進んで選択したのが、マリアナと友達になることだった。
けれど、その選択は間違っていた。これ以上失敗を繰り返したくなかった。顔を焼かれたということだって受け止めきれていないのに、失敗の上塗りをするのは恐怖だった。
そうなる前に誰かに道を決めて欲しい。任せて、責任逃れをしたい。そう思うのは間違っているだろうか。
少なくとも今のジュディにとって、修道院に入ることよりも、再び裏切られる方が恐ろしかった。
その日のうちに父が扉越しに行けと命令した。ジュディは分かりましたと答えるしかなかった。娘にかける言葉はそれだけで、さっさと彼は夜会に行ってしまった。
すぐに寝台に潜り込み、明かりを消した。毛布に顔を埋めてさめざめと涙をこぼす。
家族関係が希薄なのはもともとだ。ジュディも期待はしていなかった。けれど、なにか一言あって欲しかった。
もう顔も見たくないと言われるだけでも良かったのに。そう言われたならば踏ん切りがついたというのに。
優しい言葉もひどい言葉もかけられない。
どうでもいいのだと突き放された。そのことがどんな言葉よりも辛かった。
夜が明けた頃。突然、部屋の扉が力任せに蹴り破られた。
ぱらぱらと扉が崩れる音で毛布から顔を出したジュディは、血走ったカドックの瞳とかち合い、ひいと小さな悲鳴を上げてしまう。
「ジュディ、逃げよう。こんなクソ屋敷、もともと嫌いだったんだ。もう留まる道理もない」
明らかに正気ではなかった。その証拠にカドックから強烈な酒の臭いがしていた。
正気を失うまで酔うのはカドックの飲み方ではない。ほろよい気分になる心地がよいといって酒を嗜んでいたのに、どうしてしまったのだろう。
「カドック、お酒を飲み過ぎたの?」
「俺ね、ずっと考えてたんだよ。ジュディのことどうやって痛めつけてやろうかって」
息が止まるほど驚いた。カドックはジュディを痛めつけたかったのか。何か悪いことをしてしまっていたのだろうか。カドックにまで忌み嫌われていると思うと悪寒が走った。
「だって、最初は俺が婚約者だったのに、約束を破ってあんな陰険双子と婚約者したから。……俺と結婚してくれるって言ったのに」
双子との婚約は物心つく頃には決まっていた。それ以前のことは幼いこともあり判然としていなかった。ジュディは約束をしたことを覚えていなかった。カドックが言うように本当に約束をしていたとしたならば惨いことだ。だが、カドックから約束について責められたことは一度もなかった。
「約束に必死で縋っていた俺に、両親はなんていったと思います? 愛人になればいいじゃない、ですよ。俺の純情を馬鹿にしてる。家同士の繋がりさえ保てれば、夫でも愛人でもどっちでも構わないってわけだ」
「そんなの……カドックの気持ちはどうなるの」
「ジュディも同じようなものだろ。この家の奴らは、娘は金食い虫だと思ってるんだよ。持参金で莫大な金を毟り取られるから」
同情を示すような口調に首を傾げる。
覚えていない約束のツケを払わせたいのではなかったか。だというのに、カドックには処刑人の瞳に浮かぶ叱責の光はなかった。労わるような優しい眼差しがカドックの痛めつけたいと言う言葉とは反対にあった。
「カドックは私を罰したいの?」
「はは、罰することが出来たらよかったんだけどなあ。無理でしたよ。逆に俺の首を絞める結果になった」
じっとりと湿った視線をヴェールに隠された顔に注いでいる。カドックのせいで傷がついたと言いたげだった。ジュディは一つだけ腑に落ちないことを思い出した。
ロイドが摂取した媚薬のことだ。最初こそマリアナの仕業だと疑っていた。だから、彼女の屋敷に聞きに言ったのだ。興奮して、そのことを尋ねることを忘れてしまっていたけれど。
マリアナはあの時ジュディの訪問を疑問視していなかった。来るのは分かっていたと言わんばかりだった。だが、彼女は男達にジュディは処女だと言ったのだ。ロイドの屋敷に内通者がいたならば、内情を知っていてロイドがジュディを襲い、純潔を穢していないのは分かっただろうが、当時その場にいたのは、限られたロイドの家の使用人とマークとジュディ、そしてジュディの侍女だけだった。
