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#31 縁結び喫茶(恋愛に近い)
しおりを挟む私には趣味がある。潰れてしまいそうなギリギリで生き残っている店を見つけて、そこの常連になる。
それから、少しずつ滅びに向かっていく店と、店員と、そしてこれから店と一緒に心中する商品とのつかの間の時間を過ごすのが、私の唯一の趣味だ。
しかし、大体のところ、私が見つけてから数ヶ月、長くても半年程で気に入った店はこの世から消えてしまう。
今気になっているのは、手入れのされていないケーキの看板が特徴の、個人経営っぽい店だ。
【喫茶・猫のてのひら】
こぢんまりした木の扉から覗く店内は、店長の趣味が行き過ぎたのかそれとも流行に乗り遅れたのか、私好みに寂れていた。
扉を開けると、可愛らしい音のベルがカランと鳴る。店の中は予想外に掃除が行き届いていて、意外にも席数があった。でも。私の見立て通り、ケーキのショーケースはガランとしていて、広い店内には客の一人も居ない。
「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」
店の奥から現れた老年の女主人が私の方にやってくる。さっと店内を見回して、外からは見えなそうな席に腰を下ろす。外からは私は見えなくて、でもこの席に座った私からは店内が一望出来そうだった。
今日から、この店がこの街から消えるまで、ここが私の指定席だ。
満足して、お冷やと共に運ばれてきたメニューを眺めていた時だった。私にとってあってはならないことーー私の次の客がこの店にやって来た。
店主の喜びようから見ても、彼もこの店の新参者なのだろう。着席を勧められると彼は少し足を止めて、入り口からよく見える席に座った。
幸いなことに私とは距離のある席を選んだ彼は、優柔不断にメニューを眺めていた私よりも早く食事の注文を済ませ、鞄から本を取り出して小説の世界に没頭する。
私が注文を終えようとも興味も示さない彼は、先に来たアイスコーヒーを受け取る時だけ本から顔を上げ女主人に会釈をし、また文字の海に戻っていく。
しばらくして彼のテーブルに温かそうな出来立てのオムライスが届くと、彼は当然のように本をテーブルの端に置き、食事に取り掛かった。
今時珍しく行儀の良さそうな人だなぁと、私が彼に思ってからもう数年経つ。
あれ以降私と同じく毎日欠かさず店にやってくるようになった彼は、数日かけて店のメニューを全制覇した。
彼は私よりも早く店主と仲良くなって、毎日毎日飽きもせず私と同じ時間にやって来て、あろうことか日増しに他の客を連れてくるようになった。
最初のうちは知り合いを連れて来ているのかとも思ったが、どうやら他の客とは顔見知りですら無いらしい。
彼がやって来る度に客が増え、そのうちの何組かは固定客になった。
とうとう時間通りにやって来る彼の席まで無くなってしまう程店は繁盛して、何故か最近では彼は私と相席をするようになった。
「いつ結婚するんですか」
こっそりと私に訊ねてくる若い店員に、私は未だにこの人と話したことが無いんですとは、言い出せないでいる。
たぶんそれも込みで、見抜かれているんだろうなぁと思いながら……。
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