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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

280(※社外秘 日誌No.■■■-No.■■■■)

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 おかしくなっているというのは人事課のこの有様を見ていれば分かる。問題はどうしておかしくなったか、だ。
 ……。

「どういう風におかしいの」
「えー。ほら、こうやってさ、認識肯定装置なんか作ったりしたし?」
「認識肯定装置?」
「そうそう。なんだっけ、互いの美醜に囚われず、平等な対話をするための装置なんだよ。単一的で、それでいて識別可能な美しい貌って奴。俺の顔も、あんたにとって何不足ない貌になってるだろ?」
「……どういうこと?」

 言っている意味はさっぱり分からない。翻訳する機械と同じように、見た目を変える機械ということだろうか。
 ……そう言いながら、はっとしてしまう自分がいた。手を見れば、階級が分かる。顔つきや癖、喋り方を知ればどれぐらいの立場の人間か分かる。見た目とはそれほど人を表す鏡だった。

「どうって、俺達N社は少しでもいい未来を掴む会社なんだ。差別の根絶、不平等の是正。平和。種族間での争いを根絶すること。異文化の軋轢を失くすこと。それを至上命題に掲げてる。意味が分からない醜面恐怖症――がメトロポリスで発病してから、これを作るようになって……でも、美醜なんて俺にはいまだに分からん。でも、皆、自分の顔が醜いっていうんだ……」
「醜い……」
「そう。美しくなりたいって、何なんだよ。分かんねー。でも、美しさって、金になるんだ。整形産業が立ち上がって、キュート社――C社が台頭したんだ。美容産業はすぐに繁栄して、コンプレックス産業とまで揶揄されるようになっちまう。うちの技術者も人気の波に乗って認識肯定装置を開発した。皆自分自身のことを肯定できるように、人と比べることがないように」
「……あ」

 ギスランが前に言っていた。人と比べて優劣を付けるのだと、他人より自分が軽んじられるのが許せないのだと……。

「でも、駄目だった。よく分からない、特別な感情とやらを皆欲しがった。何度も改良したのに、認識肯定装置はいつの間にか忌避されて……。技術者だって、こんなの紛い物だって。コンプレックス産業の餌食になって、借金漬けになった奴もいる。もっともっとって、満足できないんだよ」
「その、認識肯定装置は、お前だけに効果があるの」
「この部屋全体に効力があるよ。あんたにも……えー貴女にも、俺は親近感を抱く姿に映っているはずだけど」
「……親近感を抱く姿」

 確かに見れば見るほど整った顔立ちだった。サガル兄様とはいかずともご令嬢達が放っておかないだろう。髪も金の稲穂のように豊かな色をしていて、目も獣のように黄色だ。
 角さえなければ、貴公子にも見える。

「……お前にも私は親近感がわく姿をしているというわけね」
「そう」
「髪を引っ張って運ぶ癖に?」
「髪を、引っ張る?」

 エンドを睨みつけた。

「お前、私の髪を引っ掴んで移動させていたじゃない」
「て、手を取ってるつもりだったんだよ! まじか。やっぱ整備してないから不具合が出たんだろうな」
「謝りなさいよ、まずはそこからでは?」
「う、うう、うん。ごめんな? 手だと思ったんだよ」
「はあ……」

 額に指を添える。
 こいつ、本当に分からない奴だ。

「お前がこの会社で正気なたった一人なの?」
「え! なんで分かったんだ?」
「……お前の話を聞いていてそうではないかと思っただけよ。だから、お前が人事担当にまでなろうとしていたのね。N社というのは総勢で何人いる会社なの」
「二万と五千だ。二万人の下層階級と五千人の上層階級」

 に、二万!? 一つの会社がそのぐらいの人間を雇っているのか?
 大きな村の人数を越えている。人間ではないとしても驚異的な数だ。
 民族ではなく、いち会社がこれほどの数の力を持っているの?

