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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「頭が弾けそう」

 私の言葉にヴィクターが笑った。
 笑い事じゃないと八つ当たりしそうになる。
 獣人帝国アストロ。伝説の国で、ロスドロゥの人間は自分達がその国の末裔だと信じていた。
 そして、その名前は私の夢の中で聞いたことがあった。サンジェルマンが口にしていた。唇を噛む。何かある。絶対に、何かが。

「どうして、国を出たの」
「僕らの一族は全員死に神を信仰していたんだけど、それが気に入らない人達がいたみたいでね。国内で過激な排斥運動が起こったんだ。槍で体を串刺しにされた同胞を見て、僕は家族を連れて国を出る決心をした」

 けれどと言いながらユリウスは肩を竦ませた。

「驚いたよ。外に出ると僕達みたいな姿のやつは殊更目立つ。君達は画一的で退屈で凡庸だった。まるで判で押したように同じ姿をしているんだもの」
「……っ!」

 同じような言葉を、私はサンジェルマンから投げかけられている。誰もが同じ。だが、逆なのだ。誰もが同じにしかなれなかった。資格が失われてしまった。あの男の声が、ユリウスの声に重なって聞こえるようだ。

「僕達は見た目のことでも迫害された。宗教も外見も駄目だなんて酷い限りだよ。この世は地獄。未開の地を切り開き、我が物にするしか道はないかと思った。そんなとき、ライドルの清族の話を聞いた。『乞食の呪い』の話をね」
「『乞食の呪い』」
「そう、日に当たると異形とかしてしまうおかしな呪いだよ。僕はそれを聞いて思うところがあってね、ライドル王国にやってきた。そのとき、清族と渡りを作ってくれたのが爺様ーーサンジェルマン子爵だった。当時はただの商人だったけれどね」

 清族と接触したユリウスは、紆余曲折ありながらも筆頭王宮魔術師にまで成り上がった。
 ……ってちょっと待て。この男がライドルにやってきたのは一体いつの話だ。ライドル王国で育っていない人間がいきなり筆頭王宮魔術師になれるほどこの国は甘い場所じゃない。しばらくは地道な下積みがあったはずだ。

「お前、何歳なのよ……。いったいいつ、ライドルに来たの?」
「今年で百三十を越えたぐらいだから、百年は前じゃないと思うけど」
「百三十!?」

 どう見ても二十代の姿をしておきながらか!?
 自分は百三十歳だというのか、こいつ!

「清族は総じて寿命が短いからね。僕がライドルに来てもう四代ぐらい代替わりしてるし。一方、僕は気がつけば我が物顔で筆頭になれるぐらい長生きなんだよ」
「長生きという次元ではないでしょう。お前、自分の見た目を弄っているの? 実はもっと老け込んだ姿をしている?」
「違う違う。僕達の種族は元々長生きなんだよ。昔は千年は生きてたって聞いたことあるけど、今は二百年が限界だな。成長も、僕は魔力が全盛期のときに止まっちゃってね。死ぬ前、急に老け込むはずだよ。――そういう種族なんだ」

 そんな馬鹿なと言いかけて、急にこの男ではない方のユリウスを思い出して口を閉じる。この男の見た目はとてもユリウスに似ている。角が生えているから、特にだ。違うのは瞳孔が普通の人間と同じなことぐらいだろう。ユリウスは瞳孔が羊のように四角だった。
 彼も、また長寿だった。あいつの両親は五百歳であいつ自身も百歳だと言っていたはずだ。

「はなおとめが疑うのも無理はありません。ぼくも半信半疑ではありますが、少なくともこの十数年、ユリウスはこの姿です。それは僕が保証します」
「……そう。ひとまず納得するわ。……お前は、獣人なの?」
「まあ、そう呼称されることが多いね。僕としては人であるつもりだけど。……そういえば、さっき自分と辺境伯のお二人が異形になったと言っていたよね。あれはどういう意味なんだい。言葉遊びかなにか?」
「違う! 呪いを受けて、異形に変化したの。トヴァイスは獣の耳と尻尾が生えて、ノアは鱗が出現し脚が蛇の尻尾になった。私は髪が花に。花まみれに」
「……花まみれ?」
「はなおとめだからでしょうか。そのお姿を拝見したかったです。とても可憐だったでしょうね」
「え、待って待って。髪が花に変化したってこと?」
「そうよ。しかもそいつら、喋るのよ」