情報が洩れるにしても早すぎるのではないのか。マリアナが媚薬を仕込んだとしたならば、ジュディを処女だと決めつけないのではないか。
湧き出た疑問に解決の光が差し込むことはない。結局はジュディの考え過ぎの可能性が高い。
マリアナにも尋ねそびれてしまい、真相は闇の中にある。
だがもしもカドックがなにかをしたとするならば、媚薬の一件なのではないか。カドックはアベルからロイドの毒のことを聞いていた。それに乗じて飲ませることが出来たら、自分は疑われないと考えたのではないか。
「まあそんなことはどうでもいいことですよ。過ぎたことはどうでもいい。今は、ジュディのことだ。本当に修道院に行くつもり? あんな因習と慣例でがちがちな場所、似合わない。それよりも、俺とここから逃げませんか。国の外に出てもいい」
「カドック……」
酔っぱらっている人間になにを言われても信じてはいけない。所詮は戯言だ。
カドックも酒で気持ちが大きくなっているだけで、本心ではないのだろう。本心だとしても、素面に戻った時に深く後悔するに違いなかった。
だから、ジュディはカドックの言葉を聞き流すことにした。修道院に行きたくない。でも、だからと言ってカドックの言葉を鵜呑みにして縋りたくはなかった。
まともな反応を返さないことを感じ取ったのか、眉根に皺を寄せ、ジュディを縋るように一心に見つめてくる。
「俺じゃあ、だめ?」
高名な彼が言うのだから間違いはないのだろう。
口元まで垂れ下がった皮膚。血の気が引いた唇。赤く残った傷痕。
ジュディが顔に手を置くと肌の表面がかさついているのが分かる。傷口を触っても痛みはもうない。けれど、別の部分ずっと痛かった。
ジュディの両親は変わり果てた娘の姿に嫌悪感を丸出しにした。汚いからその顔を見せるなとはっきりと言われてしまえば、もう何も言えなかった。
娘ではなく、醜い化物として見られてしまっているのだろう。
カクテルハットに黒のヴェールをつけ、顔を隠すようになった。醜い顔を見せたくないのはジュディも同じだったからだ。
外を出歩くこともなくなった。もともと出不精のきらいがあったが、ますます部屋に閉じこもり、日がなぼおっと毎日を過ごした。外に出て両親と同じように嫌悪感が滲む態度を取られることが怖かった。
あのあとマリアナは警邏に連れていかれた。貴族だから内々に粛清されるはずだと、カインが言っていた。もう彼女のことを考えたくなくて、詳しくは聞かなかった。ジュディの信じていたマリアナは理想を押し付けただけの張りぼてだった。ジュディのマリアナは粉々に砕けてしまっている。
もう一度マリアナを再構成しようとしても、怒りと殺意しか湧かない。マリアナがジュディを奈落の底に突き落としてしまった。再び顔を合わせたら、同じ目に遭わせてやろうと思ってしまうだろう。
外見が醜いのに、内面まで醜くなってしまったら救いようがない。
問題なのは、カドックだった。ジュディの顔を見たカドックはあまりのことに錯乱し、自分の顔に硫酸をかけようとした。慌てて止められ、ことなきを得たが、目を離すと自傷してしまう危険があるため弟達が監視に来ていた。
ジュディも加減を見に行ったが、その時もカドックの取り乱しようは異常と言えるほどだった。
お嬢ではなくジュディと何度も名前を呼び、婚約者が変わらなければこんなことにはならなかったと何度も繰り返していた。
カドックには休養は必要だった。しばらく庭師の仕事を休むように言い含めて、足早に去った。
避暑地に行く計画も立ち消えてしまった。両親はそのまま別荘に行くが、ジュディが付いてきては来客者達が気持ち悪がるからとローズマリアの屋敷に戻るように命令されていた。両親はジュディの姿を恥だと思って、一生屋敷の中で生活させるつもりなのかもしれない。当然、双子との婚約も断ち切れることになる。
安堵するような、胸を掻き毟りたくなるほど嫌なような複雑な心境だった。
カインとアベルに顔を見られたくないのに、会って力一杯抱きしめて欲しい。そんな無理難題を叶えて欲しかった。
双子とは、あれからろくに会っていなかった。彼らは訪ねて来てくれるが、ジュディが会いたくないと断ったのだ。同情で二人の気を惹くのが嫌だった。醜い顔を悲しそうに見つめられるのが嫌だった。
