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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「心臓とも、肺とも、内臓とも言えない不思議な形状をしたものだった。それ自体に外傷を与えない限り、宿主を変えて復活した」
「待って!」
到底理解できるものではない。
敵が臓器? 宿主を変えて復活?
「そこまで来ると『カリオストロ』も凄い。まるで、図鑑の一覧みたいだ。他にはどんな奴がいた? 猫の形をした奴は?」
「感心している場合か。化物相手だとは聞いていたが、女神の慈悲でも救われない外法の輩だとは聞いていない」
「……やはり、『カリオストロ』なのね。魚は遠目から見たけれど、そんな姿の奴までいただなんて」
臓物が喋っている姿を思い浮かべて血の気が引いた。下手な怪談よりもずっと怖い。
「最終的にその臓器を巡って魚達が共食いをし始めた。そして気が付けば、魚に丸呑みにされてしまったんだ。その魚を撃ち落とし、腹を捌いたがそれらしきものはなかった」
「危機感がないなあ。逃げられたかもしれない」
「だとしても、アレは手下を操る化物だった。自ら手を下すのは自分の中の矜恃が許さないだろう。残った者達は捕らえ、殺した。すぐに反撃とは行かないはずだ」
「それはクリストファーの所感。俺が知りたいのは純然たる事実で、見解じゃない」
空気が乾燥しているようにぴりつく。
お互いに一歩も引かないと表情が語っていた。
「乗っ取っていた腐った肉体から移らなかった男だ。あの男に会う宿主自体が少ないのだと考えるのが妥当だろう。おそらく、宿主の体の魔力を取り込みながら術を操っている。宿主と分離した臓器は力が落ちていた。その場にリュウという男もいたが、確かめるか?」
「……そう? そのリュウというきちんと証言してくれるといいね」
「リュウは清族の血をひいていて、妖精が見えると言っていたわ。証人としては申し分ないはずよ。……というか、あいつも参加をしていたのね」
リュウの話を聞くと、サガルの目が抉られた時を連想してしまう。なんとなく気まずくて、唇を噛む。
「もしも、その臓器がまだ生きていたとして、復讐してくる可能性はないのかしら?」
どちらのしろ、備えはしなくてはならないのではと提案してみる。もし、死んでいなかった場合の方が恐ろしいのではないか。
……いや、考えていて胸焼けがしてきた。殺すだのと物騒極まりない。
「どうだろう、皆を救えると思い込んでいた狂人だったからな。……喋り方に癖があった。ライドルの人間ではない。だが、蘭花のものではないようだった」
蘭花ではない?
では、蘭花と敵対する地域か?
それとも、また別地域の人間なのか。
「貧民街の移民地区を虱潰しに探せば見つけられそうだね」
「不法移民はどこにでもいる。それこそ、ファミ河にも」
「貧しさは死と繋がる死に神のようなもの。移民も、ライドル国民も関係がない。ファミ河は国籍を問わない。福利厚生を充実させて、薬でも配れば違う結果になるかもしれないけど」
「薬で頭を壊せば誰だって幸福になれる。それは正しいだろうが、暴力的だ」
「壊されても本望じゃない? どんな日常も崩壊するものだ。今か、後かの違いならば幸福を享受するほうがマシだと思うけど」
「お前は本当に刹那的なものの考え方をする」
そう? とノアは不思議そうに顔を傾げた。
今が良ければそれでいい。ならば、薬で飛んでいても、狂っていてもいいのでは? と投げかけているのだとしたら、確かに暴力的だ。
ノアのように階級や自由に出来る金がある人間が振るうのは傲慢に思えてしまうかもしれない。
イルやハルを思い出した。彼らが語った煮詰まった泥のような底辺の生活。幸福なんてことを考える余裕もない息継ぎのし難い同じ国の違う場所。
施政者の考えを彼らが聞いたら賛同するのか、否定するのか。
暴力的だと罵るのか、救いだと崇めるのか。
「私は二人の会話を聞いていて、王都にはいないと思ったわよ」
「どうして?」
クリストファーの冴えた瞳は雄弁になぜと問いかけていた。
「だって、ここまでライドル王家をこけにしたのよ。王都で探されるのは相手も分かっているはずだわ。私ならば、一度王都を出てクリストファーがいなくなった頃合いを狙うわね」
「俺がいなくなった頃合い、か」
「だって、私のトーマが酷い目に遭わされたのに、クリストファーはそいつを退けてしまったのでしょう? そいつにとって、クリストファーは天敵だということよね?」
「私のトーマ」
ノアが目を丸くして驚く。
なんだ、その浮気者を見るような目は。
「私の従者なのだから、私のものでしょう。何がおかしいのよ」
「いや……。子供の時のままだなと思って。トヴァイスにも言っていた」
「な、なんでそんなどうでもいいことを覚えているのよ!」
「トヴァイスが怒っていたから。よく、覚えてる」
あの男に甘い顔を見せていた記憶を抹消したい。
どうせ、ノアの前でも私の悪口を吐いていたのだろう。夜会の一場面を思い出す。今でも記憶にこびりついて離れない、酔ったような足元のふらつきも。
あいつが怒っていたから何だって言うんだ。
今更、傷付く心を叱咤する。
「あの男は私の全てが気に入らないから怒るのよ」
「そうかな」
「そうよ。私のことなんて言うことを聞かない獣のように思っているに違いないわ。……話が外れたわね」
こほんとわざとらしく咳をして話を戻す。
「ともかく、クリストファーと再び敵対するのは危険では? そもそも、彼らの最期の攻勢だったはずなのだし。しばらくは様子をするのでは」
二人の視線が絡んだ。何かを確認するように頷くと、肩を竦める。
「カルディアの言う通りかもしれない。再び来ても、時間はおくかもしれない」
ノアはまるで、透明な水のような瞳で私を見遣った。どんな意見にも絶対はないと信じているような、胸が締め付けるような透徹さだった。
「それでも、油断はしないで欲しい。いつも理論的な思考が正しいとは限らない。人は感情で動くし、もっと本能的な生き物だ。絶対なんかない」
「ええ……。分かった」
「説教臭くなっているぞ。お前はそんな親切な男だったか?」
クリストファーはからかうように口の端を上げた。
「カルディアは特別。特別な子だから」
……その言葉は誤解を招くからやめて欲しい。
もう結婚しているくせに。気を持たせる言い方は良くない。
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