 嘘だろうと言いたげな瞳でユリウスが私を見つめてくる。誰はそんな意味の分からない嘘を口にするか。言うにしてももっとましなものを言うに決まっているだろうが。

「本当に? ……今まで普通に生活していた人間が異形と化す。サガル様と同じ現象だ。でも、それが呪いで引き起こされるっていうのは初めて聞くな。というか、髪が花になるなんて聞いたことない」

 ユリウスの言葉で今のサガルの状態も同じだということに気がついた。確かに、背中に羽が生えてきた状態は、私やノア、トヴァイスのことと似ている。

「そうだ。これは参考になるか分からないけれど、ノアとトヴァイスは『乞食の呪い』用の薬を服用することによって姿が元に戻ったわ。それと、私の世界のサンジェルマンは私達にかかった呪いのようなものを流行らせて『カリオストロ』の信者を募っていたみたいだった」
「……はなおとめは?」

 ヴィクターの紫の瞳がきらりと光ったような気がした。私は彼の瞳を見つめてそっけなく返す。

「私には効果がなかった」
「効果がなかった? 飲んでもどうもならなかったということですか」
「ええ。むしろ、花が咲いたわ。花が咲き誇った。だから私だけ付け毛をつけて誤魔化して生活しているわ」

 言及を拒むように目線を外す。勝手にこの世界の私の体を乗っ取っているというだけでも胡散臭いのに、妖精や神に会ってそれはできないことだと言われたみたいな変なことを言うわけにはいかない。
 ヴィクターはあまり納得している様子ではなかったが、詳しく聞いてくることはなかった。

「だんだん頭が痛くなってきた。どれだけ話をしても解決方法が全く分からないや。それにどうもすぐ元のカルディア姫に戻らないような気がするね」
「それは同感ね。私もそう思う。寝ても戻らなかったし、どうしたらいいのか……」
「……僕は記憶喪失だと診断書を作るから、しばらくは記憶喪失だという風に振舞って。このことは、クロード様にも伏せよう。自分の妻が中身だけ別人だなんて到底受け入れられないだろうしね。ともかく、僕とヴィクターがこの話を聞いたんだ。少し調べてみよう」
「……分かった。はなおとめのために協力する。でも、あまり期待はしないで欲しい。こんな前例のないこと、どう調べていいかも検討がつかない」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ユリウスがまあそうだけどねと同意した。けれど唇からはあきらめるような言葉は出て来なかった。
 こんこんと扉を叩く音が鮮明に聞こえてきた。
 侍女の声がした。入ってもよろしいでしょうか。
 待ってと静止の声を上げる。
 二人にすぐに目線を走らせる。
 最初に口を開いたのはユリウスだった。

「一応、君がカルディア姫を害するつもりはないのだと認めて協力はするよ。でも、なにか不審な真似をしたら覚悟していて欲しいな」
「不審な真似なんかしないわ。……ありがとう。協力してくれるならば心強いわ」
「近いうちにまた会うことになると思う。その時、適当に診断書を作るから記憶喪失の設定を考えよう。あと問診に行く時、クロード様の前で馴れ馴れしく僕に喋りかけないでね。首が飛ぶのはごめんだから」
「ぼくも出来る限りお役に立てるよう力を尽くします。――では。はなおとめ、またお会いできる日を心待ちにしております」

 ヴィクターがお辞儀をしたまま光の粒になって消えていく。ユリウスは先んじられたと思ったのか少しだけ居心地悪そうに目線を逸らすと、呪文を呟いて体を鳥に変身させた。
 春を感じさせるような緑と黄色の色合いをした鳥だった。二周、私の周りを飛んだあと、窓を器用に自分で開けて出ていく。
 催促されるように扉をノックされた。入室の許可を与えると、カルロッターークロードの乳母の侍女が入ってくる。立ち上がっていた私を見るなり目を丸くしていた。

