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第一章 最後の戦い、始まりの戦い

第3話 「アッ」という間

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 一日なんて「アッ」という間に過ぎてしまい、8月31日の22時。
この日はレジェクエの最終日とあってか数年ぶりに世界に活気が溢れていた。どういう形であれ、このゲームに思い入れがある人も多いのだろう、街中を歩いていると別れを惜しむ言葉をよく耳にした。もちろん「クソゲーだったな」という言葉も耳に入ってくるのだが。まぁそれも良いだろう。今となっちゃ誉め言葉みたいなもんだ。

 賑やかな街の外に出てみても、あちこちでプレイヤーの姿を見つける事が出来た。初心者向けダンジョンに行ってみると元上位勢のプレイヤー達が思い出話に花を咲かせていたし、エルフが生息する森に行ってみるとカップルらしき男女のプレイヤーが手を繋いで仲良さそうに歩いていた。きっと彼らの思い出の場所なのだろう、その場所に彼らはよく馴染んで見えた。

 こういう風に俺はゆっくりとこの世界の最後の光景を目に焼き付けていった。
数時間後には消えてしまうこの世界、この素晴らしき世界をどうにか記憶に繋ぎ止めておく為に。



 待ち合わせの時間丁度位に街の時計台についた。
そこはトトと待ち合わせの約束をしている場所だった。しかし、一見してそこに銀髪の黒魔道士の姿を見つける事はできなかった。不思議に思い時計台の周りをぐるりと一周してみると、時計台の背中側にコクリコクリと小さな頭を浮き沈みさせる銀髪少女の姿を見つける事ができた。

「わるいトト、ちょっと遅れた。用意はどうだ?」

俺が声を掛けると、トトはゆっくりとした動作で顔を上げていた。

「うん、さっき全部済ませてきたところだよ~」

これまたゆっくりとしたペースで話すトト。
どこか疲れているように見える。

「大丈夫か?」

思わずそう訊ねると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。
そして、拗ねたように口を開く。

「大丈夫じゃないよ! 魔王の所に行くのがこんなに大変なんて知らなかった!」

それを聞いて、あぁ、なるほど。と俺は手を叩いた。
魔王城に入るにはいくつかのが必要だった。そして、そのアイテムを入手するのには結構な時間と労力を要する。俺はすっかり慣れていたのだが、初めてとなるとやっぱりトトでも大変だったか(笑)

「いや、それは大変だったな」

俺は小さく笑いながらトトの肩を叩き、その労をねぎらった。

「一緒に過ごすなんて、言うんじゃなかったかな……」

「まぁまぁ、最後までよろしく頼むよ、相棒」

口を尖らせるトトにこう言うと、彼女はじっとりとした目でこちらを見て「絶対負けないでよ」と低い声で答えていた。



「そういえば、魔王とは何回くらい戦ったことあるの?」

 魔王城の近くの小さな湖で休憩していた時、唐突にトトが訊ねてきた。
彼女はこの綺麗な湖を見つけてからはすっかりと機嫌を直し、湖面に足先を浸しては「冷たいー!」と、絶賛はしゃいでいる所だった。

「数えきれないなー、ここ数年間はほとんど毎日戦ってた気がする」

「えぇ、毎日!?」

 バシャっと水を蹴り上げてトトは驚いていた。
誰に話しても驚かれる。こっちとしてはそんなに大した話でもないというのに。

「クエストで遠征してた時とかレベリングに集中してた時期はさすがに魔王の所に行けてなかった気がするけど、それでもほぼ毎日魔王とは戦ってたかな」

「魔王城に行くだけでも、あんなに大変だったのに……あれを毎日かぁー」

 げんなりとした顔でこちらを見てからトトは言う。
みんなそんな顔で俺を見るんだよ、物好きな奴だなって感じの顔でさ。



 その湖から数十分移動した所に魔王城はある。
 薄暗い森の中に突然姿を現す古城。それこそがモンスター達の王が住む城だとは、最初に見た時はとてもじゃないが信じられなかった。言っちゃ悪いかもしれないが無駄に大きいだけで特別豪華な城だという訳でもないし、強い魔物に守られてる訳でもないのだ。まさかこの廃墟のような城がラスボスの居城だとは。

 レジェクエの世界では『魔王は孤独を好み、好き勝手に生きてる』という設定があった。だから魔王には手下もいないし、これといった野望がある訳でもなかった。ただ圧倒的な力を持っているという理由だけで討伐されようとしていたんだ。

これが俺の嫌っていたクソゲーポイントの一つでもあった。

『魔王がそこまで悪い事をしていない』


 城門前に到着すると、鞄の中から例のの一つを取り出した。
それは小さな赤い石のアイテムで、それを門に近づけると固く閉ざされた門扉が自動で開くようになっていた。まぁ無骨な通行証みたいなものだ。

 門の先にはふわふわとした質感を持つ暗闇が待ち受けている。
その暗闇は空間移動の魔法となっており、足を踏み入れると例のアイテムを持っているプレイヤーだけが城内に飛ばされる仕組みとなっていた。恐らくこれは魔王に挑戦する権利を持つ者しか城内に入れないようする為のゲーム上の仕様なのだろう。

「この空間移動の魔法で城内にまで飛んで行くんだ。この暗闇の中に入ったら、ただじっとしてればいい」

 俺はそう言ってトトの前を歩いていき、暗闇に足先を浸けて見せた。
それに反応するように例のアイテムのもう一つが甲高い音を発する。貝殻のようなアイテムで、この空間移動の際に消費するアイテムだった。

「じゃあ俺は向こうで待ってるから、俺の後にここに入ってきてくれ」

「う、うん。わかった!」

俺はトトの返事を聞き、暗闇の中に足を進めていった。
柔らかな暗闇が体を包み始めると、俺は目を閉じ、息を止めるように口も閉じた。

「ねぇイヨ君! ちゃんと中で待っててよ! 絶対に先に行かないでよー!」

トトの慌てたような声が耳に入ってくる。
俺はそれに笑ってしまい、つい息を漏らしてしまった。

「ちゃんと待ってるよ」

そう返事して本格的に暗闇に沈んで行った。
俺は慣れてるが、トトはきっとこのなんとも言えない浮遊感に驚くんだろうな。

そう思うとまた笑いが込み上げてきた。

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