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第二章
帰還
しおりを挟む(やばい罠とかは案外、多くなかったな)
いや、もちろんあのゴーレムとかモンスターの大群とかはやばかったけど、警戒していたような崩落トラップとかは結局なかった。
まあ、一度通ったルートを使っているからっていうのも大きそうだけど。
いつ地面がポッカリ無くなるか、壁からモンスターが湧き出てきたり毒矢が飛んでくるか。はたまた通路を埋める巨大な岩が転がってくるか。
戦々恐々としていたがたいした罠も無く、俺たちはすんなりと第一層にまで戻って来られた。
とはいえ皆疲弊しているし、ポーションが全く足りずに負傷したままの人たちもいる。
けれど誰の口からも弱音が溢れることはない。
合流後、騎士隊長のゼルスは、騎士たちに重い鎧を放棄させ、負傷した人たちの手助けをするように指示を飛ばしていた。
その際、鎧を脱ぎ捨てる事に抵抗がある者もいたようだったが、
「皆が生きて青空を拝むこと、それより他に優先すべきことなどどこにある」
「それに、そんな忠義のためだけに未帰還者が出たという方が、伯爵さまも悲しむだろう」
最後に、真面目そうな騎士隊長はなぜか俺を見て、
「なに、鎧代の請求などされんさ」
と言っておどけて見せた。
後から知った話だが、主君から賜った鎧は騎士にとって誇りそのものであり、忠義の証であり、自身の半身であるという。
また鎧を脱ぎ捨てる事には、そうした精神的な問題とは別に、防御面での問題もある。
しかし、「ダンジョンでの戦闘は冒険者の方が得意だろう」と言って、役割分担をする事になったのだ。結果、十数人の負傷者を抱えながらもスムーズに進んで来られたのだ。
そんなやりとりを思い出しながら、さすがにすっかり重たくなった足を引き摺るように一歩、一歩進んでいき...いくつもの戦闘を乗り越えたその先で、何個目かもわからない角を曲がったその時。
光が見えた。
ダンジョンの正体不明の明るさとは全く別の、どこか全てを包んでくれる優しさを含んだその光は...。
「...外だ」
誰かが、小さく呟いた。
緊張の糸がぷつりと切れ、全身から力が抜けていく。極度の眠気と疲労が一挙に押し寄せて来て、膝が折れそうになる。平たい地面が魅力的なベッドに思える。
(早く寝たい...今寝たら幸せだろうな)
もう少し。
警戒するのも焦ったく感じながら、逸る気持ちを抑えて進む。
後二十メートル...十メートル...五、三、二、一...。
「ぅわぁ...」
最後の数歩の先、幻想的な景色が俺たちを出迎えた。
緑の天井の隙間から差し込んだ陽光が、うっすら朝霧に包まれた森をちらちらと輝かせている。
俺は瞬く間に心を奪われ、寒さに白くなった感嘆のため息を溢し、後ろに人がいるのも忘れて足を止めて見惚れてしまう。
ちょうど、丸一日が経過していた。
◆
「無事の帰還を祝して、乾杯!」
「「おおー!!」」
ゼルスの音頭に合わせて、皆が木製のジョッキを高々と掲げる。勢いよく突き上げるものだから、あちこちで中身が溢れてしまっている。
あの後。
俺たちはほぼ全壊した拠点に残っていた人ちに出迎えられ、ポーションによる治療を受け、干し肉を振舞われた。
どうやら、俺たちがダンジョンに入っている間に、何人かが中継拠点まで往復して持って来てくれていたようだ。
貧しい食事だったが、それがひどく心に沁みた。
その後は彼らに警戒をしてもらいながら、皆で一旦の休息をとってから、森の外まで歩き中継拠点で馬車に乗り街に戻った。
街に着くと、ウォーカーたちは俺たちを代表して報告のために冒険者ギルドへ、騎士たちは宿舎に、他はそれぞれの帰路に着き、俺はおよそ一週間ぶりの実家の柔らかなベッドで泥のように眠った。