「お早いお目覚めでございますね」
「そ、そう?」

 軽く誤魔化して、彼女に髪を整えてもらい部屋の外に出る。
 長い廊下には赤絨毯が敷き詰められていた。
 その真っ赤な一本道の先に肖像画が飾られていた。その隣には鹿の剥製があった。クロードが狩りで手に入れたものなのだろう。
 よく思えば私はこうして部屋の外に出るのは初めてだ。あたりに目線を配りながら、肖像画に近付いていく。
 それは私とクロードの絵だった。私が椅子に腰掛けており、その後ろにクロードがいる。どちらも軽く微笑んでいた。互いの指には宝石のついた指輪があった。綺麗な蒼い宝石だ。

「結婚式の前に描かれたものですよ」

 侍女が説明してくれた。出来が良かったのでクロードが気に入ってここに飾っているらしい。

「……そうなの。足を止めてごめんなさい。案内してくれる?」
「かしこまりました」

 前を行く侍女に気付かれないように肖像画を振り返る。
 クロードと結婚して、子供を産んだ。ギスランは死んで、それでもこの世界の私は生きている。
 なんだか不思議だった。

 食事を取る部屋につくと、クロードがコーヒーを啜っていた。広げていた新聞を畳んで、私が入ってくるとにやりと笑って出迎えた。

「腹は減っているか?」
「全然。クロードは食べないの?」
「言っただろう。食が細いって。朝は食べない」

 椅子を引かれ、腰掛ける。何も頼んでいないけれど、紅茶が運ばれてきた。いい香りがするが、口にする気にはなれない。

「……そうだ。どうして部屋から出れないようになっているの」
「駄目か?」
「駄目。部屋を出れないと困るでしょう?」
「困らんさ。それとも、俺以外の男に色目を使うために外に出たいのか?」
「どう考えたらそうなるのよ。……そもそもお前にも会いにいけないのに」

 クロードはにやっと口元だけ上げた。

「その言葉、胸が弾んだ。もう一度言え」
「な、なんだか恥ずかしい言葉を言った気がするからもう言わない」
「言ったら外に出れるようにしてやってもいいが?」

 にやにや笑いながら言われても説得力がない。からかうだけからかって、そう言ってみただけだが? と開き直られそうだ。

「クロード、私をからかうのはやめて」
「残念、本当に言ってくれるならば外に出してやっても良かったんだがな。ユリウスから先ほど連絡があって、明日、問診に来るそうだ」
「分かったわ。クロード、お前は今日は何も用事はない?」
「いや、もうそろそろ外に出てくる。なるべく部屋の中にいてくれると助かるんだがな。――屋敷の外へは出るなよ」

 外に出て何か問題でも起こすと思われているのだろうか。
 心外だ。不承不承で頷くとくっと喉の奥で笑われた。

「じゃあ行ってくる」

 ぐっとコーヒーをあおり、クロードは慌ただしく出て行った。

「な、何の音!?」

 雷が落ちたような、馬の嘶きを何倍も強くしたような轟音が玄関の方から響いてくる。驚いて耳を塞ぐ。
 しばらくするのその音は遠ざかっていた。
 侍女が車ですと教えてくれた。
 あれが車? 私だって乗ったことがあるが、あんな悲鳴のような音は出ていなかったはずだ。もっと静かだった。

「この間できたばかりの新作で、何でも凄く早いんですって。まだ国内に四つしかないものらしいですよ」
「あの音だけで気が変になりそうだったわ」
「そうでございますねえ。そうだ、明日ユリウス様がいらっしゃったら術をかけていただいたらいかがかしら」
「……そう、ね」

 紅茶はやっぱり飲む気にならなかった。クロードの置いていった新聞に手を伸ばす。せめて何か分かることがあればいいと思いながら、記事に目を落とした。







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