「身分制度があるの? 不平等をなくすのが至上命題だったのではないの」
「下層階級ってのは住んでる場所のことだ。メトロポリスは上と下の二層構造になってる。下はあんまり治安が良くないんだが、N社の棟があるからな。何不自由なく生活してる」

 ……身分差みたいなものはあるのに、元々、美醜の区別がなかったのか?
 そんなことが知性を持った生物にあり得るのか?
 鳥だって、より美しい羽を持つものに惹かれるという話を聞いたことがある。
 詳しく聞けば聞くほど、根本的なズレが生まれそうで怖かった。

「……その上の五千も、下の二万も、正気を失っている?」
「ん……。まあ、そう」
「そう」

 こいつ以外と交渉するのは不可能ということか。

「契約をしたらさっきの兎耳の男のようにその甲冑の中に入れられるの?」
「うん、その予定だよ。大丈夫、なんでも治す君がいるから、すぐ治る」
「何が大丈夫なのよ。そもそも、人間をエネルギーに変えてお前達は何をしているわけ? 工業会社ではなかったの」
「メトロポリスの動力源は俺達N社の管轄だからな。エネルギー資源の問題も会社が解決しなくちゃ」
「…………。お前達は、つまりそんな会社のエネルギー問題のためにヴァニタスを送り込んだと?」
「それは違うんだけど。でもまあ、そうなっちゃうというか」
「お前は、この中に入って私に苦痛に呻いていろというわけね」
「痛いの嫌なら痛覚麻痺剤やるからさあ~。……メトロポリスの薬は良くない? たとえば、ほら。今、この部屋に精神安定剤も噴霧されてる」

 睨みつけると、エンドはおどおどし始めた。

「悪い気分じゃないよな? たまに頭が割れるように痛んだりするんだよ。……痛くない?」
「……憎たらしいほど良好よ。いつもより、具合が良いぐらい」

 頭の中がすっきりしていて、今までで一番体調がいいぐらいだった。血溜まりを見ても一切、恐怖がわいてこない。
 心に穴が空いたみたいに、凪いでいる。これが良いのことが戸惑うぐらいだ。

「だろ? 恐怖も畏れも感じないようになってるんだよ。手の震えも止まるし、発汗も落ち着く。感情の起伏も、パニック症状も軽減される。冷静に、理知的になれるんだ」
「理知的、なの。これは」
「そうだよ。最初は下級階層の人間と上級階層の人間が分け隔てなく喋るために作られたんだよな。ホラ、どうしても緊張しちゃうだろ」

 志だけ妙に立派なのは何故なのだろう。
 崇高な理念により結実した技術、か。
 他人と自分の差を無くす技術。
 異なる言語を翻訳し、意思疎通をする技術。
 心を安定させる薬。
 何でも物を治す機械。
 こいつらはとても高度な技術を持っている。
 それこそ、神が持つ力のようだった。

「あのさ、本当に戻りたいの」
「……戻りたくないと思うの」
「戻し方が分かんないって言ったら、怒る?」
「怒るというか、お前が呼んだのでしょう。ここに来る前に、誰かに引っ張られた気がするもの」
「俺は知らないんだけど……。帰りたいのか。出来るだけ痛みをなくすって言っても?」
「お前、どうしてそんなにエネルギーが欲しいの」

 ぎくっという顔をして、エンドは黙った。
 この顔だって、作り物だというのに見ている限り表情豊かな人に見えた。

「分かる?」
「これほど粘られると嫌でも引き留めたいのだと誰でも思うわ」
「だよなあ……。正直な話、ここから移動するためのエネルギーがないんだよ。だから、あんたに雇用されて欲しい」
「どこかに移動しようとしているの」
「マ、そういうこと」

 移動か。ヴァニタスを引き取っていけばいいのに。
 ……それを交渉材料にできるだろうか。ヴァニタスを回収する代わりにエネルギー資源になる。……いや、だめだな。そもそも、そのエネルギー資源にいつまでなればいいのか、こいつは言わなかった。こいつらがここから移動したとき一緒について行かねばならなくなったら意味がない。
 ……そもそも、世界が終わっているのをどうにかしないといけないのだけど。

「……まあ、仕方ないよな。強制はできないし。いくら脅しても、精神安定剤が効いてるから意味ない。噴霧やめると最悪狂死しちゃうかもしんねーし。……分かった。帰すよ」
「物分かりがいいわね」
「ま、ね。でも条件がある。あんただって、あの終わりそうな世界に戻されたって困るだろ」
「どうにかできると?」
「まあね。N社は他種族同一の公共サービスから、異世界旅行まで可能にする会社なんだからさ、任せなよ」

 エンドはそう言って笑ってみせた。

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