それからは特に何事もなく、一週間ほどがたった今日、俺たちは酒場に集まっていた。
騎士たちには二週間の休暇が与えられ、冒険者には特別報酬が支払われた。
打ち上げの費用は領主持ちで、酒場の手配もしてくれたらしい。
俺が払おうと思っていたんだけど...。
とにかく、全員生きて帰って来れた上、至れり尽くせりなわけで大盛り上がりだ。
ダンジョンに入らなかった人たちも来ているようで、話は当然内部での事になる。
「したらよ、天井突き破ってゴーレム落ちて来たんだよ!」
「どんな奴だったんだ?」
「それが小山くれぇでっけぇ奴でよぉ、しかも攻撃が全く効かねーんだ!」
「ああ、おまけに奥のやつらと分断されたな」
「まじかよ...?!どうやってそっから全員逃げて来れたんだ?」
彼が驚いてそう言うと、男たちはしてやったりといったような笑みを浮かべた。
「チッチッチ...それが逃げてねぇんだな」
「は?」
「いや、だってよ、攻撃も通らねぇ奴、逃げるしかねぇだろ...まさか、やったのか?」
「ああ」
「はぁ?!一体どうやって...?」
「ははは」
彼の反応に、男は満足そうに笑い出す。
「どうやって勝ったんだよ!?」
「聞きたいか?」
「...あ、ああ!」
(勝手に話し始めておいてもったいぶった言い方しやがって)と彼は一瞬イラッとしたようだったが、気になることは気になるらしい。
男はますます得意げな笑みを深くし、
「そうかそうか。実はな...一人なんだよ」
「一人...?一人、死んだのか?」
「いやいや、倒したのが一人ってことだ」
「一人で!?」
彼は仰天しながら周囲の男たちの反応を見て、それが事実であることを知ると、店内を見渡し始めた。
「まじかよ...誰が...ウォーカーか?」
「それが違ぇんだよ。なぁ、エル」
やっぱり来た...!
隣のテーブルに座る俺が苦笑いを浮かべて振り向くと、彼はキョトンとした。
「ああん?そのガキがなんだってんだ」
「おいおい、俺たちの救世主サマに何言ってんだ」
「いやいやそれは流石に冗談だろ...冗談だよな?」
彼が助けを求める様に周囲の反応を伺うも、誰も首を縦に振らない。すると次は俺に振り返り、
「まじ...?お前がやったのか?」
「ああ...」
俺は若干の気まずさを感じながら頷くと、彼は放心した様に固まってしまった。
その反応を笑いながら、男たちの会話が続く。
「そりゃ俺もこうなるわ、見てなかったらよ」
「てか、なんでお前が得意そうなんだよ?」
「なんてったって、エルは俺が育てたからな!」
「お前は小銭むしり取ってただけだろうが!」
「ははは、勉強さ勉強!いいから飲め飲め」
冒険者らしい荒っぽくも暖かい会話を横目に、俺は押し付けられたジョッキを持ち上げ、ほんの少し口に入れてみて...
「にがっ!?」
早々にギブアップした。
その反応を見て、男たちがさらに笑い出す。
その後は、放心から再起動した彼から質問攻めに遭いそうになったり、皆で料理をつまみながらゲームをしたり、それで賭けが始まったり...。
こうしてみんなで笑っていられる光景もみんなで頑張ったおかげだ。そう考えると、ゴーレムを倒せて良かったという嬉しさがまた込み上げてくる。
ちょっとクサイけど。
「おい、エルもやるか?」
感慨に浸る俺を、ビューラーが憎い笑みを浮かべて手招きする。いつもの様にポーカーをやっていた。
(舐めやがって...)
俺は内心の荒波を隠すようにゆっくりと椅子を蹴って立ち上がった。
(そろそろ運、向いてくるはず...きっと、うん、さすがに)
「今日は勝つ」
「「はっはっは」」
宴は夜がふけ、何人かが酔い潰れるまで続いた。
そうして今回の事態は、とりあえずは一旦の終息を見たのだった。
俺の銀貨一枚とともに───。
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