いっそのこと、罰として修道院に送られた方がまだよかった。けれどきっと神の元でもこの顔は奇異されるだろう。
化け物だといわれ、両親のように爪弾きにするかもしれない。そうなれば、ジュディは行き場をなくしてしまう。
――見世物小屋。
あそこならばこんな顔のジュディでも喜んで引き取ってくれるかもしれない。どんなに頑張って治療しても、きっと元の顔には戻らないのだろう。ならば、面白おかしく見世物になった方がいいのかもしれない。屋敷の中で鼻つまみ者になるよりは幾分かマシだろう。
そんな馬鹿げた妄想を思いついてしまう。妄想は脳内にこびりついて、剥がれ落ちることがない。
カインと観た見世物小屋は、貴婦人の殺戮の話になるまで悪くなかった。芸も体も優美だと感心したぐらいだ。彼らと肩を並べることを夢想しても、嫌悪感はほとんどなかった。
両親達を説得して、見世物小屋に身を置くのも悪くない。家の恥だと言って決して許してはくれないだろうが。
そんな中、兄から手紙が届けられた。手紙には自分が当主の座を射止めたことが書かれていた。水夫の真似事をしたのが上手く行ったのだろうか。踊るような文字から悦びが感じられた。
ジュディの話を聞き、勇んで駆けつけたいが難しそうだと書かれていた。ジュディもそれは望んでいなかった。ルクセンブルク家に行った兄達とはほとんど交流がない。こられたところで、慰められても虚しい気持ちになるだけだ。
また、兄はジュディのその後を心配しているようだった。弟は冷血漢で情が薄い。ローズマリアの当主となれば、ジュディのことを邪険に扱うのではないかと書かれていた。
その前にルクセンブルクの修道院に入ってはどうだろうか。母達にもその旨を伝えているので、ジュディさえ準備が出来たらすぐに来てもらって構わない。つらつらと書き連ねられた言葉に力が抜ける。ジュディを見ているようで、全く無視している。兄の気持ちは善意から来るもので、きっとジュディを貶めてやろうだとか、困らせてやろうというつもりは毛頭ないのだろう。
だが、ジュディの意見を全く聞かずに、ことを進めていくつもりなのは見て取れた。きっと、決まったことだからと反論も許されずにルクセンブルクの修道院に入れられることになるのだろう。
嫌だと強く思った。けれど、ジュディにどうすることもできない問題だ。
昔から、ジュディに選択肢はあってないようなものだった。カインとアベルの婚約者になったのだって、家同士が決めたことでジュディが決めたものではない。
そんなジュディが初めて進んで選択したのが、マリアナと友達になることだった。
けれど、その選択は間違っていた。これ以上失敗を繰り返したくなかった。顔を焼かれたということだって受け止めきれていないのに、失敗の上塗りをするのは恐怖だった。
そうなる前に誰かに道を決めて欲しい。任せて、責任逃れをしたい。そう思うのは間違っているだろうか。
少なくとも今のジュディにとって、修道院に入ることよりも、再び裏切られる方が恐ろしかった。
その日のうちに父が扉越しに行けと命令した。ジュディは分かりましたと答えるしかなかった。娘にかける言葉はそれだけで、さっさと彼は夜会に行ってしまった。
すぐに寝台に潜り込み、明かりを消した。毛布に顔を埋めてさめざめと涙をこぼす。
家族関係が希薄なのはもともとだ。ジュディも期待はしていなかった。けれど、なにか一言あって欲しかった。
もう顔も見たくないと言われるだけでも良かったのに。そう言われたならば踏ん切りがついたというのに。
優しい言葉もひどい言葉もかけられない。
どうでもいいのだと突き放された。そのことがどんな言葉よりも辛かった。
夜が明けた頃。突然、部屋の扉が力任せに蹴り破られた。
ぱらぱらと扉が崩れる音で毛布から顔を出したジュディは、血走ったカドックの瞳とかち合い、ひいと小さな悲鳴を上げてしまう。
「ジュディ、逃げよう。こんなクソ屋敷、もともと嫌いだったんだ。もう留まる道理もない」
明らかに正気ではなかった。その証拠にカドックから強烈な酒の臭いがしていた。
