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5話

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✳✳✳


「へぇー! クラスパーティーいいじゃない!」
「ここのところ悩んでいたから、たまには参加してみるのもいいかなぁと思って……」

クラスパーティー当日。

やっと報告できたメアリーによくやった!と褒められてしまい、複雑な心境で苦笑する。
キラキラした眼差しを向けられて、とてもあの夜のことは言い出せない。

あれから、同級の友人ナンシーと連絡を取り、パーティーへの参加の手筈をなんなく整えた。

それでもって、隼人さんはあの日以来仕事詰めで、出張や会食続きで忙しくまともに顔を合わせていない。

彼の立場柄、こういうことは少なくないけれど、先日の夜のことが尾を引いていて、胸の中はモヤモヤした気持ちでいっぱいだ。

『俺はここニューヨークで、香田《こうだ》家のご両親から君を預かってる身でもあるから』

お迎えの件も有耶無耶のまま、当日を迎えてしまった。

そしてここは、オフィス内のレセプションカウンター真横にある、私との隼人さんが出会ったカフェ。

ランチで出している、野菜たっぷりのハンバーガーとチーズの乗ったフレンチポテトは絶品で、メアリーも気に入ってくれた。

毎週フライデーは一緒に昼休みを取れることもあり、ここに訪れている。

「なら、せっかくだし、めいいっぱい楽しまないとね。きっとハヤト、今ごろヤキモキしてるわよ」

「……はは、そうかなぁ。帰りのことは心配してたけど、そっちに関してはなんとも思ってなさそうだったし。ほら、隼人さん、大人だから――」

「大人って……、私もハヤトと同じ歳だけど、別にミナと考えることそんなに変わらないわよ?」

くすぶるモヤモヤが顔を出しかけた一瞬。
メアリーの言葉に、ふいに意識が逸れた。

十も違っていれば、私なんて子供にしか見えないのかと思っていた。

「……そう、なの?」

「恋愛なんて好きになっちゃえば年齢なんて関係ないでしょう? ――あぁ、でも……」

言いよどむメアリーに「ん?」と首を傾げる。

「変に人生の経験値ばっかりついちゃってるから、年々いろんなこと考えて素直になれなかったとかはあるかも」

ふふっとメアリーに微笑まれたが、

「人生の経験値?」

よくわからにずにポテトを加えたまま、もう一度首を傾げた。

「変なプライドだったり、気遣いだったり……大企業の経営者で、こんな可愛い奥さんがいたら、ハヤトならカッコつけたくなるんじゃないかしら?」

新たな見解だった。
そんなこと、あるんだろうか?

「まぁ、とりあえず、クラスパーティー気をつけて行っておいで。女の子が夜歩いてると狙われやすいから、そこだけ頭にいれてね」

「ありがとう。気をつける」


終業を迎え、カウンターを締めレセプション内を片付ける。

メアリーに見送られながら、着替えを済ませ、ナンシーとメッセージアプリでやりとりをしながら、待っていた運転手さんにお願いして待ち合わせ場所へ向かう。

服装は差しあたりのない、シンプルなAラインの紺色ワンピースに、軽いジャケット。何を着ればいいのかわからずに、とりあえず無難な、シンプルかつ上品なコーディネートにした。

高級車の後部座席に体重を預け、夕暮れのマンハッタンの市内を眺めているうちに目的地に到着する。

「ミナー! 久しぶり!」
「久しぶり! 元気だった?」

友人のナンシーとターミナル駅の近くで合流し、ハグを交わす。

高層ビルやブティックの立ち並ぶ大通りの人混みを歩きながらを近況報告に花を咲かせる。

――結婚式以来ね! 生活は慣れた?
――だいぶね。 ナンシーは仕事どう?

ずっとバタバタしていたから、こうして友人と街中を歩くなんて久しぶりかもしれない。

大学生活の後半は挙式の打ち合わせで慌ただしく、卒業式から程なくしての挙式と披露パーティ。最近になってようやく仕事に慣れて落ち着いてきた。

はなしているうちに、鬱々としてきた気分が少しだけ晴れていく。

しかし、そのときだった。

「――ハヤト」

通りの少し先から聞き覚えのある女性の声。

この声……。

そちらに首を動かすと、

「すまない。会議が押して遅れた、待ったよね?」

路肩の黒塗りの車から降りたのは隼人さんだ。
ここ見えるのはスーツの背中だけど間違いない。

「待ったわよ。優先度を考えてよね。今日はもう来ないんじゃないかってハラハラしたわ」
「はは、来ないわけないよ。部屋と着替えは?」
「準備万端よ」

「じゃ、いこうか」
「もう、ほんとに反省してるわけ?」

呼び捨てで、異様に親しげに話すふたり。
会社とはまるっきり違う姿に心臓が嫌な音をたてる。

そして、ふたりは、会話をしながら目の前の建物へと入っていく。

「……ホ、テル」

数ヶ月前にオープンした高級ホテル。
メディアなどでも大々的に取り上げられていて、隼人さんがしげしげと雑誌を見つめていたから覚えている。

いつの間にか足が地面に貼り付いたように固まっていた。

「ミナ? どうしたの? もう、すぐそこだよ」

「あ……うん、今いく」

心配そうなナンシーにどうにか笑顔を見せ、鉛のような足を動かしあとに続く。


高級ブティック店の裏側に潜む会員制のバーは、人に教えてもらえないと辿り着けなそうな、目立たない入り口の先にある。クラッシックを意識したゴージャスな内装に、ステンドグラスやロフト席を設置した、古代と近代を融合させたようなお洒落なお店だった。

日中はレストランなのか、店の外にはテラス席が併設されている。

開始時間を過ぎた店内は美しいピアノの旋律が流れ、カウンター前には大きなガラスのワイナリー。

ワイングラスを手にした見知ったメンバーたちが溢れていた。

自由に移動しながら、食事や歓談を楽しむ立食形式らしい。

「へーい! ナンシー! ミナ! 久しぶり! ってかミナがくるのはじめてじゃないか?」
「たしか、今年結婚したのよね? おめでとう! 色々聞かせてよ」

「久しぶり、みんなありがとう」

塞ぎそうになる心を叱咤して、ハグを交わし笑顔でグラスを飲み交わす。もうすでに程よく酔った旧友たちは気さくに出迎えてくれた。

勧められたカクテルや食事を、さっきの光景を掻き消すように口にしていく。

でもその笑顔のうらでは、さっきの光景が瞼の裏にこびりついて、心がついていかない。砂を水で流し込んでいる気分だ。

いつもの私だったら、こんなに動揺したりはしない。

打ち合わせや会食などで彼が高級ホテルを使用することは多いし。ましてやそれに同行するのは、秘書のソフィアさんの仕事。スケジュール変更も日常茶飯事だから、あそこにいるのもおかしくはない。

だけど――

『優先度を考えてよね』
『来ないわけないよ』

『部屋と着替えは?』
『準備万端よ』

プライベートとも仕事とも取れる意味深な会話と、会社とは違った親しげなふたりの空気。

ぼんやりお酒の回った頭は、無意識に最悪の事態へと思考を結びつけてしまう。

ソフィアさんとの関係が続いてたから……私のことも抱いてくれなかったのかな。

談話しながら何倍目かのカクテルグラスを空にした瞬間、ふと酔いもあってそんなことを考えてしまい、じわりと目の奥が熱くなる。

まずい……っ。

「ごめん…、ナンシー!、少し飲みすぎたみたいで、涼んでくるね」

「……大丈夫? ピッチ早かったもんね」

隣で飲んでいたナンシーに告げて、慌てて店の外に出ていく。


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