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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「それで、流石に話を戻したいのだけど!」
椅子に座り直して、頬の赤みを消すために手の甲で擦る。
私とノアのやり取りを黙って見ていたクリストファーは足を組み替えて大きくため息を吐いた。
「何を知りたかったんだっけ?」
「俺達の過程だが、もう殆ど語っていると思うぞ」
「クリストファーの魔眼であの空間に入ったのは分かったけれど。でも、その前に誰かがいたはずなのよ」
「誰か、とは?」
ジョージを射殺した人物がいるはずだ。ノアでも、クリストファーでもないならば二人の部下だろうか。
「私を助けた人物がいるはずなのよ。イルとヨハンと会う前に」
「……俺の部下は清族の棟の近くにはいなかった」
「イルやヨハンじゃない?」
じゃあ誰がジョージを殺したのだろうか。
「……そう」
「助けたってことはやっぱりその前に危機的な状態だったわけだよね?」
ノアの胡乱な視線が私に突き刺さる。
「カルディアに拷問するのは忍びないから、白状してくれると助かるんだけど」
「いざとなったら拷問にかけようとするのを改めてくれる?」
「なぜ?」
どこの国に王族を虐げる貴族がいると言うんだ。
呆れながら、誤魔化すための話題を考える。
私を連れ出したのがジョージだと明言しては駄目だ。
今度は私が支離滅裂な話の運びをすることになった。ノアはころころと変わる話題について来てくれたが、クリストファーはむすっと口を結んで黙り込んでしまう。
焦りを覚えながらも、ジョージのことを隠したくて、つらつらと言葉を重ねる。
「――旦那様、迎えの馬車がご用意できました」
しばらくすると慇懃に頭を下げ、ノアの従者が現れた。
旦那様、と呼ばれるノアがしっくりと来なさすぎて少し笑ってしまった。
笑っている姿を見られていたせいか、ノアは少し表情を引き締めて、緩慢に身支度をした。
従者がノアにそそくさと近付き、耳打ちをした。ふっとノアに笑みが溢れる。
「行くの?」
「うん、国王陛下がやっと腰を上げてくれた。今回の襲撃事件の詳細を含めて話に来いとのお達しみたい」
「……そうなの。付き合わせて悪かったわね」
「いいや、俺もカルディアと話せて嬉しかった」
いつも通り、去り際はあっさりとしたものだった。ノアがいなくなった室内で、クリストファーが緩慢に首を捻る。初対面のようなものなので、残られるとどこか居心地が悪い。
「ノアと打ち解けているとは思わなかった」
「……どういう意味?」
クリストファーは気にした様子はないようだ。人見知りをしない性格らしい。
「あれは気難しいだろう。いや、嫌な意味ではなく、捉え所がない。人とは全く違う価値観で動き、行動する」
「全く違う、とは言えないとは思うけれど。掴み所がないのは同意するわ」
クリストファーは、カフスを弄りながら、続けた。
「あいつの妻に会ったことは?」
「……いえ、まだ、お会いしたことはないけど。良家の娘だと聞いているわ」
ゾイディックにほど近い貴族の次女だった気がする。詳しく名前は覚えていないが。知ったら、身勝手に僻んでしまいそうだし。元婚約者の妻という存在は心がざわついてしまう。
「ああ、だが、ゾイディックの土地柄に馴染めず、ノアも相手にしていない」
「でも、懐妊したと風の噂で聞いたわよ」
つわりが酷く、だから今回は王都にも来ていないと聞いている。
「懐妊はしたが、それだけだ。子をもうけるのは貴族としての義務だからな」
「……愛のない結婚だと?」
愛だなんて。陳腐さを噛みしめるように唇を引き結ぶ。貴族同士に、愛はいらない。クリストファーは肯定も否定もしなかった。答えは分かり切っているだろうと言わんばかりだった。
「――だが、さっきのノアはとても気を抜いているように見えた。少なくとも俺は、あんなあいつをそう見ない」
「持ち上げて何かさせようとしている?」
「まさか。所感を口にしただけだ。ただ、あいつが優しい男だと思われるのは業腹だから、俺から告げ口をしよう」
「何を?」
「あの男の再婚話も出ている」
「んっ!?」
驚きすぎて、変な声を出してしまった。
あまりの変な声に、クリストファーも噛み殺すような笑みを浮かべた。
「でも、懐妊したって……!」
「彼女は正気を喪っている。ゾイディック家が悪いのだろう。あの家は、常人では耐えられない」
だとしても、再婚の話が出るのはおかしいのではないか。
正気を喪っていようとも、妻は妻だ。子がいるならば、尚更、別れられるはずもない。
「分からないわ。私がまだ結婚をしていないから? どうして、皆、再婚させようとするの」
「一つはカルディア姫、お前の存在だろうな」
「私の?」
ノアも、トヴァイスも、私のせいで再婚をしようと?