正気を失うまで酔うのはカドックの飲み方ではない。ほろよい気分になる心地がよいといって酒を嗜んでいたのに、どうしてしまったのだろう。
「カドック、お酒を飲み過ぎたの?」
「俺ね、ずっと考えてたんだよ。ジュディのことどうやって痛めつけてやろうかって」
息が止まるほど驚いた。カドックはジュディを痛めつけたかったのか。何か悪いことをしてしまっていたのだろうか。カドックにまで忌み嫌われていると思うと悪寒が走った。
「だって、最初は俺が婚約者だったのに、約束を破ってあんな陰険双子と婚約者したから。……俺と結婚してくれるって言ったのに」
双子との婚約は物心つく頃には決まっていた。それ以前のことは幼いこともあり判然としていなかった。ジュディは約束をしたことを覚えていなかった。カドックが言うように本当に約束をしていたとしたならば惨いことだ。だが、カドックから約束について責められたことは一度もなかった。
「約束に必死で縋っていた俺に、両親はなんていったと思います? 愛人になればいいじゃない、ですよ。俺の純情を馬鹿にしてる。家同士の繋がりさえ保てれば、夫でも愛人でもどっちでも構わないってわけだ」
「そんなの……カドックの気持ちはどうなるの」
「ジュディも同じようなものだろ。この家の奴らは、娘は金食い虫だと思ってるんだよ。持参金で莫大な金を毟り取られるから」
同情を示すような口調に首を傾げる。
覚えていない約束のツケを払わせたいのではなかったか。だというのに、カドックには処刑人の瞳に浮かぶ叱責の光はなかった。労わるような優しい眼差しがカドックの痛めつけたいと言う言葉とは反対にあった。
「カドックは私を罰したいの?」
「はは、罰することが出来たらよかったんだけどなあ。無理でしたよ。逆に俺の首を絞める結果になった」
じっとりと湿った視線をヴェールに隠された顔に注いでいる。カドックのせいで傷がついたと言いたげだった。ジュディは一つだけ腑に落ちないことを思い出した。
ロイドが摂取した媚薬のことだ。最初こそマリアナの仕業だと疑っていた。だから、彼女の屋敷に聞きに言ったのだ。興奮して、そのことを尋ねることを忘れてしまっていたけれど。
マリアナはあの時ジュディの訪問を疑問視していなかった。来るのは分かっていたと言わんばかりだった。だが、彼女は男達にジュディは処女だと言ったのだ。ロイドの屋敷に内通者がいたならば、内情を知っていてロイドがジュディを襲い、純潔を穢していないのは分かっただろうが、当時その場にいたのは、限られたロイドの家の使用人とマークとジュディ、そしてジュディの侍女だけだった。
情報が洩れるにしても早すぎるのではないのか。マリアナが媚薬を仕込んだとしたならば、ジュディを処女だと決めつけないのではないか。
湧き出た疑問に解決の光が差し込むことはない。結局はジュディの考え過ぎの可能性が高い。
マリアナにも尋ねそびれてしまい、真相は闇の中にある。
だがもしもカドックがなにかをしたとするならば、媚薬の一件なのではないか。カドックはアベルからロイドの毒のことを聞いていた。それに乗じて飲ませることが出来たら、自分は疑われないと考えたのではないか。
「まあそんなことはどうでもいいことですよ。過ぎたことはどうでもいい。今は、ジュディのことだ。本当に修道院に行くつもり? あんな因習と慣例でがちがちな場所、似合わない。それよりも、俺とここから逃げませんか。国の外に出てもいい」
「カドック……」
酔っぱらっている人間になにを言われても信じてはいけない。所詮は戯言だ。
カドックも酒で気持ちが大きくなっているだけで、本心ではないのだろう。本心だとしても、素面に戻った時に深く後悔するに違いなかった。
だから、ジュディはカドックの言葉を聞き流すことにした。修道院に行きたくない。でも、だからと言ってカドックの言葉を鵜呑みにして縋りたくはなかった。
まともな反応を返さないことを感じ取ったのか、眉根に皺を寄せ、ジュディを縋るように一心に見つめてくる。
「俺じゃあ、だめ?」
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