おかしな話だ。あいつらは、婚約者だった。それだけだ。
「まだ卒業もしていないのに結婚式を挙げると喧伝すれば、何かあると思われるのは当たり前だ。貴族は馬鹿ではないのだからな」
「何かって」
クリストファーがどれほど情報を掴んでいるか知りたくて、訊き返す。まさか、ギスランの余命まで知っているのでは。
クリストファーが知っているならば、どれくらいの人物が知っているのか。
「ギスラン・ロイスター。長くないのか?」
「――」
「貴族の間では疾病に罹ったのではないかと持ちきりだ。コリン領に行っていたのだからな。大々的に結婚式を挙げる告知も、その噂をかき消すためではと言われているぐらいだ」
「違う。あいつは病に倒れたりしない」
けれど、宿命には勝てない。清族は短命だ。短命になっているのだ。これは、流行病よりも怖いものではないのか。疫病が流行っていると聞き心配を覚えた自分が随分と遠く感じられる。
「ああ、そうだろうな。現実はもっと残酷だろう。けれど、勢力図の前では無力だ。結局、政治は遊戯のようなもの。駒が消えれば、次の手を考えるべきだろう」
「私の結婚は勢力図を動かす?」
「あるいはそれ以上かもしれない。魔眼を持つと分かった今、ノアは再考しているはずだ。少なくとも、国外に出すべきではないとな」
「お前は? 魔眼を持つというのならば、お前だって勢力図の一端を担っているのではないの」
聞きたかったことだ。トーマは魔眼持ちに対してかなり後ろ向きな評価を下していた。すぐに死んでしまうと言っていたはずだ。でも、クリストファーは生きている。
「いつ死ぬともしれぬマフィアの長を、表舞台の喧騒に巻き込む馬鹿がいるのならば、その馬鹿の名前はノアという男に違いないな」
「ならば今回の作戦にお前が関わること自体、異常なの?」
「まさか。今回ははからずしも表舞台になったというだけのことだ。お前がこちらに来てしまったのだから」
「私が……」
それもそうだ。本来ならば、この学校で音楽会が開かれた。表向きはただ、それだけのはずだったのだから。
「私はお前達の邪魔をした?」
「さあ。俺はそれを評価する立場にない」
「……お前達は『カリオストロ』の残党をまだ探すの」
「王都でも商売を邪魔するのならばな。かかる火の粉は討ち払うだけだ」
けれど、クリストファーはもう『カリオストロ』は壊滅状態にあり、手出しは無用だと考えているのだろう。窮鼠猫を噛むと言うが、それすら退けられてしまったのだ。反撃は失敗した。このまま収束すると思っているのかもしれない。
「カルディア姫、いずれ、襲いかかってくるかもしれない敵よりも、必ず訪れる人災に注意した方がいいのでは」
「……どう言う意味?」
「トーマだったか。あの清族、呪いが自分に跳ね返って来ているはずだ。放置すれば、禍となるはずだ」
「それはどういうこと?」
詳しく聞くことは出来なかった。
クリストファーの部下らしき男が侍従に連れられてきた。
借りてきた猫のようにおとなしい。
「カルロ」
「やっと見つけましたよ! もう、この学校怖すぎですよ。はやく帰りましょうぜ」
「そうだな」
話を終わらせるように、クリストファーは立ち上がり上着のボタンを嵌め直した。
「クリストファー、さっきの話は」
「本人に直接尋ねるべきだろう。……早めに話し合った方がいい。長居をしてすまなかった」
姿が見えなくなるまで、見送る。カルロと呼ばれた男も置いていかれないように早足になって追いかけた。残されたのは、給仕をしてくれた男と私だけ。
ソファーに横になる。アルコールの臭いに抱きかかえられているようだ。頭がくらりとして、酔ったように頭が重い。
気がつけばいつの間にか寝ていた。起き上がると、肩にかけられていた毛布が落ちる。
慌てて取ろうとすると、男がにゅっと横から入り込んできた。
「はい、姫」
柔和な微笑みを浮かべて、男は私の前に膝をついた。
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